扉を開けたと同時に視界に入ってきたのはソファに凭れて背中を曲げたあいつの姿だった。緊張感の欠片もないその空間は仕事から帰ってきてどっと疲れていた私にとっては気が楽になって良かった。

「おかえりー」
「ただいまーって、何で勝手に私のiPod使ってるの。」
「へへへ。」

彼は笑って誤魔化すと、またiPodに視線を戻した。まだよく使い慣れていない様子で、ボタンを連打したり、時折音量を上げすぎてう゛わっと耳を抑えて悶えたりしていた。その姿が実に滑稽で、思わず笑うと、彼のはムスッとした表情で私を見てきた。
「もう返してよ。」
「えー。ちょうどサビなのに。」

彼の言葉を無視してぐいとイヤホンを引っ張り奪い、自分の耳に付けた。イヤホンがやけに生暖かい。ちょうどサビの部分で、頭が痛くなるような洋楽が流れていた。親指で弧を描き、音量を最小限に下げた。

「ねーえ、俺様も聞きたい。片方貸してよー。」
「ふ〜。」

本当は佐助の声がすごい聞こえるけど思いっきり無視した。彼はまたさっきみたいにムスッと怒ったけれど、それ以上何も言わなかった。

「ねーえ。」「〜ん」
「名前ちゃんってば、」
「〜ん」

サビなんてとっくに過ぎたし、本当はもう電源切ってるけど、放置プレイかましておいた。横目でちらっと佐助を見れば、不機嫌な顔してる。可愛くて笑える。

「本当に聞こえてないんだね。」
しょんぼりするかなって思ったら今度はちょっと笑ってる。変な奴。私はより一層鼻歌を大きくする。
「名前ちゃん、」
「〜んん」
「愛してるよ、」
「…………。」


愛していいよと君がわらう


聞こえる
聞こえないふり聞こえないふり、