将来が楽しみだ
夏の工事現場は地獄である。
暑さに水を被ればその場で蒸発していくのだから、その暑さがいかほどか解るだろう。
家を出ていく前と帰宅後の体重差を見るとと空恐ろしくなる。
仕事をやり始めたばかりの頃、夏場よくぶっ倒れていたのを思うと最後まで動ける今、体力は昔に比べアホ程ついたが。
大体にして体重は増えたのに体脂肪が落ちたと言うのだから笑えてしまう。メタボリック、なんだそれはという状態だ。
まぁそんな夏場の現場からげっそりと帰ると、独り暮らしのアパートの窓から灯りが見えた。その理由を推し量れば自然と頬も緩む。
「ただいま」
鍵を開け猫の額ほどの玄関に入って普段は口にしない言葉を乗せれば、ガラス戸の奥からトタタッと軽やかな足音が聴こえ、この後待ち受ける展開を予想し俺は両手を広げた。
「治朗叔父さんっ!!」
スパンッと引かれたガラス戸が軋んで、高く騒々しい音を立てた。その音を遮るように発せられたボーイソプラノは、満面の笑みで俺の胸を目指す少年から発せられている。
「おかえりなさいっ」
予想通り少年は真っ直ぐ俺の胸へ飛び込んでくる。それを危うげなく抱き止め、俺は幾分か成長した少年の頭をガシガシと撫でた。
「よぉ光司郎! おっきくなったなぁ!」
きゃあきゃあ言いながら撫でる俺の手にじゃれてくる少年は、姉の子供で甥の光司郎だ。現在小学五年生。天然栗色のキラキラした髪に溢れそうに大きな目玉、華奢な手足が非常に愛くるしい十一歳である。
「あのねっあのねっ、僕一年で十五センチ伸びたの! 学年で一番伸びたんだよっ」
誉めて誉めてと俺を見上げる眼は仔犬のようで、俺の顔はだらしなく緩む。身内の贔屓を省いても光司郎は近所で一番可愛い子供だった。
「そりぁ伸びたなぁ。夜中骨が軋むんじゃあねぇか?」
「すんごく痛い」
そこだけしかめっ面をして痛さを表現する光司郎の愛らしさに、俺は「そーかそーか」と頷きながらギュムッと抱き込んだ。
この甥っ子はどういった訳か父親よりも俺にやたらとなついていて、嫁さんも子供もいねぇ俺にとっちゃ義兄には申し訳ないが実の子のように可愛い。そりゃもう姉に角出して怒られる程でろでろに溺愛しているのだ。
「今日はどうした? 独りで来たのか?」
「独りー」
きゃらきゃらと笑う光司郎をそのまま抱き上げて奥に行くと、部屋の隅にちょこんとボストンバッグが転がっていた。
「ありゃなんだ光司郎」
抱き上げて視線が少し上になった光司郎を見上げて、俺は尋ねる。光司郎は当たり前のように俺の首に回した腕にちょっとだけ力を込めて首を傾げた。
「僕のバッグ」
「そんなのぁ見りゃ解んだよ。二、三日泊まってくのか?」
「えっとね、お父さんが一ヶ月出張になったんだ。夏休みだし皆でついてこうってお母さんが言ったんだけど、僕サマースクールあるし、友達と遊びたかったから残りたいって言ったの。だからね、叔父さんの所に行きたいって言ったんだよ」
「……はい?」
「だから、一ヶ月ずっと一緒だよ治朗叔父さんっ!」
きゅむっと可愛らしい力で俺の首を絞める光司郎の眼は、少し潤んで不安で一杯だった。
「あの、迷惑、だった?」
「……」
あぁぁあああ!
なんて愛らしいんだ光司郎! 一ヶ月も一緒に居られる事を喜びこそするが、迷惑だなんて。
俺は厳ついらしい顔を精一杯柔らかくし、光司郎に笑む。
「じゃあ叔父さんと一杯遊ぼうな光司郎」
「っ……うん!!」
乾燥して干からびた生活が一気に潤いそうな予感に、俺の心臓は久々に高く鳴った。
***
飯は済ませてきたという光司郎を先に風呂にいれ、俺は簡単な鍋を作り独りで食った。土鍋料理は意外に楽だし早い。
残り汁をおじやにして啜ってると、風呂から上がった光司郎に一口一口とせがまれたので口に入れてやる。光司郎は満面の笑みで俺の膝に上がり、熱そうに口の中で冷ましながらとおじやを食べはしゃいでいた。あぁ可愛い。
抱き潰してグリグリしたい。
まぁ俺の力でやると細い光司郎は本当に潰れてしまいそうだが。
美味しいを連呼する光司郎に残りのおじやを譲り、俺も風呂に入る。ささっと汗を流して上がると、光司郎は食べ終わった土鍋を洗っていた。
「おっ、偉いじゃねぇか光司郎。助かったよ」
「美味しかったからお礼!」
光司郎は手早く残りの洗い物も片付けていく。俺は料理はそこそこ好きだが片付けが大嫌いなので、本当に助かった。
洗い物を終えた光司郎は、バスタオル一枚の俺の腰に抱き着いて一緒に寝ようと誘ってくる。断る理由もないのでさっさとトランスをはいて奥の万年床へ移動した。
「夏休み一杯はここにいんのか?」
ゴロリと俯せれば、笑顔光司郎が俺の尻辺りに馬乗りになり腰をギュムッと圧してくる。
「あっ、ソコソコッ」
「ここぉ?」
光司郎は本当によく気の利く子供だ。そのまま凝ってる所を言えば嫌がるでもなく揉み続ける。
「夏休みはずっとお世話になるよ」
「そうかぁ、じゃあっ、一杯、一緒に、いられっ、るな」
圧される度に声が途切れながら背中の光司郎を振り返れば、光司郎は俺の背にべったりと俯せて嬉しそうに頷いた。
「お休みの日は遊んでね?」
「おう、夏は稼ぎ時だからそんなに休み取れねぇが、光司郎がいるならもぎ取ってきてやる。海行こうな」
「やったぁ!」
治朗叔父さん大好きっと抱き着かれれば、鼻の下も伸びる。そのまま心地好い重みに疲労した身体が眠りかけた時、ふにっと尻に違和感を感じた。
「……光司郎?」
「治朗叔父さんのここ、すごく気持ち良いよねぇ」
光司郎の小さな手が、俺の尻をさわさわと撫でたり押したりしている。
「なんかね、ムチッとしてて硬そうなのにやーらかいのがいい」
えいやっと力を入れて押された時、布団と身体で股間の息子が擦れて不覚にも呻いてしまった。
「……治朗叔父さん?」
「っ、なんでもねぇ! もう寝ろ光司郎」
「えー、やだ。もうちょっと触るー!」
そのままグリグリと尻を鷲掴まれ左右に振られてしまう。その都度愚息が布団に擦られ、目覚めそうになった所で俺は光司郎の首根っこを掴んで無理矢理横に押し込んだ。
「いい加減に寝なさい!」
「……叔父さんの、ケチ」
最近忙しすぎて抜いてないのでこれ以上刺激を与えると息子が暴れだしかねんと考えた所で、俺はハタ……と気付いた。
何処で抜けばいいのかと。
未だに文句を言いつつ、俺に刷り寄り眼を閉じた光司郎を見て思う。
暫くは、禁欲生活を強いられる事になりそうだが、そこら辺はまぁ知らない振りをしておこう。
END