部活帰りに、キスされた。赤葦に。
「……すみません」
しかも謝られた。意味わかんない。赤葦とわたしはただの先輩と後輩で、マネージャーと部員で、…なのにどうしてキス?あまりにも自然に近付いてきた唇に、少しも動くことができなかった。
「…怒ってますか」
後輩にキスされたら普通怒るものなのだろうか。赤葦に突然キスをされたわたしは、怒ってるのだろうか。ただただ呆然とすることしかできなくて、思考も、感情も追い付かない。だけどその混乱してる頭でいくら考えてみても怒りは込み上げてはこなくて、それよりも──
「…怒ってはないよ。でも、」
「でも…?」
「謝るくらいならしないでよ」
本の少しだけ腹が立って言葉と一緒に赤葦のお腹に向かってパンチしてみた。だけど全く痛そうじゃなくてなんだか悔しい。そこそこ力入れたつもりなんだけどなぁ。
でも、そんなに悔しがってる暇もなくすぐにパンチした腕を掴まれて引っ張られた。そして視界一杯に広がる赤葦の顔。
「じゃあ、謝らなかったらしていいんスか」
まっすぐと見つめてくる瞳に、思わず頷きそうになった。だけどあれ、そういう問題だっけ?キスってまず謝る謝らないの問題じゃないよね。赤葦もそれに気付いたのか目線が横に逸れた。焦ってる赤葦ってめずらしい。
「あー…、そうじゃなくて」
「なに?」
「……………好きなんです」
…赤葦が、わたしを、好き?そっか、だからキスしたのか。赤葦の顔をまじまじと見てみると、さっき横に逸れた目線はすでに戻っていてばっちり目が合った。相変わらずのポーカーフェイス。でも、その表情は心なしかいつもより硬い気がする。
「…赤葦でもさ、」
「…はい」
「欲に忠実に行動しちゃうときもあるんだね」
「…まあ、そりゃ人間ですから」
「じゃあさ、男はオオカミって言うけど赤葦もオオカミになったりするの?」
「………否定はしません」
「ふーん」
先程掴まれた腕の力はもう緩んでいて、顔の距離も引っ張られたときよりかは離れている。
軽く握られている腕が熱く感じるのは、はたして夏の暑さのせいなのだろうか。
「……オオカミな赤葦、興味あるな」
「…このタイミングでそんなこと言われると、そういう意味に取りそうになるんですけど」
「いいよ、そういう意味で」
赤葦のことは、嫌いじゃない。だけどだからって今まで赤葦を恋愛目線で見たことなんてなかったし、まず年下の時点で恋愛対象外だったのだ。さっきまでは。
もしかしたら暑さにやられて思考能力が低下しているのかもしれないし、考えるのが面倒になったのかもしれない。でも、さっきのキスのせいで赤葦のことをもっと知りたい、と思ってしまったのは紛れもなくわたしの本心なんだと思う。
それなら、赤葦を受け入れる以外の選択肢は今のわたしには必要ない。理由なんてそれで十分。
目をつぶれば、遠慮がちな赤葦の唇とまたくっついた。
欲望に動く
August 6, 2014