「テツ」



鉄朗のことをそう呼ぶのは、今のところ世界でただ一人あたしだけ。そしてそんな風に呼べるのは、彼女であるあたしの特権だ。その特権が誰かに奪われてしまわないか不安に思ってることなんて、きっとテツは知らない。



「…なにしてんの」
「来ちゃった」
「来ちゃったって、だからこんな時間に来るときは先に連絡寄越せって言ってんだろ」
「だって連絡したらテツ止めるじゃん」



音駒高校の門の横の壁に凭れてスマホを弄ってしばらく時間を潰していると、ようやくお目当ての人物に会えた。背が高いから、重力に逆らった黒髪が他の人より上に位置していてよく見えてわかりやすい。一緒に門から出てきたバレー部の人たちに一声掛けてからこちらに来たテツはまたか、とでも言いたげに頭を掻いている。



「つーか、部活は」
「今日は休み」
「…お前それいつから待ってたんだよ」
「んー、わかんない」
「お前なぁ」



呆れたようにため息を吐かれた。テツの部活が終わる時間、となると空は暗くてそれなりに遅い時間だ。その時間にあたし一人でいることとか知らずに長い間待たせていることなんかがテツは嫌みたいでいつも注意されるけど、あたしに聞く気はない。だってあたしが勝手に会いたいから来て待ってるのに、それを知らせたらテツは待たせてることを気にしちゃうし。でも、結局はテツもあたしとの時間を大切にしてくれてるのか、時間が遅いのを気にするくせにあたしを送ってくれる足取りはゆっくりなのだ。それを知っているから、こうして突然学校まで来ること自体はテツにとって迷惑なわけではないと、都合のいいように解釈することにしている。



「だってテツに会いたくなったから」
「…だから、それなら俺が会いに行くって毎回言ってんじゃねーか」
「あたしが会いたくて来てるんだからいーの」



まだ何か言いたそうなテツの手を握って帰ろ、と歩みを促す。こういう風に手を繋いで帰ることが毎日出来ればいいのに。それが出来ないのはあたしがテツとは違う学校に通っているから。梟谷に通っていて、しかもバレー部のマネージャーをしているあたしと音駒のバレー部主将で忙しいテツとじゃ練習があったりして土日に会うこともままならない。だから、こうして少しでも自分から会いに来ないと簡単にテツとの関係が終わってしまいそうな気がして、それがとても怖いのだ。公式戦では当たったことはないけど、練習試合なんかでは立場上テツのことを堂々と応援できないし、違う学校でいいことなんて何一つありやしない。テツと毎日会える音駒の人たちが、とても羨ましい。



「そういえば、テツは志望校ってもう決めたの?」
「あー、まだわかんねーけど今んとこM大かS大」



とりあえず県外の遠いところとかではなくて一安心。あたしもテツもまだ引退せずに部活を続けてはいるけれど、本来なら勉強に専念しないといけない受験生だ。もうすぐ夏休みが始まるけど、今までみたいに部活のことばかりを考えてるわけにはいかない。バレーのことしか考えてなさそうなテツですらちゃんと志望校のことを考えている事実に、一気に受験生という重みがのしかかった。



「お前はもう決めてんの?」
「……あたしは…」



大学に行く、ということは決めているけれど正直志望校までは決まっていない。いろいろと大学について調べたりはしているけど、どこもしっくりこないのだ。

だって、あたしの行きたいところはテツのいるところだから。



「…まだ決めてない」



でも、テツと同じ学校に行きたいから、ってだけで志望校を決めたらなんだか呆れられてしまいそうで、言えない。自分の将来に関わってくることだしそんな理由で決めてもいいのか、ちょっとした躊躇いもある。それにもしかしたらテツにとっては迷惑かもしれないし。



「なら、夏休み一緒にオープンキャンパス行こーぜ」
「…どこの?」
「M大とS大」
「それって」



さらりと言ってのけたテツの顔を様子を伺うように見つめる。



「あたしがテツと同じ学校行きたいって言ってもいいの?うざがらない?」
「なんでそんなことでうざがんだよ。お前がそれでいいならいいんじゃねえの。他に行きたいとこあんなら別だけどな」



まあ、どうせどこ行こうと別れる気はねーし、なんて笑って言うから嬉しくて胸がいっぱいで、思わずテツに体当たりする勢いで抱きついてやった。テツの驚いた声が聞こえたけどそんなの気にしてやんない。



「……テツと同じとこ行きたい」
「お前ならそう言うと思った」



ちゃんと勉強しろよ、と頭を思い切り撫でられたせいで髪の毛はぐしゃぐしゃだ。でも、そんなの気にならないくらい心は軽い。早速今日から勉強を頑張らないと。





言葉に満たされる

August 16, 2014


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