怒りがふつふつと沸き上がった。自分の目の前のものが何もかもが不快で、煩わしく、忌まわしく、汚らわしく感じてたまらない。だが自分は一体何に対して怒り苦しみ、そして恐れ震えているのかさえ解らない。解らぬまま、ただ延々と沸き上がってくるこの負の感情を抑えることも、耐えることも、逃げることさえも出来ず、目の前の物を壊すことしか今の自分には出来なかった。腹が立ち、ただひたすら恐れることしか出来なかったのだ。視界に広がるこの世界など壊れてしまえばいい、滅んでしまえばいい、頭の中でとんでもないことばかりが浮かぶ。訳の解らず奇声を上げて壊した。物を壊す度にがしゃん、がしゃんと耳障りな音が鼓膜を貫いた。部屋は瞬く間に無惨な光景になった。まるでこの部屋にだけ嵐が来たようだ。着ていた着物もぐちゃぐちゃになり、まるでただの布切れを羽織っているようだった。息は上がり、呼吸を荒くした。壊したもののガラスの破片が肩に刺さり、腕を伝って生温かな血液が畳を濡らした。


「……、」


ふと微かに誰かが息を漏らすような音が聞こえて振り向くと、哀れなものを見るかのような目で俺を見る名前の姿が見えた。

「……気に食わねえな、その目。」
「…………。」
「そんな目で俺を見るな。」
「…………。」

名前の瞳は深く、鎖のように捕らえて放さなかった。名前は目を反らすことなく見つめたまま、ゆっくりと俺に近づいてきた。

「来るな、」
「…………。」
「聞こえねえのか……!?」
「…………。」

一歩、また一歩と近づいてくる。名前が近づいて来るにつれて心音が強く激しく鳴り、また再び恐怖が沸き上がった。怖い。怖くて堪らない。名前を壊せば、そうすればもしかしたらこの感情から逃れるかもしれない。思わず拳を振り上げて、名前の頬目掛けて勢いよくふり下ろそうとした瞬間、名前は一筋涙を流して俺を抱き締めた。




何をそんなに怖がっているの?
怖がらないで、抱き締めて。
私は此処にいるから。




嘘、ほんとは怖いだけ
(愛し方を知らないだけ)




title 臍.