通行人の証言 | ナノ
 
 通行人の証言


 なぁんかややこしい事になったなぁと、俺の隣で箸をガリガリ咬みながら何やらブツブツ呟いてる同室者を見て、どっぷりと溜め息を吐いた。

 隣の彼が睨み付ける先には、ここ最近彼の関心をさらっている人物が豪華なメンバーに囲まれて騒いでいる。


「あぁっ! あのクソ眼鏡! 今比嘉様を触りやがった!! ファック!」

「どーどー、篤美クン落ち着いて。お口が下品よ」

「うるせぇよタコ! ダァァアア比嘉様に触んなっつのあの根暗! さっさと連れ去れよ生徒会め! 使えねーなっ」

「どーどー! 禁句だからそれっ! 生徒会親衛隊に目ぇ付けられちゃうからっ」


 騒ぎ出した篤美クンの口を塞いで、俺は二回目の溜め息を吐き出した。

 ややこしい事になったなぁともう一度思う。

 ここ最近、この愛らしい猫系同室者の篤美クンの関心をさらっているのは、先月転校してきた一枝朋和という一学年年下の男である。そいつが来るまで同室者の関心をさらっていたのはその転校してきた一枝の現同室者である比嘉藤治。

 その比嘉が転校生にご執心であるのが、篤美クンのイライラの原因だ。

 ……篤美クンは比嘉の親衛隊長なので、比嘉が転校生に構うのが我慢ならんのだろう。

 まぁつまり今も篤美クンの関心を全力でさらってんのは、あちらで騒ぎながら転校生にちょっかい出してる比嘉な訳だ。

 俺はと言えば、まぁ篤美クンの寮の同室者であるのだが、何を隠そう比嘉ファンの篤美クンを好きになってしまった報われない男子高校生である。

 篤美クンは凄く一途だ。俺と同室になった時は既に比嘉一直線で、安パイと見なした俺に事ある毎に比嘉様が比嘉様がと報告してきた。

 なんと言いますか、その比嘉を語る篤美クンの幸せそうな顔に、いつの間にやらもにゃもにゃ。

 つまり、現在、転校生に片思いする比嘉に片思いする篤美クンに片思いする俺という、他人が聞いたら爆笑しそうな相関図が出来上がっているが。

 事がややこしくなった発端である件の転校生は、生徒会全員プラス比嘉という豪華なメンバーに囲まれて呑気に飯を食っていた。非難轟々の中、図太い神経である。

 ややこしい事、というのは、転校生が来るまで他人を絶対的に拒絶していた比嘉が、転校生にやたらとご執心な事だ。

 比嘉の親衛隊ってのは篤美クンを筆頭に一途な奴が多く、それまでの比嘉の性質から影で見守ってる奴が大半をしめていた。

 それが、転校生が来てから若干変わりつつある。

 生徒会の親衛隊ってのはなかなかの暴れん坊が多くて有名なのだが、最近は比嘉の親衛隊も生徒会親衛隊に近い動きをしているのだ。

 隊長である篤美クンを筆頭にね。


「さっきから! 止めんなよタコの癖に! もう今日という今日は許せないんだからなぁぁああっ」

「落ち着いて! 落ち着いて篤美クンっ、それじゃ今まで我慢した意味ないから! それに俺の名前はタコじゃなくて多戸だから」

「お前なんかタコで充分なんだよタコ!!」

「篤美クンって本当、口悪いよね……」

「うるせぇよ。比嘉様の前じゃちゃんと美しく喋るっつの」

「俺の前でもそれでいいじゃないかー」

「ヤ。タコは比嘉様じゃないもん」

「……」


 あ、そのツンデレみたいな態度がキュンと胸に来ました。まったくデレがないけど。

 あぁ、虚しい。本性を見せてくれるのはそりゃ嬉しいが、たまには俺にもデレてくれないものか。こうまで扱いに差があるとまったく対抗出来ませんよ。

 比嘉はそりゃ確かに色男さ。顔良いし背ぇ高いし頭もいいですし。わぁ、俺一個も勝てねーぞ。


「とにかく落ち着いて。今まで我慢してたんだろ」

「でもっ」

「イジメも暴力もレイプも犯罪なの。悪い事なの。俺ね、一時の感情で篤美クンに後悔して欲しくないよ」

「……わかってる。こんなのは、俺のエゴだ」

「篤美クンが比嘉を好きなのは悪い事じゃない。だけど事を起こしたらその好きな気持ちが歪んじゃうからね」

「タコ……」

「だから俺の名前は多戸だってば」


 篤美クンがかなり無理して比嘉親衛隊メンバーを抑え込んでるのを、俺は知っている。今まで比嘉親衛隊が大人しかったのは比嘉が誰も彼も拒絶していたからで、そうじゃ無くなった今もっとも怖いのはこのもっとも一途な集団の暴走だろう。


「あの転校生に手を出したら、間違い無く篤美クンは比嘉から完璧に拒絶されちゃうだろ。隊員が事を起こしても、隊長である篤美クンに責任が回ってくる可能性が高いよ」

「そんな事はわかってる」


 俺の言葉をちゃんと聞いてくれて嬉しいよ篤美クン。

 なんたって俺はストッパーですからね。

 比嘉なんかの為に、篤美クンが犯罪者にされてたまるかい。比嘉ボケカス。


「それでも俺は、比嘉様が好きなんだ」


 呟いた篤美クンの切なくて甘い声は、比嘉には届かない。

 君のその甘い声が、俺に向く事はない。

 一途な一途な篤美クン。

 ちょっとで良いから、俺を見てよなんて、そんなのは、俺のエゴだ。




 転校生が来てから学園中が騒がしいが、ほぼ関わりのない俺は単なる通行人A、もしくはその他だ。

 俺は俺の人生の主役だからいいのさとは本心からだが、俺だって主役になりたい人はいる。

 渦中の中心は転校生、学年も違う生徒会でもない比嘉とは間違っても仲良くない俺は、その渦中の中心に近い位置にいる篤美クンの、主役になる事はない。

 何処までもモブ、何処までも村人。大好きな篤美クンを日々宥めて暴走を止めながら、早いとこどうにかなってくれと願う一般男子高校生に過ぎない。

 そう思って傍観者気取って眺めていたら、うっかり夏風邪を引いてしまいまして、かれこれ三日程自室にヒッキーしていた。

 質の悪い風邪ですからね、篤美クンに移ったら大変。

 で、俺が眺めていただけの騒動は、俺がうっかり風邪を引いて寝込んでいる間に進んでいたらしいです。


「ど、どうしようタコ……比嘉様にばれちゃった」

「ゲホッ、篤美クン?」

「嫌われた。二度と近寄るなって……俺、俺」


 その日の遅く、篤美クンは治るまで入っちゃメーよと念を押していた俺の個室に、泣きながら入ってきた。

 制服はボロボロで、愛らしい猫系の顔にはかなり大きな痣。


「篤美クン、その傷っ……!」

「比嘉様に、殴られたんだ」

「っ!! 比嘉、に」


 篤美クンの顔をよくも殴れたものだと、にわかに殺意がよぎった。あの野郎、俺喧嘩出来ないけど今なら比嘉を刺せそう。

 こんなに篤美クンに思われてる癖に。こんなに篤美クンの神経の頂点にいる癖に。

 俺がそうなる事はないのに、比嘉は軽々と篤美クンを踏み潰していく。俺が血反吐吐きながら死んでも欲しいものを、あっさりと、簡単に捨てていく。

 比嘉は篤美クンの気持ちなんて、一切気にしないで、彼を殴ったのだろう。

 あの転校生の為に。


「……泣かないで、篤美クン」

「ちゃんと、わかってたのに……我慢できなかった。比嘉様があいつの側で笑ってた。あいつに触ってた、愛しいって隠しもしないで、俺がどんなに望んでも手に入れらんないのに、あいつは……!」

「篤美クン!!」


 泣きながら、壁を殴ろうとした篤美クンをとっさに抱き締める。立った時にふらついたのは勘弁、まだ熱が高いんです。


「離せタコ!」

「離しません。ゲホッ……もうボロボロなのに自傷は駄目だよ」

「俺、はっ……自分が、許せなっ……い!」

「だめ。だめだよ」


 ぐっとたわむ篤美クンの体。俺より小さい体なのに、抑え込むのに必死なあたり、篤美クンもちゃんと男なんだなと、場違いな事を考える。

 その体一杯の思いを、比嘉の馬鹿は切り捨てたんだ。


「篤美クン」

「比嘉様が、泣いた、んだ……無事で良かったって」

「うん」

「さ、最初は……牽制だけのっ……つ、つもりで」

「うん」

「でもっ、あいつ、おか、おかしい……って」

「……うん」

「おっ、おれ、たちを! おかしいって!!」

「大丈夫、大丈夫だよ篤美クン」


 呑気な部外者は、多分俺達通行人の気持ちなんかわからない。

 主役になりたい人の主役にはなれない、俺達の気持ちなんて、きっと。

 多分、俺が思うに、あの転校生は篤美クン達を異常だと思ったんだろう。篤美クン達の気持ちをアイドルを追っかけるファンくらいに捉えて、邪魔者を排除するなんておかしいって。

 でも、でもさ。恋敵を蹴落とすのって、普通の恋ならよくある話だろう。篤美クンは比嘉が好きなんだから、あの転校生を邪魔者だって思うのは、普通だ。

 行動はちょっと行き過ぎかもしれないし、徒等組んで行っちゃったみたいだけど。

 篤美クンはただ一途に、比嘉を好きなだけなんだ。

 人は主観で生きている。自分以外の気持ちなんて正確にはわからないし、どうしたって物事を自分が思ったように捉えてしまうけど。

 俺達はただ、好きなだけだ。本当に、心から。


「お、れ……も、学校や、辞める」

「っ……! 行かないで篤美クン、ゴホッ……俺篤美クンの居ない学校はヤだよ」

「……俺、が、殴ったのは、変わん、ねー」

「……あれ? 殴っただけ?」

「……?」


 聞いたら、篤美クンはきょとんと首を傾げた。その姿可愛い! じゃなくて。

 なんか俺、最悪な想像をしていたんですが。


「ね、ねぇ篤美クン……ゲホッ……転校生に何したの? 詳しく」


 突っ込んだら、苦々しい表情の篤美クンは嗚咽混じりにポツポツと話してくださいました。

 曰く、転校生を呼び出して比嘉にあんま近付くなと言った。したら転校生は反論してきて、あまつ篤美クン達を異常呼ばわりしたと。


『お前らちょっとおかしいだろ。比嘉が好きなら普通に告るなりなんなりしろよ。こんな姑息な事してっから、比嘉がお前らを毛嫌いしてるんじゃねぇの? 本当に比嘉が好きなら正々堂々行け。比嘉の交友関係にまで口出しするのは変だろ』


 そんで、気持ちを全否定。あー、篤美クンの為に無意味ながら転校生に反論しますとね、篤美クンは何回か比嘉に正々堂々告白しております。多分他の親衛隊員もね。

 でもねー、比嘉は大して話も聞かずにいつも拒否。とにかく他人を拒否。転校生はそれを知らないからそんな事が言えたのだろう。

 そんでもって口論になり、ブチ切れた篤美クンは周りの親衛隊員の制止を振り切り転校生をぶん殴った、と。


「……ただの、ゴホッ……喧嘩じゃん」

「違う」


 えっ、違うの? 高校生なら殴り合いの喧嘩くらいするだろ。何故に自主退学まで話が膨らむかね!


「俺は、空手の有段者だ」

「うわぉ、篤美クンたら強かったんだねぇ」

「だから、タコの言うとおり、我慢する……つもりだったのに」


 俺の腕の中でまたポロポロと泣き出した篤美クンを、ぎゅっと抱き締める。俺じゃ比嘉の代わりには到底なれないだろうけど、精一杯の気持ちをこっそりと詰めて。

 あぁ、神様、人も法律も運命も残酷過ぎる。比嘉は篤美クンに振り向かない。篤美クンは俺に振り向かない。

 空手有段者で転校生を殴った篤美クンは、そんなに悪いのだろうか。


「大丈夫だよ、篤美クン」

「タコ?」

「空手有段者ってのは不利だけどさ。俺はちゃんと篤美クンを知ってるからね」


 だから俺が、君の主役になれるように頑張るよ。生徒会に興味は無いし比嘉は大嫌いだけど。

 君の主役になれるように。


「明日一緒に俺も生徒会室に行くからね」

「なっ、お前まで巻き込むのは……!」

「大丈夫大丈夫、高校生の喧嘩なんてよくあるし万が一退学処分になってもさ」


 俺は君を、ずっと一途に追いかけるから。

 なぁ転校生、俺達は異常かな? ただ好きなだけなんだ。

 その人の主役になりたいだけなんだ。

 とりあえずまぁ、明日の為に全力で風邪を治すとするよ


END

 
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