何の前触れもなく、何の脈絡もなくそれは訪れた。川がゆったりと留まることなく流れるように、空には朝になると太陽が昇り、夕方には沈むように、ごくごく当たり前のように、結婚した。私の生きる人生の中で、欠かすことの出来ない必然のようだった。最初から解っていたことだったし、自分でも解っていた。だからこうして私は今にいたるのだ。私はまだ十歳で、あの人はその三歳上をいったところだった。私の知らないところで知らないうちに決まったことだ。当然、そこに愛などない。私は言われるがまま、流されるがまま私は此処にきた。それはまるで流れ作業のような、そんな感じだった。嫌じゃなかったといえば嘘になる。だが別にその流れに逆らう気もなかったし、逆らうだけの器量もなかった。自分の意見や気持ちなど最初から耳を傾けてくれる人間は周りにいないのはとうに解っていたので、私はなすがままで静かに呼吸して生きた。あの人、夫は時折会話に異国の言葉を発することと、右目に付けた眼帯以外は、噂に聞いていた程、大して変わったお人ではなかった、気がする。気がするというのは、少し変に聞こえるかもしれないが、すんなり填まる言い回しだと思う。私はあの人、夫を避けていた。別に恨みがある訳でも彼が嫌いな訳でもないけれど、知らず知らずのうちに避けていた。だが最初から避けていた訳ではなかった。此処に来たからには妻として成すべきこを成そうと努力した。気に入られるようにと、可愛がられるようにと、必死に自分の出来ることはしたつもりだった。せめて私の居る意味を見出だしたかったのだ。だが彼は特別、私のことをどうしようとはしなかった。そんな日々が続き、ついに私の心は折れた。もうどうでもいい、そう思った。私の夫は死んだんだと思い込んだ。そして毎日毎日故郷に残してきた家族のこと、此処に来る前に慕っていた人、故郷の山河や空の景色のことばかり考えて過ごした。夜になれば寂しくて寂しくて涙を流した。私は此処で独りぼっちだった。そんなことを考えて日々を過ごしていくうちに、ふと、珍しくあの人のことが頭に浮かんだ。それは私が此処に来てから数年経った後のことだった。それまでは彼は死んだものと思い込んだいたせいか、考えたこともなかったが、彼も私と同じ気持ちを舐めていることにはっと気がついた。もしかしたら私よりももっともっと計り知れない悲しみをその左目の奥に潜めているのだと、気がついた。このことに気がつくまでには余りにも時間が経ってしまったていたが、まだ間に合うかもしれない。私とあの人との間にはもう既に大きな溝があるけれど、まだ埋めることだって出来るに違いない。今までの所業や誤解も、まだ訂正できるかもしれない。そう思ったら、今まで必死に圧し殺してきた感情が一気に溢れだした。私はまだ、彼を愛することを諦めていない。これからゆっくり理解してゆけばいいのだ。



「政宗様、」



花信‐かしん
(花が咲いたという知らせ)



焦ることなどない、ゆっくり、ゆっくりと彼を愛そう。




title dakusei.