「ベルフェゴール様は、誰かを殺したいと強く思ったことがおありですか?」


書類を渡すために訪れた直属の上司であるベルフェゴール様の部屋で、渡した書類が、お世辞にも綺麗とは言えず物が散乱している机に置かれるのを眺めながらふと尋ねてみると、ベルフェゴール様はベッドに座りながらあたしの問いに答えはせずにこちらを見た。


「裏の社会とは全く関係ない一般人達なんかは例え誰かを殺したいと思いはしても、それを実際に行動に移すのは本の一握りの人達だけなんですよね」


ヴァリアーという暗殺部隊に属していると人を殺すのが仕事だから一般人の感覚が薄れがちだけど、人を殺すなんてこと裏社会に首を突っ込まない限りはほとんど体験することはないはずだ。それでも、殺人は起こる。


「裏社会では殺られる前に殺れ、なら表社会で殺人が起こる理由は何なんでしょうかね。好奇心からやってみたただの愉快犯か、もしくは殺したいという思いがあまりにも強かったのか、はたまたその人の憎しみの沸点が低かったのか」
「つまり何が言いたいわけ?」


あたしの話をつまんなそうに聞いていたベルフェゴール様が痺れを切らしたように話の結論を急ぐ。結論を言うために簡潔に言いますと、とあたしが呟いたのをきっかけに空気が、変わった。


「死んでください」


さすがヴァリアーの幹部、と言うべきかあたしが銃を向けたのと同時にベッドに座っていたはずのベルフェゴール様は正面にいて、こちらに愛用のナイフを突き付けてきた。暗殺なんてことをやっていると自分もいつ殺されるのかわからない。気を抜いてしまうとその一瞬が命取り。それをベルフェゴール様はわかっているのだろう、…いや、それともこれはベルフェゴール様の本能なのかもしれない。幼いころからヴァリアーに入ってるベルフェゴール様にとってこれはもはや体に染み付いている自然な対応なのかもしれない。


「ししっ、なーんてな」


あたしは、本気でベルフェゴール様を殺すつもりだ。ベルフェゴール様を憎んでいるから。何年も何年も恨み続けてヴァリアーに入ってずっと殺す機会を伺っていた。そしてようやく部下になることでベルフェゴール様に近づけた。それなのに、先程までのピリピリとした空気をベルフェゴール様は、壊した。笑いながらナイフを捨てることによって。
両手を上げて降参のポーズをするベルフェゴール様に真っ直ぐ心臓に向けられたあたしの銃。どっちが優勢か、なんて誰にでもわかる。なのにベルフェゴール様は笑っている。何故、ナイフを捨てた意味がわからず眉をしかめる。そんなあたしを見てベルフェゴール様の口がにやりと笑った。


「お前にオレを殺せんの?」


降参のポーズをするために上げていた手を下ろしてポケットに入れる。この人はあたしを舐めているのだろうか。実力差はあれど、さすがにこんなにも無防備ならなんの苦労をすることもなく殺せる。一歩、距離を縮めてくるベルフェゴール様に銃の照準を定める。後はこの引き金さえ引けば、


「殺せねーよな、ジルに似てるオレを」


ベルフェゴール様の言葉に、一瞬あたしの中の時間が止まった。もちろん、その隙をベルフェゴール様が見逃すわけもなくすかさず手を蹴りあげられてしまい、銃は後ろへと飛んでいってしまった。でも、そんなことより、


「……いつから、気付いていたんですか」


驚き、と共に納得。この人はなにもかも知っていたのだ。あたしが昔ラジエル様に仕えていた使用人だということも含めて、全てを。


「最初っから」


相変わらず笑いながら答えるベルフェゴール様に悔しさから唇を噛み締める。
この人はきっとあたしがベルフェゴール様を殺すためにヴァリアーに入ったことも、ラジエル様に似ているベルフェゴール様をいくら殺したいと思っていてもあたしが殺せないことも知っていた。だからこそあたしがベルフェゴール様に殺意を持っていると知っていても何もしなかったし、今だって余裕の笑みを浮かべてられる。


「殺せもしねーくせにオレを殺すふりなんてして、もしかしてオレに殺されようとでも思ったわけ?なら、残念。お前は殺さねーよ」


…ラジエル様の様に、殺して欲しかった。あたしの全てだったラジエル様を奪ったベルフェゴール様が憎くて憎くて仕方なくて、だからあたしの手で殺してやると思った。だけど、ベルフェゴール様を目の前にするとどうしてもラジエル様と被ってしまって、出来なかった。ベルフェゴール様はベルフェゴール様であってラジエル様ではないとわかってはいても出来なくて、ならいっそのことあたしもラジエル様のようにベルフェゴール様に殺してもらおうと思った。

何もかも、見透かされている。

殺すことも、殺されることも叶わないのなら一体あたしはこれからどうすればいいのだろう。
ししっ、という笑い声とともに腕を引かれても抵抗する意味も気力もなく、耳元で囁かれた言葉にあたしはもう全てを投げ出した。


「お前はもう王子の物なんだから、絶対に殺してなんてやんねーよ」




天使悪魔

ベッドに引き込まれる際にそういえばどうしてこの人はあたしのことを知っていたのだろうと疑問に思ったけど、もう何もかもがどうでもよくて考えることすら放棄した。
王宮にはたくさんの使用人がいたし、あたしはラジエル様専属だったからベルフェゴール様とはあまり関わることはなかったのにどうしてあたしのことを覚えていたのか、なんて知ったところで今のあたしにはどうでもいいことでしかないのだから。

May 10, 2012
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