しとしとしと。
雨は地面を濡らし、女の長い睫毛も濡らした。こんな雨の中なのにも関わらず、女は傘をさしていなかった。雨は女の服をも容赦なく濡らして、その美しい曲線を帯びた身体の線を克明に見せた。ずぶ濡れになって身体が露になった女の裸同然の滑稽な姿を見て、くつりくつりと男は笑う。


傘もささずに何しに来たんだ?
わざわざ貴方に会いにきたのよ
それはそれは。嬉しくて泣きそうだ。



男はそう言ってまた喉を鳴らして笑う。男の喉仏が微かに上下するのを女は見詰めた。染み一つとない男の白い首には、するりするりと雨の雫が滑るように落ちてゆく。雨脚は弱まることなく益々その力を増してゆく。天から落ちてくるそれはまるで宝石のように輝いて、地面に落ちて散ってゆく。儚くも美しいその姿は、憐れで、滑稽で、それでいて酷く愛しい。その姿はまるで目の前で静かに眠る男に似ていると、女は思った。


可笑しいわね
何がだ?
貴方は私のすぐ目の前にいるのに。
…何が言いたい?


意味深な女の言葉に男は怪訝そうに眉を潜めた。









女はその男の表情を見て小さく微笑し、唇を微かに動かした。


すごく、
……………。
虚しいの。



しとしとしと。雨は地面を濡らし、女の長い睫毛も濡らした。雨は女の目の前にある十字架も容赦なく濡らした。十字架は何も言うことなく、黙ったまま女を見据えている。

「……エース。」

女の呟いた一言は、無情にも雨の音に欠き消された。女は寂しさや、悲しみ、哀れみや、恨みなどの感情を抱いてはいなかった。泣きたいとも思わなかったし、叫びたいとも思わなかった。ただ、唯一、底知れない虚しさだけが、女の心に深く残っていた。











20100804.