屯所の縁側に腰掛け、ぱくりときつね色をしたタレがたっぷりかかった団子にかぶり付く。その途端口に広がる甘みに自然と顔が緩んだ。ここのみたらし団子はいつ食べてもおいしくて、これを食べるだけでとても幸せな気持ちになれる私は本当に単純な人間だと自分でも思う。だけど、きっとそんな安上がりで単純な人間の方が人生を楽しめるものだ。そんな風に自分に言い聞かせながら早々に手元の団子を全て食べきってしまいその勢いのまま次の一本へと手を伸ばす。が、伸ばした手は何も掴むことはなく、掴むはずだったみたらし団子は颯爽と横から拐われれていった。そのいつもと同じ行為に苦笑を漏らす。この人が来るとわかっていて多めにお団子を買ってきた上にお茶も二つ用意している私は、この人にとことん甘い。


「やっぱりここの団子は美味いねィ」
「今までいろんなところの甘味を食べてきましたけど、ここのは本当格別ですよねー」


もぐもぐと団子を咀嚼しながら私の隣に座った沖田さんは、私がこの時間帯にいつもここでお茶をしていると知っていて必ず現れてはお茶請けを奪っていく。甘いものが目当てなのか暇潰しなのか、それとも他の理由なのかは未だにわからないけれど。


「今日は朝から見かけねーなと思ってたんですが、どっか行ってたんですかィ」
「実は昨日突然お休みをいただけることになって、さっきまでちょっと買い物に行ってたんです。一応夜はお手伝いするつもりなんですけどね」


最近人が辞めたり風邪を引いて休む人がいたりで人手不足の中休むのが申し訳なくて、休みの日も働いていたから休んでいないな、とは自分でも少し思ってはいた。けれど大変ではあれど、仕事自体はそれなりに好きだからそこまで気にしてはいなかった。そしたら思いの外随分と長い間休みをいただいていなかったらしい。それを見兼ねた近藤さんに突然休みをいただけることになったのが昨日のこと。人手不足も少し落ち着いてきてはいたので、そのご好意に甘えることにしたのだ。


「あんたは働きすぎでさァ。もう少しくれェ休んだって誰も文句なんて言いやせんぜ」
「私なんて全然ですよ。沖田さんの働きっぷりには遠く及びません」


私の言葉にぱちぱちと大きな目を瞬かせた沖田さんはその一瞬後には笑いだしてしまった。それなりに本気で言ったのにこんなに笑われてしまっては少し恥ずかしい。恥ずかしさから顔が赤くなるのが自分でもわかる。


「俺のことを働き者だなんて言うのはあんたくらいでさァ」
「…確かに見回りとかはよくサボられてるかもしれませんが、それでも沖田さんはいつも最前線で戦ってるじゃないですか」


最前線で、誰よりも多くの敵を倒している。そのおかげで命拾いしてる隊士さんもたくさんいるだろうし、起こるかもしれなかったテロも未然に防げているのだ。それは真選組にとって、一番称えられるべきことであるはずだ。だから──


「誰がなんと言おうと、私の中で沖田さんは働き者です」


近藤さんや土方さんだってもちろんとてもよく働いてらっしゃるし、女中になったばかりの頃は私も見回りはよくサボるし朝の稽古には出ずに寝ていたりするしでこれが真選組一番隊隊長と恐れられる人物の正体かと愕然とした。でも、捕り物から帰ってきた彼の姿を初めて見たとき、私は沖田総悟のことを既にある程度理解しているつもりでいた浅はかな自分を悔いた。誰よりも返り血にまみれ、そして大きな怪我こそなかったものの誰よりも多くたくさんの小さな傷をこさえてきた彼に、18歳という若さで一番隊隊長を勤めていることのすごさや重みを、そのとき知った。


「…差し出がましいかもしれませんが、働き者の沖田さんには年相応でいられる時間が少しくらいあってもいいと思います」
「年相応、ねェ…」


私より幾つか下なのに立派に一番隊隊長を勤めている彼を今では本当に尊敬しているし、純粋にすごいと思う。だけど、たまに心配になるのだ。その立場に彼が押し潰されてしまわないか。
そんな私の心配をよそに、彼がにやりと笑った気がした。


「ならあんたが俺に年相応の時間をくだせェ」


私が?と聞き返す前に、太ももに重みを感じた。どうやら私の膝を枕に沖田さんが寝転んだらしい。少し驚いたものの、沖田さんがこうして甘えてくれるのがなんだか嬉しくてついつい口元が綻ぶ。今この瞬間に少しでも彼の心が休まる時間を私が作れるのなら、拒否する理由なんてない。


「沖田さん」
「んー」


寝るでもなく庭を見つめている沖田さんの髪の毛をそっと撫でる。何も言ってこないから別に嫌ではないらしいその動作をなんとなく続けていると大事なことを思い出した。


「お誕生日、おめでとうございます」


私の言葉に、沖田さんの目線がこちらを向く。


「知ってたんですかィ」
「他の女中さんから伺いました」


今日の夜に宴会があることを聞いたのが一週間ほど前。七夕ならまだわかるけど、七夕ではなくその次の日に宴会があることを不思議に思って長年働いているベテランの方になんの宴会かと尋ねてみると沖田さんの誕生日だという返答が返ってきたのだ。


「それであの…。一応プレゼントを用意したんですけど…」


日頃沖田さんにはお世話になっているし、何かプレゼントしたいと思って沖田さんの誕生日を知ってからいろいろと考えてみたものの、沖田さんの喜ぶものがわからなくて悩みに悩んだ。でももしかしたら買いに行く暇がないかもしれない、と思っていたから今日お休みをいただけたのは幸いだった。


「プレゼントくれるなんて、そりゃどんなプレゼントか楽しみですねィ」
「大した物ではないんですけど…」


私の言葉に起き上がった沖田さんに今朝買ったばかりのものを差し出す。簡単にリボンがついているだけの小さめの袋を沖田さんが早速開けると中から出てきたのは水色と透明な玉で作られたシンプルなストラップ。それをまじまじと眺めている沖田さんに説明する。


「ターコイズと水晶を使ったパワーストーンのストラップなんです。ブレスレットだと邪魔になるかなと思って携帯とかにつけれるようにストラップにしてみたんですけど…」
「確かにブレスレットとかは邪魔かもしれやせんねェ。そんで、パワーストーンっつーとこの石にはどういう意味があるんで?」
「ターコイズは危険から身を守ってくれる守護石で、水晶は確かその効果を強めてくれるとかだったと思います」


効果が本当にあるかなんてわからないけど、例え気休めだとしても常に危険と隣り合わせの彼を少しでも守ってくれたらいいと思って、このプレゼントにした。


「ありがとうございやす。精々効果があるように携帯につけときまさァ」
「気に入ってもらえたなら良かったです」
「…で、これだけですかィ?」
「へ?」
「ストラップも嬉しいんですが、俺としては他にもあんたから欲しいもんがあるんでさァ」


まさかさらにプレゼントをねだられるとは思わなかった。くるりと辺りを見回してみたけど今この場にあるもので渡せるものなんて団子くらいしかない。


「…お団子ならもう少ししか残ってませんが全部食べていいですよ?」
「他には?」
「……あっ、ケーキでも焼きましょうか?材料買いに行かないとなんで今からだと結構時間掛かっちゃいますけど」
「ケーキは多分近藤さんが用意してくれてるんでまた今度食わせてくだせェ」
「………じゃあ、沖田さんの欲しいものってなんですか?」


私なりに精一杯考えてみたけど答えがわからなくてギブアップ。私にねだるってことは私に出来ないことではないとは思うけど、沖田さんの欲しいものってなんなのだろう。欲しいプレゼントがあるなら最初に聞いておけば良かった。でも、もしすごく高いものをねだられたりしたらどうしようかな。


「…わかんねぇなら今日のところはストラップだけで満足しときまさァ」
「えっ」
「じゃ、俺は仕事に戻るんで」


自分から欲しいものがあるって言い出したの
に結局それがなんなのか告げることはせずに残りのお団子をぺろりと平らげてこの場を離れていく。結局なんだったのかわからないままというのはとても気になってもやもやする。だけどすぐに沖田さんが立ち止まってこちらを振り返った。答えをくれるのかと期待して沖田さんを見つめる。


「言い忘れてやしたが、心配しねェでも俺ァあんたといるときだけは肩の荷ってやつをおろしてるつもりなんで」


それだけ言い残して沖田さんは去っていった。言い逃げだなんてずるい。

このささやかなお茶の時間を密かに沖田さんも楽しみにしてくれてるのかもしれない、と思うととても嬉しくて仕方なかった。




心休まる一時を貴方に

July 8, 2014

HappyBirthday総悟!
総悟をひたすらどろどろに甘やかす話が書きたかったんです。甘やかせたのか微妙だけど。

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