きん さかな
俺の担任は、ハッキリ言ってド阿呆だ。
「いよっマリちゃんっ! 今日も素敵ねっ付き合って!!」
「……先生」
教室に入った俺を見た、奴の開口一番である。
担任である羽柴は俺の席にベッタリと座りながら手を振ってきた。
時刻は朝の7時半。低血圧だ低血圧だと煩ぇこの担任が俺と同じ時間に登校してくるようになったのは、二年に進級してすぐだった。
「邪魔なんスけど」
鞄を机の横にかけて、脚で椅子を軽く蹴り飛ばす。
毎朝のやり取りにいい加減うんざりだ。
「ちょっと待って。もうちょいマリちゃんの匂いをかぐか」
「今すぐ退けや変態」
ベッタリと机になつき倒し鼻を鳴らす羽柴ごと椅子を蹴り倒した。寸で避けた羽柴が、腹の立つアクションで「やーいやーい」と囃し立てたのを俺は綺麗に無視してやる。
小学生かこいつは。
「っんだよマリちゃん、ノリ悪ぃのー」
「あんた低血圧って嘘だろ。あと俺の名前はマリじゃない。万里と書いてバンリだ」
「マリちゃんのがかーわうぃーじゃーん」
何故身長190cmの男掴まえて名前に可愛さを求めるのだ。
俺の前の席に腰を落ち着けた羽柴が頬を膨らませてマリマリ騒ぐので、顔を掴んで黙らせた。
「うるせぇんだよ朝から。寝てろクソ教師」
「もがもがもががっもがもがっ」
「って手を舐めんじゃねぇよ!!」
勝ち誇った顔がもの凄くウザい。悔しい事に顔だけは物凄く整っている羽柴によく似合う表情で、なおのことウザい。
「ちょっとしょっぱいのがマリちんの味」
「訴えんぞ」
「いやん、大丈夫。この体格差だもんねっ、俺のが有利!」
「何がしたいんだオメーは」
鞄から机に教科書を移しつつ聞いてみる。
すると、真顔になった羽柴が嘘のように真剣な声で呟いた。
「万里と付き合いたい」
「……」
「頼まれてもない、誰が持ってきたか解らない金魚の世話をする万里が好き」
「そりゃどんな所だ」
言ってる内容は、ともかく。
「あんた聖職者だろ。しかも俺は男なんスけど」
「考え古いよーマリちゃん。今時の先生は在学中の教え子と付き合って卒業と同時に結婚するんだからっ」
「ごく少数の人間の話だろ」
「だってさ」
──好きになったら、もうしょうがないじゃん
羽柴はそう言って笑う。潔く真っ直ぐな言葉を。
「だから、付き合うよね? ハイッ決定!!」
「ざけんなアホ教師。……離れろ近い」
ンーと、所謂キス待ち顔で迫ってくる羽柴を押し退けて殴る。
盛大に痛いと騒ぐ羽柴を尻目に、俺は教壇の端に置かれた鉢の中で優雅に泳ぐ金魚に餌を与えた。金魚は今日も元気だ。
「諦めねぇからな万里!!」
「そりゃ本当に教師の台詞か」
「いずれお前の恋人になる男の台詞だ」
ド阿呆教師も、大変元気だ。