プルルルルプルルルル


コール音が耳元で鳴り響く。その音にさっきまでふわふわとしていた頭が一気に冷静さを取り戻していくのがわかる。あーあ、せっかくいい気分だったのに。だけど、後1コール。1コールだけでいいから夢を見させて。


プルルルル


3コール目を聞き終わるのと同時に通話を切ってスマホを机の上に置いた。わかっていた。電話に出ないことなんて。酔った勢いとはいえ電話をかけられたのは出ないとわかっていたからだ。ホッとしたような、悲しいような、そんな微妙な気持ちを持て余して残っていた缶チューハイを一気に飲み干すことで紛らわした。机に散らばっているつまみの中からさきいかをチョイスして口に放り込む。

さっきまで友人達と宅飲みをしていて賑わっていたこの部屋も、みんな帰ってしまったせいで今はとても静かだ。机の上には空き缶やスナック菓子などのごみが適当に片隅にまとめられている。後はあたしがやっておくからそのままでいいよ、とは言ったけど片付けるのめんどくさいな。片付けてお風呂に入ってそろそろ寝ないと。でも、こたつに入っているせいでそのやる気は全部奪われていく。片付けるのもお風呂に入るのもめんどくさい。どうしても動く気になれなくて、目についた缶チューハイに手を伸ばしてプルタブを開けた。最後にこれ飲んだら動く。多分。

ちらりと先程机に置いたスマホに目をやる。画面が暗くなっていたので、ボタンを押してパスコードを入力する。画面ロックが解除された画面にば花巻 貴大゙の四文字がさっきと変わらず表示されていてため息を吐いた。酔って愉快な気分になってたからって、元カレに電話なんてするんじゃなかった。今さら後悔したところできっと元カレのスマホにはあたしの名前が不在着信として残っているのだろう。みんなが帰ってしまいなんとなく寂しくなってつい勢いでかけてしまったけど、だからって一年前に別れた元カレに電話をかけるなんて冷静に考えるとあり得ない。3コールで出なかったら切る、とあらかじめ決めていて出なかったのがまだ良かった。これでもし元カレが出ていたらと考えるととても恐ろしい。だって、電話かけといてこんなこと言うのもあれだけど今さら何を話せばいいんだ。もう電話をかけたことなんて忘れてしまおうと、スマホをまた机に置いてチューハイを飲む。



残り物のつまみを食べながら一人でお酒飲んでいたら、缶の中身が半分くらいになってきた辺りで瞼が落ちそうになってきた。このままここでこの眠気に身を任せてしまえば気持ちいいだろうな……。でも、起きたとき体がバキバキになるからここで寝ちゃダメだ。ああでも眠い……。


ブー…ブー…ブー…


静かだった部屋にスマホの震動する音が響く。眠たさから手を伸ばすのもめんどくさい。アプリか何かの通知だろうと思ったけどなかなか止まらないからどうやら着信らしい。きっとさっきまで一緒に宅飲みしてた子の誰かが酔いが覚めずにふざけてかけてきたとかそんなところだろうと、眠りに落ちそうな頭で判断を下して無視をする。どうせ大した用なんてないのだ。明日謝るから今は寝させて欲しい。しばらくしたら震動は止まり、また部屋に静けさが戻った。これでぐっすり寝れる。そう思って本格的に眠りにつきそうになった瞬間、また震え出すスマホ。…さすがに立て続けに鳴らされれば出ないわけにはいかない。これで用がなかったら即行で切ってやる。そう決意してなかなか開かない重たい瞼をそのままに手探りで掴んだスマホをタップしてから耳にあてた。


「もしもし」
『……久しぶり』


スマホから聞こえた男の声に、しばらく固まってからスマホの画面を見る。表示されている花巻貴大という四文字に、思わず反射的に通話を切った。

通話終了という文字を前に呆然としながら頭の中を整理する。なんで貴大から電話かかってくんの?ってあたしがかけたからですよねごめんなさいすっかり忘れてました。あれは本の出来心であって他意はないんです後悔はしてるからわざわざかけ直さないでよ!先にかけたのあたしだけど!!

まだ少し混乱している頭からアルコールや眠気といったものはすっかりどこかにいってしまった。とりあえず貴大の前にかかってきてた無視した不在着信を確認する。貴大が二回もかけてきたのかと思ったけど不在着信は宅飲みしたうちの一人で、無視しないででれば良かったと激しく後悔した。もしくは爆睡してれば貴大の着信に気が付かず出ないで済んだのに。思い返せば電話がかかってきたとき画面を確認しなかったのも悔やまれる。ていうか、元カレに電話したことがそもそもの間違いだったんだ。


ブー…ブー…ブー…


手にしているスマホが再び震動して、画面にまたあの四文字が表示される。しばらく見つめていたけど、なかなか止まらない震動に仕方なく画面をタップして着信を繋いだ。


「……もしもし」
『なんで切んの』


少し低くなった不機嫌そうな貴大の声。久しぶりに聞く声にごくりと唾を飲み込む。だめだ、これ以上は。


「ごめん。さっきの着信間違えただけだから気にしないで。夜遅くにごめんね。おやす、」
『切んないで』


早口で伝えてとっとと通話を切ってしまおうとするもそれは貴大の声に遮られたせいで叶わなかった。そんなの無視してさっさと通話なんて切ってしまえばいい。そう思うのに指はぴくりとも動かなくて、指を少し動かすだけでいいのに、その簡単な動作が今はとても難しいことのように思えた。


『…元気だった?』
「……元気だよ。普通に」
『そっか。…ちゃんとごはんとか食べてんの?』
「……食べてる」
『お前めんどくさかったらすぐごはん抜いたりとかすんじゃん。ちゃんと食べろよ』
「心配しなくても大丈夫だって。ていうか、なんかさっきからお母さんみたいなんだけど」


あたしのツッコミに電話越しから小さな笑い声が漏れる。確かにな、と言う貴大の声は穏やかで楽しそうだ。だけど、少しの間無言が続いた後響いた『なあ、』という声は少しトーンが変わっていた。


『会いたい』


どくん、心臓が跳ねた。なんでそんなこと言うの。動揺から何も返すことの出来ないあたしに貴大は何も言わない。ようやく言葉を返すも、その声は震えていた。


「だめ、だよ」
『なんで?』
「だって、あたし……」


貴大を裏切ったんだよ、その言葉は口にはしなかった。声にしてしまうと貴大を裏切ったという事実が自分自身にさらに重くのしかかってきそうで。


『 ……一年間、ずっと後悔してた』
「……」
『そりゃ、別れたときは他に好きな人できたってなんだよって腹立ったけど。でも、そんだけ俺が構ってやれてなかったんだなって気付いて、』
「やめて」


お願い、それ以上は言わないで。聞きたくなくて貴大の言葉を遮るも貴大はやめてくれない。


『もう一回やり直したい』


貴大の優しい声に、流されてしまいそうで唇を噛み締める。いきなり他に好きな人が出来たからって振ったのに、そんなの許されるわけない。


「だめだよ。……あたし、貴大に会う資格がない」
『……俺の後付き合った彼氏とは一ヶ月で別れたって聞いた』
「……」


貴大とは同じ大学だからきっと友達とかから聞いたのだろう。こういう情報は本人の意思とは無関係に回ってしまうものだ。確かに貴大の後の人とはすぐに別れてしまったけど、だからって他の人に目移りして別れを切り出したのに今さらよりを戻すだなんて、そんなの都合がよすぎる。さっき貴大は自分も悪かったみたいなことを言っていたけど、そんなことはない。単純にあたしが馬鹿だっただけの話。だから、まだあたしが貴大のことを好きだったとして、そんなことを言う資格なんてないのだ。それは自業自得。なのに、優しくなんてしないでほしい。いっそ咎めてくれればこんなにも揺れないで済んだのに。


『俺はやり直したい』


貴大の言葉に何も返すことが出来なくて俯く。貴大の優しさに、甘えてはだめだ。そう思うのに甘えてしまいそうな自分がいる。もう、謝って電話を切ろう。このままじゃ流されてしまいそうだ。そう思って口を開いた。


ピーンポーン


ごめんという言葉が声になることはなく、息が止まる。突然の来訪者を知らせる音は何故だか電話越しにも聞こえた。……まさか。

こたつから抜け出して玄関へと近付く。ドアスコープを覗くこともせずに鍵を回して扉を開ければ、そこには今まで電話していた相手が立っていた。


「……来ちゃった」


眉を下げて困ったように笑う貴大に「どうして、」という小さな呟きが零れる。貴大の家はここから近くも遠くもない微妙な位置にある。こんな夜遅くにどうしてわざわざ。驚いているあたしの体は貴大にそっと抱き締められる。外は寒かったはずなのに暖かい貴大の温もりに、涙が溢れそうになった。


「もう一回、俺と付き合って」


やっぱり、元カレに電話なんてするんじゃなかった。




優しさに包まれて後悔

February 11, 2015

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