「本当に怖かったんだって!本気で殺されるかと思った…!」
「何言ってんのよ。あのクールな感じがいいんじゃない」
「いや、あれはクールとかいう次元の問題じゃないよ」


時刻は昼休み。学校に来てすぐに昨日の事を結菜に話してからというものの何回もこの会話が繰り返されている。話の内容はもちろん土方君の事で、確かに顔はかっこいいが瞳孔が開いてて怖いと言うあたしに対し結菜はその怖い感じがクールで良いと言い張っている。…あたしには理解出来そうもない。


「そんなことよりさ」
「…なに?」


いきなり席を立ったかと思うと今にも引っ張りそうな勢いであたしの腕を掴んできた結菜の目がきらきらと輝いて見える。この後に結菜が何を言うかなんて全くわからないのにも関わらず嫌な予感しかしないのは何故だろう。


「まだ、昼休みが終わるまで時間あるんだから今から土方君のところに行かない?」


これは傘を返してもらうってのを建前に土方君と仲良くなるチャンスよ、なんてさも当然のように言う結菜は果たして今まであたしの話をちゃんと聞いていたのだろうか。


「絶対いや」
「えー、なんでよ?」
「…あんな怖い人にもう会いたくない」


それにあたしはビニール傘を渡すはずが間違えて花柄の傘を押し付けてしまったのだ。…ビニール傘じゃなくてなんで花柄の傘を貸したんだ、なんて言ってあの目で睨まれた日にはあたしの人生が幕を閉じるに違いない。


「けど、それじゃあ傘返ってこないじゃない」
「…高が傘一本でしょ」


本当はあの傘はお気に入りだったけど土方君に会わないで済むならこのくらいの犠牲は仕方ない。何かから逃れるためには犠牲が付き物だ。


「ふーん。あの傘葉月のお気に入りだと思ってたんだけどなー」


結菜の考えは当たっていて、そして結菜はきっとそれが当たっていることに気付いている。それなのに素直に諦めたのはあたしが頑なに動かなかったためか。或いは他の理由からか。
とにもかくにも、あたしの腕を掴んでいた手を離し肩を竦めた結菜を見て諦めてくれたことにあたしは静かに安堵した。


「あ、そういえばもう一週間後なんだね」


黒板の右端に書かれてる日付を見て思い出したように呟く結菜にあたしは一生懸命脳みそを働かせたが結菜が言っている一週間後にあるものの正体は残念ながら出てこない。仕方なく何が?と結菜に尋ねると体育祭、と答えは一言で返ってきた。
…体育祭の存在なんてすっかり忘れてた。


「結菜はリレーに出るんだっけ?」
「うん。出るからには一位目指さなきゃね」


結菜は根っからの運動系だ。部活だってバスケ部で、しかも部長。体育の授業の評価だって5段階中いつも5。そんな結菜が体育祭に燃えるのは当然だ。…運動があまり得意ではないあたしからしたら少し羨ましい。


「応援するから頑張ってね!」
「任せて」


拳を握り今からやる気満々な結菜はなんとも頼もしくて、なんだかあたしまで体育祭が楽しみになってくる。


「そういえば、葉月は何に出るの?」
「あたしは借り物競争」


あたしは結菜とは違って運動は得意ではないから本当は玉入れとかみたいにもっと楽な競技に参加するつもりでいたけど、じゃんけんで負けてしまい仕方なく残り物の中でも比較的楽そうだった借り物競争にしたのだ。結菜もなんとなくそれが予想出来たのか納得したように頷く。


「けど、体育祭の実行委員してる後輩が今年は去年と違ってお題を少し難しくしたって言ってたよ」


どうせ楽そうだから選んだんでしょ?と続けながら楽しそうに笑う結菜とは逆にあたしの気分はその言葉によって一気にたたき落とされた。


「う、うそでしょ…!」
「残念ながら本当よ。頑張ってね」


絶対に結菜はあたしが焦るのを見て楽しんでる。それがわかったからこそ人事だからって、と口走りそうになるも、もし結菜とあたしの立場が逆だったとしたら結菜はあたしみたいに慌てたりなんてせずに、むしろ燃えるんだろうな、と簡単に想像出来たからその言葉は声になることなく飲み込まれた。





楽しみ不安が入り交じる

ふと、窓から外を見ると最近ずっと降り続いていた雨が止んでいた。

101004

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