ふと我に返ると携帯の画面には沖田総悟と表示されていて、後一回操作すれば恋人に電話を掛けれる状態になっていた。
そのことに気付いてため息と同時に携帯を机に放り出してベッドに寝転ぶ。
二つ年上の総悟が大学を卒業して一年。大学の近くに一人暮らしをしているあたしの家と卒業してから会社の近くで一人暮らしを始めた総悟の家とはそれなりに距離があって、電車で行くとなると遠回りになる上に何回も乗り換えをして二時間。車だと多分一時間掛かるか掛からないかくらいで行けるはずだけど、生憎あたしも総悟も免許は持っていても車は持っていないのでどうしても電車で行くことになってしまう。しかも、あたしは授業やサークルやバイトで忙しいし、総悟も総悟で社会人にもなるとやっぱり忙しいみたいでお互いの予定があわず月に一回会えるか会えないかという状態が続いている。…この一年間、総悟のいない生活はとても退屈だった。前は授業もよく被ったりしていたから学校に行けば会えたのに学校に行っても総悟はもういなくて、そのことが寂しかった。でもその寂しさを押し殺してこの一年間あたしなりに頑張ってきたつもりだ。だけど、もう限界なのかもしれない。
今年から就活が始まったあたしはまだどこからも内定がもらえていなくて、もうメンタルはぼろぼろ。…こんなとき、どうしても総悟に会いたくなってしまう。別に慰めて欲しいとかそういうのじゃなくて、ただ側に居てくれるだけでいいのだ。きっと、総悟に抱き締められてキスをされただけであたしは明日からも頑張れる。たったそれだけでいいのに、それすらもなかなか出来ないこの微妙な距離と自分の忙しさがとてももどかしい。…こんなことなら、もういっそのこと別れてしまった方が楽なのかもしれない。両想いで会えないよりも、片想いで会えない方がまだ仕方ないと諦めがつくような気がする。
そんなことを考えていたらあたしの大好きな曲が机の方から鳴り響いた。この曲は総悟からの着信だ。だけどあたしは動けない。総悟からの電話だなんてすごく嬉しいし、いつもなら曲が鳴り始めた途端にすぐに出る。でも、今は出たくなかった。…というよりも、今総悟の声を聞くときっとあたしは会いたい、と言ってしまう。そんなこと言っても総悟を困らせるだけなのに。少しして携帯が静かになると、さっきよりも寂しいという気持ちが大きくなってしまったように感じる。…こんなときは甘いものでも食べて無理矢理にでも気分をあげてみた方がいいかもしれない。もう夜中なのにこんな時間に甘いものなんて食べたら太るだなんて気にしてる場合ではない。とにかくこの沈みきった気持ちをどうにかしたくて、財布と携帯と鍵を持ってコンビニへと向かうために部屋をでた。きちんと鍵を閉めてエレベーターで下に降りながらコンビニのデザートコーナーを思い浮かべる。この時間だとほとんど売れてしまって種類が少ないかもしれない。
アパートを出ると、この辺では見ない車がアパートの側に止まっていた。アパートに住む人のものではなさそうなので誰かの友達のものだろうか。
その車を視界の端で見ながら横を通りすぎてコンビニへの道を急ぐ。
あ、ついでに今日発売の雑誌も買って帰ろ。
バタン、背後で車の扉が開いてすぐに閉まる音がした。誰かが乗るか降りるかしたのだろう。
その音を聞きながら後は何か買っとくものとかなかったかなー、と思案していると、突然後ろから回ってきた誰かの腕によって歩みが止められた。
「夜中に女が一人で出歩くとはいただけねェなァ」
誰かに抱き締められたのだと気付いて一瞬頭が真っ白になるも、耳元で囁かれた声は確かに聞き覚えのあるもの。けど、ここにいるはずがない、声。
「そう、ご…?」
ゆっくりと振り向いて後ろを確認してみるとそこには会いたいと、思っていた総悟の姿。
どうしてここに、とか驚かさないでよ、なんて言葉は咄嗟には出てこなくてその変わりに出てきたのは涙。…涙腺が弱くなったのかと一瞬思ったけど、もしかしたらあたしは自分で思っていた以上に相当切羽詰まっていたのかもしれない。一度溢れだした涙は止まらなくて、でもそんなことよりも総悟が目の前にいるということを実感したくて思いっきり抱きついて会いたかった、と消えそうな声で呟くと力強く抱き締め返してくれた。総悟がどうしてここにいるのかは気になるけど、今はそれよりも総悟がここにいるという現実を実感出来たらそれでいい。久しぶりの総悟の温もりに、心が満たされるのがわかる。温もりによって得られた安心とか今までの寂しさとかいろんなものが混ざった涙はなかなか止まらなくて、でも総悟は何も言わずにそんなあたしを抱き締めたまま頭を優しく撫でてくれる。きっと、こんな風に子どものように泣けるのは今もこれからも総悟の前でだけだ。
「あっ、総悟終電…!!」
涙も落ち着いて頭も冷静になってきたところで気付く。そうだ、今は夜中だ。ここから総悟の家まで二時間かかるともなれば必然的に終電もはやい。もうこの時間になると家まで帰れないのではないかと心配するあたしとは対照的に総悟は余裕そうだ。もしかして明日は仕事が休みなのだろうか。
「これなーんだ」
「……鍵?」
得意気に総悟がポケットから取り出したものは何かの鍵で、これと終電と何が関係あるのだろうか。鍵を凝視していて、はっとする。これってもしかして、
「車の鍵…?」
「正解」
どうやらアパートの前に止まっている見慣れない車は総悟のものだったみたいだ。あたしに車を見せて驚かせようと、外に出るよう電話を掛けたのに、出なかったためどうするか車の中で考えていたらしい。そんなときにちょうどあたしがアパートから出てきたというわけだ。…素直に電話に出れば良かったと少し後悔。なんだか申し訳ない。
「これでいつでも会えるってわけじゃねーけど、前よりかは会いやすくなるだろィ」
別れた方がいいのかも、だなんて考えていた数十分前のあたしはどれだけ馬鹿なんだろう。こんなにも好きなのに、別れられるわけがない。
無意識に電話を掛けようとするぐらい総悟のことを求めているのに別れたりなんてしたらきっとしばらくあたしは抜け殻みたいになって何も手につかなくなるだろう。今よりも情緒不安定になってひどい状態になってしまうのが目に見えている。…知らないうちにこんなにも総悟に溺れていただなんて自分でもびっくりだ。
「会いたいって言われたらどんなに忙しくても車飛ばして会いに来てやらァ」
総悟は本当に狡いと思う。いつだってあたしのことを第一に考えてくれていて、離れていても愛されてるのがわかるからあたしはまたどんどんと総悟に溺れていってしまうんだ。
電話に出なかった理由も総悟にはもしかしたらバレてるのかもしれない。
あたしの気持ちは誰よりも貴方が知っている
就活でつらくなったらいつでも吐き出しな、って言われてまた一筋涙が流れた。どうしてわかんのよ馬鹿。
July 12, 2013
Happy Birthday 総悟!
四日も遅れた上に誕生日用に書いたものじゃないから誕生日全く関係ないはなしっていう…。