彼女は僕よりかは話すが大人しい。だから僕とおんなじくらい何を考えているか解らない。こうやって隣で座って、数十センチぐらいしか距離がないのに、何一つ感じないし、話さない。僕も話さない。だからこのように黙ったままを貫いてかれこれ数時間も経ってしまった。その間、これといって何かをするでもなく、ただひたすら黙っていたのだ。数時間前に出された紅茶ももう既に飲み干したし、先程まで皿の上にあった、高級洋菓子店で売ってそうなパウンドケーキも食べてしまって、残ったのはパラパラとした疎らなパウンドケーキの破片だけ。

「………………。」

ふと隣にすわったままの名前さんに目を向けると、先程と変わらぬ表情でさっきから夢中に携帯を弄っている名前さんが目についた。カチカチカチカチカチという携帯のボタンが素早く軽快になる音が部屋に鳴り響く。最初に僕を招いたのは名前さんなのに、こうやって構わず携帯をいじる名前さんに対する不満が、時間を重ねてくるごとに湧いてくるのだった。正直、もう家に帰りたい。だがこのまま帰ったとしても何で彼女が僕を呼んだのかは謎のままになってかえって気分が悪い。もうどうすればいいのかわからなくてって、結局黙ったまま、時間に身を任せるしかなかった。

「………………ふう。」

久しく声を出したと思えばそれはただの溜め息だった。そして溜め息を吐いた彼女は今までずっと弄っていた携帯を机の上に置いて、その手を次はポケットに突っ込んだ。取り出したのは煙草だった。その煙草を口に加えると、素早く火をともし、めいいっぱいそれを肺へと送り、そしてその入れた灰色をふうとまた外へと出した。名前さんは「吸う?」と言って一本差し出してきたが、ううん、要らないと言う風に首を横にふると、彼女はあっそ、という風にまた差し出した煙草を箱に戻した。彼女が少し怒ったような気がして、やっぱり黙ってもらっといたほうが良かったかな、と後悔したが、もう遅い。僕は暫く煙草を無言で吸う名前さんの姿を見たまま、黙った。

「………………」

壁に掛かっていた時計をみると針は午後の11時をさしていた。もう流石に帰らないとまずい。帰りは電車だし、家は駅から遠いし、寒いから。僕が帰ろうとスッと立ち上がると、名前さんは煙草を加えたまま、僕を見上げた。そして最後の煙をふうと盛大に吐くと、傍にあった黒の灰皿に押し当てた。煙草はグニャリと曲がり、口をあてていた部分には名前さんの淡い桃色の口紅のあとがはっきりと残っていた。名前さんは僕を見送るようすはなく、依然座ったまま、僕を見ていた。別に見送ってもらうことを期待はしていなかったが、いざされると寂しいものだ。僕は軽くじやあね、と会釈をし、玄関に向かった。

「小太郎、」

久しぶりに名前を呼ばれてぴくっとした。そのまま振り向くと、名前さんが座ったまま、僕をじっと見詰めていた。なに?という風に僕もその目を見る。

「泊まってけば。」

一言、名前さんはそう言ってまた煙草を取り出し、さっきと同じ手順で吸っては吐いてを繰り返していた。再び部屋は灰色のもくもくに包まれる。そして付け足すように名前さんは「明日日曜日で休みだし。」と言った。

「………………。」

僕は玄関と廊下のちょうど真ん中に立ち尽くしたまま、小さく頷いた。


とある土曜に