ばたり、目の前の人物が倒れるのを冷ややかな目で見つめてから首は動かさずに視線だけで辺りを見回して僅かな気配すら見逃さないために神経を鋭く研ぎ澄ませる。そうしてこの場にはもう生存者があたし一人しかいないことを確認すると、構えていた銃を下ろしてホルスターへと戻し、どこを見ても屍が目に入るこの場所からはやく離れたくて、早歩きでその場を後にした。

少し離れたところに置いてある車を目指して歩きながらふと携帯を開くと時刻は3時過ぎ。そのことに安堵と虚無の二つがぐちゃぐちゃに混ざったような気持ちになって、その気持ちから逃れたくて静かにため息として吐き出した。

本来なら休みだった昨日に突然一日がかりのSランク任務が入ったのはあたしがそう頼んだからだ。昨日という日にアジトにいたくないがための任務。別にアジトにいたくないだけならどこかに出掛けて休みを満喫しても良かったのだけれど、アジトにいたくない理由が理由なだけに出掛けたところで休みを満喫出来ないことはわかりきっていたので任務をいれてもらった。任務に集中することによって、その間だけは忘ていられるだろうと思ってどこかに出掛けるよりかはいいと判断したのだけれど、結局任務が終わったらそのことを考えてしまうのだからそれは一時の逃げでしかなかったのかもしれない。わかっている、逃げているだけでは何の解決にもならないことくらいは。だけど、それなら何をどうすれば解決したと言えるのだろうか。

ベルが幼いながらにヴァリアーへと入ってから、ずっとあたしにとってベルは姉弟みたいな存在だった。よく喧嘩もしたけど、ベルと一緒にいるのは楽しかったし、可愛い弟だと思っていた。だからベルもあたしのことを姉みたいに思ってくれてたらいいな、と思ってたのにどうやらベルはそう思ってはくれていなかったらしく、先日姉ぶるなと言われてしまった。もしかしたらちょっとした反抗期なだけかもしれないと、前向きに考えようとしたけどそれでもやっぱりショックで、最近ベルとは仕事の話ぐらいしかしていない。
急に姉ぶるなと言われても、今までずっと弟みたいに思っていたからどういう風にしたらいいのかがわからなくてベルとの距離は広がるばかりだ。そんななか毎年祝っていたベルの誕生日をいつものように祝うのが怖くて任務をいれた。ベルの望む関係がわからない。姉ぶるな、というのはただの同僚として適当な距離をとってほしいのか、それともあたしのことが嫌いで仕事以外では全くの他人になってほしいのか、わからない。深読みしすぎなのかもしれないけど、いろいろと考えてしまって答えはでないまま。だからこそベルの誕生日を祝ってもいいのかもわからなかった。でも、アジトにいると多分祝わずにはいられないし、出掛けたところで誕生日のことばかり考えてしまうのはわかりきっていた。だから、任務なら祝えなくても仕方がないからと自分で任務を入れたくせに言い訳して任務に逃げた。だけど、毎年祝っていたからか変な罪悪感を感じてしまう。いくらあたしがこれだけ悩んだところで、きっとベルはあたしに祝われようと祝われなかろうと気にしていないに違いないのに。

ベルのことを考えたらなんだかアジトに帰るのが憂鬱になってきて、ため息をつくと白い息が空中に少しの間だけ浮かんで消えた。

そして、漸く見えてきた車。だけど、その車が目に入った途端あたしの歩みは、はやくなるどころか遅くなってしまった。車のそばには綺麗な金髪が風でゆらゆらと揺れている。だけど、長い前髪に隠された瞳は決して見えることはない。車にもたれていた彼はこちらに気付いて車から
体を離すとこちらに顔を向けたので、恐らく隠れて見えないその瞳でこちらをじっと見つめているのだろう。口元には笑みは浮かんでおらず、真一文字に口は結ばれていた。この様子からしてベルは今不機嫌だとみて間違いないだろう。


「…ベル、どうしたの?」


歩みが遅くなったところで一歩ずつ進んでいることには変わらず、ついにベルの目の前まで来てしまったので重い口を開いて恐る恐るとりあえずここにいる理由を尋ねるがベルはこちらを見たまま口を開かない。仕方ないのでその質問は諦めてどうやってここに来たのかを尋ねると次は口を開いてくれて、部下に送らせた、という簡潔な返答が返ってきた。その部下も車も周りに見えないということは恐らくベルがもう帰らせたのだろう。予想はしていたが、部下に送らせたとなると意図してここに来たということになる。それはつまりあたしに用があって会いに来た、ということで多分あっているはずだ。仕事関係のことだったら最初のどうしたの、の質問で答えているだろうから、恐らく仕事関係ではない。でも、それなら尚更ベルがここに来た理由がわからない。仕事関係以外にベルがここまで来る理由なんてあるだろうか。そのことについて当のベルは口にせず無言のままだ。


「とりあえず、寒いから車乗ろ?」


このままここに突っ立っているのも寒いだけなので中で話を聞こうと車の鍵を開け、依然として黙ったままのベルが助手席へと座るのを見届けてからあたしも運転席へと乗り込んだ。部下を帰らせたのだからきっと帰りはあたしの運転で帰るつもりなのだと思うけど、まずは話を聞くのが先だ。でも、どう聞けばいいのかわからず考えあぐねていると漸くベルが自ら口を開いた。


「なぁ、どーいうこと?」
「…なにが?」
「なんで任務してんの?」
「………」
「今日何の日か忘れたとか言わねーよな?」


ベルの誕生日でしょ、忘れるわけないじゃん。その言葉は頭の中をぐるぐると回るだけで声にはならない。ねぇ、ベル。どうしてそんなこと言うの?そんなこと言われたらいつもみたいにあたしに誕生日祝って欲しかったのかなって思っちゃうよ。どうせ、いつも祝ってるのに今年は祝わなかったから変に思ったとか、本の少しだけ寂しかったとかそんなところなんでしょ?嗚呼、もうベルのことがわからない。


「ねぇ、ベルはどうしてほしいの?」


ベルの問い詰めるような口調に返した言葉は頭の中をぐるぐると回っていた言葉ではなかった。それは、聞くのが怖くて聞けなかったこと。


「姉ぶるなって言われただけじゃわからない。今の姉弟みたいな関係が嫌なら、ベルの望む関係って何?」


姉ぶるな、と言われてから何度も悩んだけど答えなんて出なくて、だからってベルに聞いて全てを拒絶されるのが怖くてずっと聞くのを躊躇していた。
……だけど、本当はあたしはわかってるのかもしれない。姉ぶるなと言われてからたまに頭の片隅を過る考えがある。その考えは馬鹿らしいと完全に一蹴することも出来なければ、正しいとも考えにくいもの。


「は?お前もしかしてその事ずっと気にしてたの?」


図星を指されて視線を逸らすと、こちらを向いたベルのばつが悪そうな顔が視界の端に見えたけど、その顔はすぐに戻ってしばらく何かを思案する素振りを見せてから口を開いた。


「…オレってさ、いつまでお前の弟的存在なわけ?いい加減餓鬼扱いされたくねーんだけど」


…つまり、今のベルの言葉から解釈するにベルは子供扱いされるのが嫌だったのだろうか。姉ぶるな、とは子供扱いするなという意味だったのだとしたら、とりあえず嫌われてはいないと思っていいはずだ。それに嫌いな相手に祝ってもらいたくてこんなところまで来るとも思えないし。そのことに安堵して少しだけ心が軽くなった。


「つーか、お前絶対オレのこと男として見てねーよな」


だけど軽くなったあたしの心とは裏腹にベルはまだ不満があるらしい。この際いい機会だからきちんと聞いておこうと黙ってベルの言葉に耳を傾ける。しかし、一瞬の間の後何故か腕を引っ張られてしまい、聞こえてきたのはどくどくと波打つベルの心音。


「そろそろオレのことちゃんと対等な男として見ろよ」


耳元で囁かれたからだろうか、聞き慣れているはずのベルの声が妙に艶っぽく聞こえて思わず胸が高鳴った。
…まさか頭の片隅を過っていた考えが正しかっただなんて。その考えにたどり着いたときはあり得ないと思っていたけど、でもその考えが頭から消えることはなくて、そしてここにきてそれは、確信へと変わった。


「……、遅くなっちゃったけど帰ったらケーキ作らなきゃね」


この空気を変えたくてベルから離れて取り繕うようにしゃべりながら車のエンジンをかける。ベルのことは弟みたいに思っているし、そういう対象として見たことなんてない。…今の関係のままがいいと思うのはあたしの我が儘なのだろうか。

だけど、そう思いながらも顔は、さっき突然抱きしめられたせいで赤くなったまま。そして、それにベルが気付かないはずもなく上機嫌でいつものようにししっ、と助手席で笑っている。それを聞こえないふりしてあたしはアクセルを踏み込んだ。






January 8, 2013

珍しくタイトル表記なしの方がしつくりきたので文内のタイトル表記なし。
遅くなったけどベルHappy Birthday!!
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -