ピンポーンと軽快な音が鳴る。ちょうどシャワーを浴びたところだったので、肌はまだしっとりと水気があり、髪の毛先のからはぽつりぽつりと水滴が滴ってフローリングの床を濡らした。タオルを首に掛けて玄関に足音をならさずゆっくりと向かう。裸足のまま玄関のタイルに乗ると、ひんやりと冷たくて気持ちいい。小さな穴を覗けば、重苦しい濃い灰色をした空と、同じように重苦しい雰囲気で此方をキッと睨むようにして仁王立ちする彼の姿が見えた。彼の鋭く目をみたら思わずぶるりと震えた。速く開けろ、と怒鳴っているようで恐ろしい。開けるか開けまいかドアの前で腕を組ながら暫し思い悩んでいると、痺れを切らしたような彼の声が聞こえてきた。

「其処に居んだろ?」
「…。」
「とっとと開けろ、」
「…、」

やはりばれていたかと溜め息を吐く。仕方なしにゆっくりと鍵を回せば、その直後に荒々しくドアが開けられたので思わずドアを閉めようと手を伸ばした。だがそんなことは無駄な抵抗とでもいうかのようにあっさりと開けられてしまった。彼はドアを締めるとしっかりと鍵を閉めた。そして私の目の前に来ると、見下ろすような体勢をとった。視界が全部彼の胸でいっぱいになり思わず後退りした。

「お、おはよ。」
「…。」

この張り詰めたような空気を少しでも変えようと声を出してみるが、あまり意味がなかったようで依然として口を開かなかった。

「まあさ、とりあえずあがって。お茶出すから。」

そう言ってくるりと振り返り、リビングに向かおうとした瞬間、がしりと腕が掴まれて、体勢を崩した。身体が逆方向に傾いたと思ったら、視界は再び彼の胸でいっぱいになり、勢いで唇をぶつけた。ぎゅううと強くロープで縛り付けられたように、強く抱き締められて、肩が潰れられそうな感覚になった。彼の愛用する香水の微かな香りと、よく吸う煙草の香りで鼻孔がいっぱいになった。私の髪のせいで、彼の着ているシャツがじんわりと濡れていく。

「…シャワー浴びたのか?」
「うん…。」

耳元で甘くて心地好いテノールが響く。擽ったいのと気持ちいいのが混ざって思わずぴくりと跳ねると、彼はクスリクスリと声を鳴らした。そして突然むちゅりと唇を奪われた。最初は抵抗をしようとしたが、結局、なされるがままを貫いた。やっぱり私は彼には逆らうことも、逃げることも出来ないんだとキスしながら思った。彼の強引で残酷なぐらい優しいキスや胸の中から逃げることなんて私には到底、無理なんだとよく解った。ドアの向こう側からは、私の髪を伝って落ちる水滴のように、ぽつりぽつりと天から降る雨音が聞こえてきた。



斯くして曇天は哭する



口内には柔らかくて温かで、ラッキーストライクのほんのり苦くて優しい香りが広がっていった。

title guilty.