ニュラ10 | ナノ
 
 ニューライフ



 カッと照りつける太陽を、私は少しうんざりと見上げた。見渡す限り人、人、人。

 海岸は、人で埋め尽くされている。


「お兄ちゃーん!」


 かなり前方から高い声が未だ慣れない名で私を呼んだ。私は目を細めて、遠くから手を振る『妹』へ声をかける。


「一人で海に入っちゃだめだぞー」

「はーやーくー!」


 元気一杯に急かされ、私はやれやれと小脇に抱えたボードを持ち直した。

 この人混みじゃ危なくてサーフィン所では無いだろう。

 前方で必死に手を振る由佳里ちゃんは、薄い桃色の水着を着て二つに結った髪を揺らしている。決まれば行動が早い所は源ちゃんに似たらしい。翌日にこにこした顔で一緒に水着を見に行ったのだ。

 その時、私も水着を一着源ちゃんに買って貰った。白地にワンポイントで市松模様の入ったそれは若者向けという感じで、どうにも気恥ずかしい。


「パラソル借りて来たぞー!」


 着くなり海の家へ突進した源ちゃんと言えば由佳里ちゃんが急かす中、重そうにパラソルを抱えて私の横に立った。由佳里ちゃん並みに元気な爺だ。

 私はボードを抱えていない方の手でパラソルを奪い取る。源ちゃんが目を見開いた後、妙な顔をして首を傾げた。


「どうしたやっちゃん」

「重いだろうと」

「……なんて事はないがね」


 言えば、源ちゃんは少し照れたような顔で頭を掻いた。前方で待ちきれないと言った由佳里ちゃんが癇癪手前の声で叫ぶ。


「ねぇー! はやくぅ!」

「今行くからパラソルさす場所見付けてくれーっ」

「はぁいっ!」


 源ちゃんがそう声を掛けると由佳里ちゃんは弾むように踵を返し人混みへと紛れていく。

 私は源ちゃんと並びながらゆっくりと海岸へ歩き出した。


「しかし、海なんて何年ぶりかね」


 久しい潮の香りに、少しばかり目を細め呟く。源ちゃんはうーんと唸ったあと記憶を辿るように口を開いた。


「最後にやっちゃんとサーフィンしたのは、やっちゃんが定年した夏だったよなぁ」

「歳を取ると中々腰が重くていかんな」

「そんでもアンタ、良くワシと遊んでくれたよ」

「強引に引っ張るのはそっちだろうに」


 サンダルと足の間に砂が入りジャリッと不快な感触がする。後ろから私達の後を追う二匹の御使い様は、物珍しそうに人で溢れ返る海岸を見回していた。


『人がいっぱいだ! なぁ左の』

『こんなに沢山人を見るのはいつぶりだろな、右の』

『明治より前以来?』

『久しいな』

『久しいなぁ』


 二匹の交流に心癒されつつ、私は源ちゃんと二人で由佳里ちゃんの姿を探す。


「お兄ちゃーんっ、おじいちゃーんっ、ここ空いてるよぉー!」


 程なく、少し離れた場所で由佳里ちゃんが跳ねて手を振ってるのを見つけた。ビーチの端、岩場の影になり人気がない場所なのか人もまばらな一角。


「日陰じゃあないか。パラソル借りた意味が」

「いいじゃないか源ちゃん。日射病予防になる」


 サンオイルを片手にしている源ちゃんは顔をクシャリと歪め一人ぶつくさとごちるが、由佳里ちゃんには笑顔で手を振り返していた。

 ……アンタまだ焼ける気なのか。




 由佳里ちゃんが見つけたその場所へせっかく借りたのでパラソルを刺して、浜辺にビニールシートを引いた側から源ちゃんはまた元気に海の家へ走っていった。由佳里ちゃんよりも海を満喫する気なのだろう、あの爺は。

 私と由佳里ちゃんはビニールシートにシートに座り、日陰でも少し温い砂浜の温度を楽しみながら海に入る準備をしている。金と銀はビニールシートの端で丸まり、さっそく寝息を立てていた。

 由佳里ちゃんの日焼け止めを塗るのを手伝ってやり、シャチの形をした浮き輪を一生懸命膨らませている最中に両手いっぱいの荷物を抱えた源ちゃんが戻ってくる。


「入る前にちと食っとこう。朝早かったから腹が減ってるだろう?」


 由佳里ちゃんは歓声を上げ、さっそくと焼きトウモロコシにかぶりつく。


「また買い込んで来たな」


 口の端に食べカスをつけながら美味しそうに食べる由佳里ちゃんを眺めた後、所狭しとビニールシートに広げられた食料に私は食いきれぬだろうと眉を寄せる。


「昼になると混むからな。冷めてしまうが昼飯の分もついでに買っちゃったんだよ」

「それにしたって、多くないか」


 焼きトウモロコシ、フランクフルト、焼き鳥焼きそばお好み焼きにイカ焼きたこ焼きと、随時バラエティーに富んだメニューである。

 持参したクーラーボックスから缶ビールを取り出した源ちゃんは焼き鳥片手に上機嫌だ。


「うまいか由佳里」

「おいしい!」

「そうかそうか、他に食べたいもんがあったらジジに言えな。他にも色々あったぞ」

「やった! お兄ちゃん後で一緒にいこ!」

「いいぞ」


 まだ他に食べる気かと呆れつつ私は頷いた。子供に食欲があるのは健やかな証拠だ。

 源ちゃんの言葉に素直な反応をした由佳里ちゃんを見て相好を崩した源ちゃんが、デレッと頭を撫でている。なんだか羨ましい。私も孫娘がきっとこんな風になっていたのだろう。

 勿論孫息子とて、目に入れても痛くない程可愛いが。

 私は源ちゃんが買い込んだ冷めたら比較的不味そうな焼きそばをもそもそと食べつつ、微笑ましいその光景を眺めた。

 少しばかり寂しい気分になり、シートの端に居る金と銀にこっそり焼きそばを差し入れる。


(金、銀、食べるかい?)


 寝ていた二匹は耳をピクピクと動かし顔を上げた。

 そっと近付けた焼きそばに鼻先を寄せ動めかし、匂いを嗅いでちょっと首を傾げる。


『何ですかこれ』

(焼きそばだよ)

『焼きそば?』

(食べれるかい?)

『はい! 頂きますっ』

『頂きます』


 パクリと焼きそばを食べた二匹は、ゾワッと毛を逆立てた後感動したように美味しいを連呼して私の食べかけである焼きそばを完食した。最後にペロリとトレーに付いたソースを舐め取る。


『これっ、美味しいです! 利保さま!』

『あ、全部食べてしまいました。申し訳ありません』

(気にしなさんな銀。美味しかったのなら何よりだ)


 二匹とほのぼの会話していると、お腹が膨れたらしい由佳里ちゃんに勢い良く腕を引かれた。にわかに体勢を崩して、慌てて由佳里ちゃんを見上げる。


「お兄ちゃん海いこ!」

「あ、ああ。源ちゃんはどうする?」


 満面の笑みで、いつの間にか膨らんでいたシャチの浮き輪を手に今にも駆け出しそうな由佳里ちゃんと手を繋ぎつつ、ビール片手にサンオイルを塗りたくってる源ちゃんを振り返る。


「ワシは陽向で少し焼いてるよー、いってらっしゃい」

「いこいこっ」


 ひらひらと手を振る源ちゃんを尻目に、由佳里ちゃんは私の手を引きながら勢いよく駆け出していく。


「こら! 入る前に体操するんだぞっ」

「わかってるよー!」


 そのまま海に飛び込みそうな由佳里ちゃんに注意しつつ、私は段々小さくなる源ちゃん達にひらひらと手を振り返した。



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