初めて見たときから、好きだった。見ているだけの片想い。相手が私のことを知っているのかすらもわからない、そんな人に恋をするなんて自分でも馬鹿げていると思う。でも、どこから溢れてくるのか好きという気持ちが尽きることはなくて、彼の愛人達がとても羨ましかった。彼と言葉を交え、体を重ねることのできる彼女達は私にとって充分羨望の対象で、私も愛人でいいから彼の世界に踏み込みたいと、そう思っていた。

そんなことを考えていた私の願いを神様は叶えてくれたのだろうか、たまたま仕事関係で彼と話す機会が訪れ、それを機に見かけたら挨拶をしてくれるようになった。そこから徐々に仲を深め、私も愛人の仲間入りをするまでは片想いの期間を思うとそう長くはなかった。愛人になってからは彼に抱かれる度に幸せで、このまま死んでもいいとさえ思えた。一目惚れなんて相手の嫌なところが目についてしまえばすぐに散ってしまうものだと、そう思っていたはずなのに彼のことを知れば知るほど好きになっていってしまうのだから不思議だ。彼に会えるだけで嬉しかったし彼に可愛いと言ってもらえたら馬鹿みたいに喜んだ。彼の世界に私がいることに、ただただ浮かれていた。

愛人になって少しの月日が経ったとき、街をぶらぶらしていると愛人のうちの一人である女と彼が二人で歩いているのを目撃してしまった。べたべたと彼に引っ付いて腕を絡めるその姿に思わず立ち止まる。こちらからは背中しか見えないから彼がどんな顔をしてるのかを伺うことは出来なかったけど、見えなくて良かったと思う。もし、私といるときと同じような顔をしていたら私は今以上の嫉妬を抱えきれずにこの場で泣き崩れていたかもしれない。まるで金槌で頭を殴られたような衝撃。私は何を勘違いしていたのだろう。彼に愛人がたくさんいるのは昔から知っていたというのに今更こんなにもショックを受けるだなんて、馬鹿げている。きっと私はようやく彼の愛人になれたことが幸せで浮かれ過ぎていたのだ。この時の私は正に一気に天国から地獄に叩き落とされた気分だった。





それからは彼に触れられ、キスをされる度に他の愛人にも私にするのと同じように触れ、キスをしてるのかと考えてしまって苦しくて、でもだからといって彼の愛人をやめるなんてできるわけもなく、気付けば愛人になって数年の時が経っていた。


愛人になってからもう数年も経ったといえど未だに苦しいのに変わりはなくて、それは同じベッドで彼が眠りについている今も変わらずに存在する。彼の腕の中で眠れるだなんて本来ならとても幸せなことであるはずなのに、明日になればこの腕はきっと違う人を抱き締めているのであろうと考えては何度も落ち込んでしまう。ただの愛人の一人でしかない私にはもちろん私だけを愛してなんて言えるわけがない。いい加減彼とはそういう関係でしかないのだから仕方ないと割り切ってしまいたいのにそう簡単に割りきれないのだから困ったものだ。

そんなことをぐるぐると考えているせいでなかなか眠ることが出来なくてそっと瞳を開けて自分より少し上の方を見れば彼の閉じられた目が目に入る。なんとなくしばらく見つめてみたもののその目が開かれることがないのを思うともう寝てしまったのだろうか。彼なら起きていそうだとは思うけど、でも別に起きていたからといって声をかけたりするつもりはないので多分考えるだけ無駄だろう。そんな考えに至って静かに視線を外せば彼の首筋が視界に入った。そっと、吸い寄せられるように首筋から胸板へと指先でなぞる。小さな傷痕はあれど赤い跡は一切見られない肌。それは彼が誰か一人に独占されるのを嫌っているからなのだと考えるには、十分すぎる。たくさん愛人がいるにも関わらず一つも跡が付いていないだなんて彼の愛人には物分かりのいい人しかいないのだろうか。一人くらい彼の隙をみてつけていても良さそうなものなのに。いい加減ぐだぐだと考えるのに嫌気が差して胸板へと顔を埋めて目を閉じる。私が起きる頃には多分いつものように彼はもうここにはいないのだろう
と思うと、眠るのが少し名残惜しく感じたけどそれでも目を閉じた瞬間にようやく襲ってきた睡魔に逆らうことはしなかった。







窓から射し込んでくる日射しから逃げるように寝返りを打ってぼんやりと目を開く。その視線の先にはやっぱり彼はいなくて、今日もいつものように何も言わずに朝早くに出て行ってしまったのだろう。昔は朝ごはんを一緒に食べたりもしていたけど、最近ではいつもこうだ。まだ覚醒しきってない頭で彼がいないことだけはちゃんと理解してまた目を閉じた。今日は仕事は休みだしこのまま二度寝でもしてしまおう。彼のいない寂しさから目を逸らして二度寝の体勢に入る。だけど、もう少しで眠りにつける、というところで嗅覚を刺激するもはや嗅ぎ慣れてしまった、匂い。それに気付いて思わず目を開く。目に入った先にあった扉は少しだけ開いていて、耳をすませばリビングの方から食器の音が聞こえる。その音に眠気なんて一瞬でどこかに行って慌ててベッドから起き上がりリビングへと向かえば強くなる、エスプレッソの香り。それはもちろん彼のためだけにいつも用意してあるもので、リビングにはまるで自分の家にいるかのようにそれを飲みながらくつろいでいる彼の姿があった。


「やっと起きたか」
「……どうしたの?」


朝になってもリボーンがいるのなんて久しぶりであまりのめずらしさについつい尋ねてしまった。
だけど、リボーンは私の反応に特に驚くこともなくむしろどこかおもしろそうにしながらカップをソーサーへと置いて口を開く。


「出掛けるぞ」
「…え?」


昔はよくどこかに出掛けたりしていたものの最近では家で会うのがほとんどでデートなんて久しくしていない。そんな中の突然のお誘いに驚きを隠せず呆気にとられた。


「行きたくねーなら別にかまわねーがな」
「い、行く!準備するからちょっと待って!」


私が貴方の誘いを断るわけないって、わかってるくせに。こうして今日も私は彼の気紛れに馬鹿みたいに振り回されるのだ。悔しいとは思いつつも、きっとこれからも彼に一喜一憂させられるし思惑通りに動いてしまうに違いない。結局恋愛なんて惚れた方が負けなのだから。





過去と今、どちらが幸せなのか


片想いのときは、愛人でもいいと思ってた。だけど実際に愛人になったら苦しくて、結局愛人になったところで満たされることはなかったのだからもしかしたら片想いのままの方が幸せだったのかもしれない。それでも昔に戻ることの出来ない私はこのままさらに溺れていくしかないのだろう。



April 21, 2014
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