揺れる関係の続き





ベルがあたしに恋愛感情を持っていることが発覚してからちょうど今日で一年。去年当日に祝わなかった分今年はちゃんと祝おうと思っていたのにあたしはベルを避けてヴァリアーの屋敷内を逃げ回っていた。


「はい、ミルクティーよ」
「ありがとう、ルッスーリア」


いくらヴァリアーの屋敷が広く迷路みたいな廊下とはいえずっと廊下にいたら遅かれ早かればったり鉢合わせしそうなのでとりあえず今はルッスーリアの部屋にお邪魔させてもらっている。目の前に置かれたミルクティーを一口飲むとその温かさに気が緩んでホッと一息。本当は一息ついてる余裕なんてないんだけど。…さっき廊下ですれ違ったスクアーロにベルがあたしを探していたと言われたから、多分ベルは既にあたしに避けられていることに気付いているはずだ。これからのことを考えて思わずため息をついてしまう。


「ベルちゃんと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩、とかいうかなんというか…」


クッキーの盛られた皿をテーブルに置いてから話を聞こうとしてくれるルッスーリア。だけどなんと言っていいかわからず少し口ごもってしまう。いっそのこと喧嘩の方が楽だったかもしれない。


「言いたくないなら無理には聞かないわ」


ティーカップを持ちながらそう言って微笑むルッスーリアの優しさになんだか自分が情けなくなってきた。ベルから逃げ回ってあたしは一体何がしたいのだろう。


「…あたしが、悪いの」


ベルを避ける事になってしまった事の発端は昨夜、任務が終わって屋敷に帰ってきたときのことだ。任務中から何故か不機嫌で口数の少なかったベルがあたしが自分の部屋に入ろうとしたとき、ようやく口を開いた。


「去年の誕生日、」
「誕生日がどうかした?」
「オレの望む関係って何か聞いてきたよな?」
「…そんなこともあったね」
「…逆に聞くけどお前はオレとどういう関係でいたいわけ?姉弟みたいな関係?つーか、お前ってオレのことどう思ってんの?」
「……いきなりどうしたの?」
「いきなりじゃねーし。わかってんだろ?いい加減はぐらかすなよ」
「……」
「それともそれが答えなわけ?」
「そういうわけじゃ……」
「……もうオレ我慢の限界なんだけど。むしろ、1年我慢しただけでもオレすごくね?」


明言はしていないけどベルがあたしを好きなことはそれこそ1年前の誕生日に気付いたことで、忘れていたわけではない。だけど、気付いたところで何かが変わることもなくベルもいつも通りで、だからあたしはそれに甘えていたのだ。たまにちょっと甘い雰囲気になっても毎回はぐらかして、答えを出すのをずっと先のばしにしてきた。そんな中あたしの気持ちを尊重してなのかあの我が儘で自分勝手なベルが1年も待ってくれていたのに、その間ベルがどんな気持ちでいるかなんて考えずに目を逸らし続けて、最低だ。しかも、こうなった今でも答えを出せずにベルを避けている。

今までは全く意識していなかったけど、この1年はベルが男だということを意識させられることが多々あったし、正直ベルにドキドキすることもあった。…見ない振りをしているだけで、薄々気付いてはいる。多分、あたしはベルのことが好きになっているということくらい。もちろん今までの親愛のものではなく恋愛の意味で、だ。だけど、あたしは今の関係で十分満足しているのに、果たして変わる必要があるのだろうか。もし付き合ったとして、万が一うまくいかなかったり、実は恋愛感情じゃなかったと冷められたら、なんてそんなことを考えてしまっていまいち一歩を踏み出せない。自分がどうしたいのか、自分のことなのに未だに答えがでないでいる。


「だけど、もう元には戻れないんじゃないかしら?」
「え?」


ベルのことは好きだけど付き合うのが怖くて逃げている、というまとまりのないあたしの話を静かに聞いてくれていたルッスーリアの優しい声に俯けていた顔をあげる。


「もし付き合わないとして、振られたベルちゃんのことを考えると今まで通りは難しいと思うわよ」


どうして、今まで考えなかったのだろう。今の関係が永遠に続くことを一切疑っていなかった自分に驚くしかない。いくらあたしが今の関係がいいと願ったところで、それはベルの望む関係ではないのだからこの関係が続くはずがない。この一年間はあたしがはぐらかし続けていたからこそこの関係を保っていられたけど、あたしが答えを出してしまえばその答えがどちらにしろ関係は変わってしまうのだろう。それはこれ以上答えを延ばしたところで一緒だ。いつかベルはいつまでもうだうだしているあたしに怒るなり呆れるなりして関係は壊れてしまう。もう元には戻れない。それなら、あたしは一体どうするのだろう。


「ごめん、ルッスーリア。あたし部屋に戻るね。ミルクティーとクッキーご馳走さま」


ルッスーリアの部屋を後にして向かう先は自分の部屋。とりあえず一人になって考えたかった。落ち着いて気持ちの整理がついたらベルに会いに行こう。まずは避けたことを謝ってそれから、

これからのことを考えながら急ぎ足で自室へと戻ったあたしを待っていたのは、ナイフのお出迎えだった。
扉を開けた瞬間に飛んでくるナイフたちを間一髪のところで避ければ後ろでカカカカカッという音を立ててナイフが壁に突き刺さった。


「今までどこにいたんだよ?」


あたしの部屋にいたのはナイフを投げた人物であるベルで、まさか部屋で待ち伏せされていただなんてそこまで考えていなかった。しかもナイフを投げられた時点でわかってはいたけど、結構お怒りの様だ。いつもより低めの声に冷や汗が流れる。


「…ごめん」


ルッスーリアに相談していた、とは言えずとりあえず謝罪の言葉を口にする。答えが出てからベルに会いに行くつもりだったからまだ考えはまとまっていない。そのことに少し焦りつつも扉を閉めてベルに近付いた。ベルはソファーに座っていてあたしの場所からは後ろ姿しか見えない。


「ベル」


近付いて後ろから声を掛けてもベルは振り返らないし返事もしない。諦めずにもう少し近付いて再度名前を呼ぼうとした瞬間、腕を引っ張られて視界いっぱいにベルが写った。髪の隙間から覗く滅多に拝むことのできないベルの瞳はゆらゆらと揺れている。


「避けるくらいオレのこと恋愛対象に見るのいや?……むかつく」 


だんだんとベルの顔が近付いてきて距離がゼロになったとき、唇が何かに圧迫された。片手で頭を固定されてさらに深くなりそうになったそれはだけど思い止まったのか荒々しかった割にすぐに離れた。そこでようやくキスをされたのだと働くことを中断していた頭が認識する。ソファー越しにあたしを抱きしめながらベルはあたしの肩に顔を埋めた。


「……オレだけこんなにも好きとかマジありえねー」


ぼそりと呟かれたその言葉やあたしを抱きしめる痛いような痛くないような力加減に心の中でつっかかっていたものが、取れた気がした。


「…あたしだって、ベルのことが好きだよ」




所詮変わらないものなどありはしない


ベルが傍にいない未来なんて想像出来ない癖にあんなにも悩んで馬鹿みたいだ。あたしが一歩を踏み出すことでベルと一緒にいられるなら、そんなの答えなんて決まっている。

抱き締め返すことしか出来ないあたしを見ながらベルがめずらしくぽかんとしているのがわかる。だけどすぐにいつものようにししっ、と笑うのだからきっとあたしの顔は真っ赤なのだろう。

どうせ関係が変わってしまうのなら、変わって良かったと思える関係を築けるようにすればいい。今までもこれからもずっとベルと一緒にいたいと思ってるのはきっと、あたしだけじゃないはずだから大丈夫。不安になることなんてない。



January 18, 2014

今さらすぎるけどベルHappy Birthday!!

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