「あの、本当に泊めてもらってもいいの……?」
「なに今さら遠慮してんでィ。昔はよくお互いの家に泊まってたじゃねェか」


玄関で突っ立ったまま、先程の幼馴染みの言葉が何かの間違いじゃないか確かめるために恐る恐る尋ねるも飄々とした態度で返された。確かに昔はお互いの家に泊まったりしていたけど、それは幼い頃の話だ。ここ数年は全く会話をしたことなんてなくて、今日久しぶりにしゃべったばかりなのに。それなのにいきなり家に泊めてもらうだなんて、さすがに躊躇ってしまう。
幼馴染みはなんてことないように言ってのけてるけど、幼馴染みの中でのあたしの位置付けは一体どうなっているのだろう。


「第一、他に泊めてもらえる心当たりでもあんのかィ?」


……でも、これを言われるとぐうの音も返すことはできない。いきなり家に泊めてくれだなんて頼れるような子は、そんなに多くはない。いたとしても、申し訳なくてなかなか言い出せないであろうことが簡単に予測できる。…つまり、このありがたいお誘いを断ってしまったら最悪野宿なんてことになる可能性もあり得るかもしれない。


「……お邪魔します」


せっかく幼馴染みがいいと言ってくれているのだ。お言葉に甘えてしまおう。

幼馴染みの家に泊めてもらうことにして靴を脱いで、久しぶりの幼馴染みの家に少し緊張しながらもあがらせてもらう。幼馴染みの後に続いてリビングへと入れば、あまり変化のなかった玄関とは違ってリビングは昔と変わっている部分がちらほらとあって、あたしの知ってる雰囲気とは違っていた。


「適当に寛いでくれていいんで。飲み物とかも冷蔵庫にあるの勝手に飲んでくれて構わねェし」


それだけ言って、幼馴染みは服を着替えてくるとリビングから出て自身の部屋へと行ってしまった。確か幼馴染みの部屋は二階だったけ、と記憶を蘇らせていると階段を上る音が聞こえてきたので、どうやら今も幼馴染みの部屋は二階にあるらしい。改めてリビングを見渡す。正直そこまではっきりと覚えているわけじゃないけど、でもぼんやりと思い出せるものとこのリビングとでは、やっぱり違う部分の方が多いように思う。それだけ幼馴染みの家に来なくなって年月が経ったということなのだろう。ぼんやりと誰もいないリビングを見つめる。何度も訪れたことがあるはずなのに、リビングを見ていても昔の思い出が思い出されることはなかった。しばらくそのままの状態でいたけど、階段を下る音にハッと我に返る。振り返ればちょうど幼馴染みが扉から顔を出したところだった。あたしがリビングに入ったときのままほとんど動いていないからか、表情が少し訝しんでるように見える。


「ちょっと飯買ってくるから留守番頼む」


あたしが扉の前から動いていないことには特に触れず、扉から顔だけを出した形でそれだけを告げて扉を閉めようとする。そんな幼馴染みに慌てて声を掛ける。


「わざわざ買いに行かなくてもあるもので……」
「そうしてェけど、買ってこないと食べ物なんもねーんだよ」
「……冷蔵庫見てもいい?」


断りをいれてから冷蔵庫の中を拝見させてもらう。何か少しくらいはあるだろうと思っていたけど、冷蔵庫を開けてみればそこには本当にほとんど何も入っていなかった。食料になりそうなものは何もない。……これは確かに買い物が必要そうだ。


「じゃあ、あたしも付いてく」
「別に一人で大丈夫でィ」
「でも、泊めてもらうのに何もしないのは悪いし……」
「つっても、コンビニで弁当買ってくるだけだしねィ」
「弁当……?」


てっきりスーパーとかに食材を買いに行くのかと思っていたら、飛び出してきた弁当という言葉に目を瞬く。既に出来上がったものを買う予定だったらしい。それなら確かに荷物持ちもいらなそうだ。でも、何かが引っ掛かって、ふと冷蔵庫の近くに置いてあるごみ袋をちらりと見る。その中にはぱっと見でもわかるくらいには弁当やカップ麺のごみが入っていた。


「もしかして、いつもお弁当で済ましてるの?」


一つの憶測が頭に浮かぶのと、幼馴染みの目を見ながら尋ねていたのはほぼ同時だった。少しの間視線がかち合った後さりげなく逸らされて、別にあんたには関係ねーだろィと感情の読めない声で言われる。
……やってしまった。これは、これ以上踏み込んでくるなという拒絶だ。さっきまでは踏み込みすぎないように気を付けていたのに、つい咄嗟に口にしていた。誰にだって触れられたくない部分の一つや二つあるだろう。ただの昔馴染みで、今となっては知り合い以上友達未満の関係というのが一番しっくりくるような奴に踏み込まれ過ぎたら嫌に決まってる。


「……そうだよね。ごめん」


リビングに重い空気が流れる。それを破るように幼馴染みが弁当買ってくると言って外へと出て行ってしまう。追いかけることなんてできなくて、結局リビングで一人、幼馴染みが帰ってくるのを待つことしか出来なかった。




遠い距離

ミツバちゃんはどうしたの?という疑問は頭を巡るだけで聞けそうにない。



150203

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テーマ「人外ファンタジー」
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