そこかしこがチョコの甘ったるい匂いに包まれるバレンタイン。あの男はきっとたくさんのチョコをもらっていることだろう、と考えてすぐにそうでもないかもしれないということに気付く。なぜなら、チョコを送るのは日本の文化であるのだから、日本人ではないあの男は日本でのバレンタインを知ってはいても、同じくほとんどが日本人ではないであろうたくさんいる愛人達からチョコをもらうことは恐らくないはずだ。むしろ、花束を送るのに大忙しといったところか。尤も、あたしにはあの男が花束を送っているところなんてあんまり想像できないのだけれど。そんなことを考えながらボンゴレ基地にある自分の部屋へと足を踏み入れると、誰もいないはずであるその場から遅かったな、という今しがた考えていた人物の声が聞こえた。


「……なんでここにいるの」
「いちゃ悪かったか?」


あたしの部屋のソファーに優雅に腰かけてるこいつがあたしの部屋に勝手に入ってくるのは今に始まったことじゃない。だから何度言っても聞かないということはわかっているのに思わず出そうになった文句は飲み込んで代わりにため息を吐き出した。


「で、もちろん用意してるんだろ?」
「……これあげるからとっとと帰ってよね」


ボスや守護者達にあげたものとは違う、こいつのために用意したエスプレッソのチョコをポイと投げると難なくキャッチした男、リボーンがちっと小さく舌打ちするのが聞こえた。わざわざあんたのためにエスプレッソのを買ってきたというのにこの男は一体何が不満なのだろう。


「…何よ」
「既製品じゃねーか」
「あたしが手作りなんてするわけないじゃない」
「オレは手作りを指定したはずだが?」
「そんなの知らないわよ。そんなに手作りが欲しいなら他の子に頼んだら?」


貴方が頼めば作りたがる女の子はいくらでもいるでしょうに、どうして手作りなんてことしなさそうなあたしにわざわざ頼むのか全く理解出来ない、そんな意味を込めて恨みがましい目でリボーンを見るもリボーンは眉を顰めるだけ。そんなリボーンがバレンタインにあたしの手作りのチョコが欲しいと言ってきたのは2月に入ってすぐのこと。もちろんすぐさま断ったのにも関わらずそんなあたしの声はまるで聞こえてないかのように唇をつり上げて楽しみにしてるぞ、なんて言われたら用意しないわけにはいかない。というよりも、元よりチョコ自体はあげるつもりでいたのだ。普段勝手に部屋に入ってくるようなやつとはいえ、日頃お世話になっているのに変わりはないし。でも、手作りなんて例えリボーンじゃなかったとしてもあげるつもりなんてない。手作りなんて柄じゃないし、それになにより日頃のお礼として渡すのだからあたしが作った不味いものなんかよりお店で可愛くラッピングされた美味しいものをあげたいという気持ちが強い。本人が望んでいるとはいえあたしが作ったものを食べさせるだなんて恐ろしいことはなるべくさせたくはないのだ。


「…オレはお前の手作りが欲しいんだ」


ため息とともに呟かれた言葉に思わず弾む心臓には気付かないふり。こうやってリボーンに惚れた女達が何人いることか。あたしはそんな女達の仲間入りをするつもりはない。


「はいはい、そんな心ない言葉にあたしが踊らされるとでも思った?あたしシャワー浴びてくるからあがってくるまでに部屋から出といてよね」


リボーンの言うことを本気にしたら痛い目を見ることなんてわかりきっている。だからこそ、話を切り上げて浴室へと逃げ込むのはいつものこと。浴室から戻る頃にはリボーンがいなくなっていて、ホッとするのと同時に本の少し寂しくなるけど、それを見ないふりするのにももう慣れた。そこまで考えてこれ以上リボーンのことを考えるのはやめようと軽く頭を振り、任務でかいた汗をはやく流したくて服を脱ぎ捨てる。そして浴槽への扉を開けると目に入った見慣れない光景。その光景に、思わず目を見張った。そこに広がるのは鮮やかな赤。赤いそれが一面に散らばる浴槽は所謂薔薇風呂というもので、だけどあたしは薔薇風呂にするどころかシャワーを浴びるだけのつもりだったのだからお風呂すら沸かしていないはずだ。なのに、何故、湯気ののぼる浴槽を見つめながら呆然としていると頭を過る一人の人物。思い当たる人物は一人しかいない。何か言ってやろうと踵を返しかけたものの、文句もお礼も違う気がして、何を言うべきなのかわからなくて思い止まる。結果、どういうつもりかは知らないが、せっかく用意してくれたのだから満喫しようという結論に至って疲れを癒すために浴槽へと体を沈めることにした。



普段任務の後ははやく汗を流したいがためにお風呂を沸かす時間すら惜しくてシャワーで済ませてしまうことがほとんどだ。だから、任務から帰ってすぐにお風呂に浸かれるということですら嬉しいのに、薔薇風呂だなんて気分が良くならないはずがなく、つい長風呂をしてしまった。ゆっくり浸かって心も体もぽかぽかになった状態で濡れている髪の毛からタオルへと水分を移しつつ部屋へと戻ると当然いつものようにすでにどこかに行っているものだと思っていたリボーンがあたしを見てニヤリと笑った。


「薔薇風呂はお気に召したみてーだな?」
「…なんでまだ部屋にいるのよ」


いつもはあたしがシャワーを浴びている間にちゃんと出ていっているのに、と驚きとも困惑とも違う感覚を抱えながらソファーにはリボーンがいるので、ベッドへと座って気になっていたことを聞くべく口を開く。


「で、あの薔薇はなんのつもり?」
「なんのつもりもなにも今日はサン・バレンティーノだからな、大事な女に花を送っただけだ」
「…馬鹿じゃな、」
「嘘じゃねーぞ」
「…そんなの、信じられわけないじゃない」
「なら、素直にさせるまでだ。…嫌だったら拒否しろ」


大事な女?誰が、誰の。あたしがリボーンの大事な女だなんてそんな馬鹿な話があるものか。そう思って馬鹿じゃないの、と鼻で笑ってやろうとしたのにその言葉は最後まで言うことは出来ず、リボーンに遮られたかと思えばいつの間にかあたしの目の前に立っていたリボーン。そのリボーンの瞳はいつになく真剣で、でも、だってそんなの、信じられるわけない。これ以上その瞳を見ていられなくて目を逸らそうとした瞬間、リボーンの唇によって口を塞がれた。軽く触れ合っていただけなのは本の一瞬ですぐにぬるりと舌が侵入してきて自身の舌を絡めとられてしまう。途端に苦いチョコの味が口に広がり、その苦さに呼応するかのように頭が麻痺してくる。嫌なら拒否しろ、というリボーンの言葉がぐるぐると頭を回る。だけど、いつの間にかタオルを離していた手で押し返そうと胸板に置いた手は、力なくリボーンのスーツを握るだけでどうにも拒否は出来そうにはなさそうだ。








が全身を巡る頃にはきっと、


貴方を好きだと認めざるを得ないんでしょうね。

とりあえず来年に向けて今から料理の勉強でもしてみようかしら。






February 17, 2013

memoに更新しようと思ってたけど長くなったので普通に更新。
リボーン初書きだからいろいろと合ってるか不安…。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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