緩かに浮上する意識に抵抗することなく目を開く。まだ頭はぼんやりとしているけど、それでもわかる何かが一筋頬を伝う感覚。未だはっきりとしない頭でも頬を伝ったものの正体なんてすぐにわかった。窓から見える外はまだ暗い。恐らくまだ朝ではなく深夜なのだろう。もう一度寝ようと瞼を閉じると瞼の裏に映るのは今は亡き人の、姿。 きっとこのまま眠りにつくと先程のように日向ぼっこでもしているかのようにゆったりとした優しい夢を見ることが出来るはずだ。でも、それは所詮夢でしかない。どう足掻いたところで夢は覚めてしまうし、目が覚めたときの喪失感を、あたしは知っている。後ろ髪を引かれる思いでもう一度目を開けて起き上がり時計を確認する。あの男なら、きっとまだ起きているだろう。こんな時間に女が恋人でもない男の部屋に行くだなんて普通なら少しは躊躇するものなのかもしれない。でも、そんなの今更だ。あの男とは幼い頃からの付き合いだし、第一既に何回かそういう行為に及んだことがあるのだからいちいち気にしたところで本当に今更でしかない。それになにより今はどうしてもあの男のところに行きたかった。寝ていたら大人しく自分の部屋に戻ろう、そう決めて自室を出てあの男の部屋へと向かう。その途中にこの間手に入れた冷酒を数瓶とグラスを持っていくことも忘れずに。



控えめにノックをするとすぐに入れ、という声が聞こえた。やはり起きていたみたいだ。そのことに少し安堵しながら襖を開けると月夜を眺めながら酒を呷る晋助の姿。想像通りの姿に知らずにはりつめていたらしい気が緩む。


「ククッ、怖い夢でも見て寝れなくなったか?」
「あら、折角一人で寂しく晩酌してる晋助に付き合ってあげようと思って来たのに、そんなこと言う?」


冷酒の瓶を晋助に見えるように掲げながら部屋に入って晋助の傍に座ると空になったグラスを突きだしてきたので持ってきた冷酒を開けて酌をする。それをすぐに口に含むのを見ながらあたしも自分のグラスを無言で突きだすと、自身のグラスは持ったままもう片方の手で瓶を持って酌をしてくれた。そして、無言のままお互い酒を口にしてグラスが空になっては相手に酌をしてもらう。その繰り返し。そして、ようやく沈黙が破られた頃には三本目の瓶が空になろうとしていた。


「そういえば、もう日付変わったから今日って晋助の誕生日だよね?おめでとう」


ふと、自室を出るときには既に0時を過ぎていたことが頭をよぎり、今日が目の前にいる相手の誕生日だということに気付いて口を開く。酒を口に含んで一瞬思考する様子を見せたところからして晋助自身も今気付いたようだ。そんな男の誕生日を祝うのは、もう何度目になるのだろう。二人きりのこの静かな部屋で、晋助を祝うのはあたしだけ。当然だ。ここにはあたしと晋助しかいないのだから。それなのに、こんなにも悲しくなってしまうのはきっと、


「…おい」


晋助の不機嫌そうな声にはっと我に返る。どうやらおめでとうと言うだけ言ってぼんやりとしていたみたいだ。訝しげにこちらを見る晋助に空笑いを向けるしかない。


「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしちゃって」
「……言えよ」


晋助の言葉に、少し空気が重くなった。晋助の鋭い言葉に視線を外すあたしの頭にはさっきから、晋助の誕生日に皆で騒いで楽しかった昔の風景がちらちらと頭を過っている。そしてそれと同時に聞こえるあの人が晋助を祝う、声。それらを振り切りたくて一度目をつむってため息を吐く。


「…また、夢を見たんだ」


ゆっくりと開いた目に写った、グラスの中で揺れる透明な液体を飲み干してからぽつりと呟いた。どんな、なんて言わなくても晋助にはわかるはずで、むしろあたしがここに来た時点でわかっていたと思う。もちろんそれが怖い夢とは正反対のものだということも。


「自分の進む道に迷いなんてないし間違ってるとも思ってないつもり。…でもね、夢を見るたびに叱られてるような気持ちになっちゃうの」


どうしてかな、そう続くはずだった言葉は晋助の唇に飲み込まれた。近付いた晋助の首にすがり付くように腕を絡めるとより深くなる口付け。お互いに何かを忘れようとでもするかのように夢中で相手の唇を貪る。そして、ようやく唇が離れる頃にはお互いの温もりを確かめるように強い力で抱き締めあっていた。あたしの肩に顔を埋める晋助の髪を一撫でするあたし達の姿は端から見ればお互いの傷を舐めあってるように見えるのだろうか。


「…お前だけは、」


小さくて危うく聞き逃してしまいそうな晋助の声。あたしの肩から顔を上げた晋助と静かに交わる視線。だけど、すぐにそれを逸らしたのは晋助だった。


「いや、なんでもねェ」


馬鹿な晋助。途中でやめたところで、何を言おうとしてたのかなんてあたしにはわかるのに。


「誕生日プレゼントはこれからも晋助の傍にいてあげるってことでいいでしょ?」
「はっ、迷惑なプレゼントだな、そりゃァ」
「あーはいはい。そんなこと言ってるけど、実は晋ちゃんが寂しがり屋なのはあたしがよーくわかってるから」
「ククッ、寂しがり屋なのはてめェだろーが」


昔と変わらない、下らない会話。ねぇ、晋助。晋助の言おうとしてた通り、あたしは変わらないよ。変わらずいつまでも晋助の傍にいる。だから、晋助もあたしの傍にいて、…昔も今もこれからも、傍にいさせて。



…結局あたしは、自分が晋助の傍にいたいだけ。

一つだけ傍に残っている昔の思い出にすがり付いてるだけなのかもしれない。





癒えることのない傷み



ねぇ、松陽先生。どうしてあたし達は貴方を失わなければいけなかったのですか?あたしにも晋助にも、まだ貴方が必要だったのに。


……貴方のいない寂しさを埋めるためにお互いを求めあうあたしたちを見たら、一体貴方はなんて言うんでしょうね。


August 12, 2013

二日遅れだけど高杉誕生日おめでとう!
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