名前を呼ばれたが、振り返る気はさらさらなかった。そして返事も返すことなく、私は歩くスピードを更に速めた。後ろで舌打ちしながら怒っている彼の顔が見なくても鮮明に頭に浮かぶ。そしてその直後、急ぐ私の後を追いかけるように荒々しい足音が聞こえた。

「wait、」
「やだ。」

私がそうはっきり言うと、彼はぐいと強引に腕を引っ張って私の足を止めようとした。抵抗はしてみるものの、やはり力では自分に勝目はないことは最初から分かっていた。みるみるうちに引き寄せられた。強く握られた腕に、ひりひりした淡い痛みが走る。

「痛いってば。」
「知ってる。」
「じゃあ離してよ、」
「いやだ。」

彼はそう言って意地悪な笑顔を見せた。放課後の暖かくて優しい淡い橙色をしたお日様が、彼の整ったその顔の線や白い項や鎖骨を鮮明に浮き上がらせている。それが妙に色っぽく思えて、怒る気もどっかに行ってしまった。私は小さく溜め息を吐いて、腕の力を抜いた。抜くと同時に彼の掴んでいた手の力も和らいだ。そしてその手を今度は私の手に絡ませた。

「やめて、人がみるでしょ。」
「見せとけ。」
「あー、もう。」

何なんですかねこの男は、人を困らす天才なんですかね。そう思って右隣りにいる彼を怒って視線を向けたら、何が愉快だったのか満足そうにふわりと笑った。あー、もう。


右の隣人を愛します

かっこよすぎ。