烏丸+隠岐



目的の人物がいる1年B組の教室から三十代半ばの教師がノートだの書類だのを抱えながら出て行くのを見届け、帰りのHRが終わったことを確認する。

女子人気の高い彼に、わたしより先に話しかける人がいてはならない!そう思い、急いでターゲットの元へ向かうと、流石A級隊員というだけある。気配を感じ取ったのか彼の顔はわたしへ向けられた。

「苗字先輩?」
「とりまるくん、聞いたよ」
「何がすか?」
「二宮隊の服、着たらしいね」
「あー、はい。それがどうかしたんすか」
「いやぁ、わたしもお願いしたくて」
「二宮隊の隊服着たいんなら苗字先輩とこのオペレーターに言ったほうがいいと思います」
「そうじゃないそうじゃない、わたしがスーツ着てどうすんの」
「…え、じゃあなんすか」
「とりまるくんに……生駒隊の服、着て欲しいんだよね」

サンバイザー付きで、と付け足したことで物分かりのいいとりまるくんは腑に落ちたような顔をした。







「お邪魔しまーす」
「あ!名前ちゃーん、待ってたよぉ」
「栞ちゃん!お世話になります」

放課後はアルバイトかボーダーの仕事で埋まっているとりまるくんの本日の予定は幸いにも空白であった。
抑揚のない落ち着いた彼の「今日来ますか」という言葉に首を痛める一歩手前の力強さで頷いた結果、玉狛支部の門をくぐることとなった。こんな迅速に物事が進んでいくなんて。今度ご家族と玉狛支部用に沢山のとんかつを差し入れしようと思う。


「それにしても名前ちゃんが隠岐くんに惚れていたとはねぇ」
「あはは、恥ずかしいからここだけの話にしてね」
「とりまるくんから"隠岐先輩になれるように換装体いじってもらえますか"って連絡来た時は驚いたよー」
「いやあ、お手数おかけします」
「いいのさいいのさ!今度じっくり話聞かせてもらうからね」
「う…出来ることならしたかったけど、わたしと隠岐くんは何もお話しできるような仲じゃないので……」
「そうなの?よくボーダーで話してるとこ見かけるけど」
「それが、スナイパーの話とか猫の話とか…隠岐くんと話すきっかけを必死に模索した結果ってだけで、特に大した話はしてないんだよね…」

隠岐くんは人当たりもいいし、誰に対しても友好的だからわたしなんかよりももっと仲良く話せる人が沢山いるはずだ。わたしレベルで話せてるなんて浮かれてたら恥ずかしい思いをするのは分かっている。





「とりまるくん、ほんとにありがとうね!宝物にする…これ」

隠岐くんに扮したとりまるくんを撮影するために、スマホ以外にも持ち込んだ一眼レフやらチェキやらの入った鞄を抱きしめながらとりまるくんにお辞儀した。

「いえ、苗字先輩のお役に立てて光栄っす」
「何度見ても最高だよこれ……ちゃんと黒子まで再現してくれちゃってもう栞ちゃん大好き!!」
「俺は大好きじゃないんすか」
「ん?いや、男の子に軽率に大好き言うもんじゃないからね…」
「それにしてはさっき隠岐先輩になりきってた俺には"うわ好き、ちょー好き、大好き"って言ってましたよね」
「そりゃあだって、隠岐くんだし…」
「意地悪しました。分かってますよ」
「もーーー!!意地悪するのはこなみだけにしてよ」
「すみません」










「あ、とりまるくんこっちこっち!」
「苗字先輩、お疲れ様です。なんか用でしたか」
「そりゃーね!これ、荷物増えちゃって悪いんだけどみんなで食べてよ」

持っていた紙袋をとりまるくんの胸元へ突き出す。

あの撮影会の二日後、とりまるくんが本部にくるという話を耳にしたため、ボーダーに向かう前に星5レビューばかりという噂のとんかつ屋さんに寄り道したのだ。


「え、この店って食べログ1位の……」
「さすがとんかつ好きのとりまるくん、よくご存知で!」
「しかもなんかすげーいっぱい…いいんすか」
「あったりめえよ!」
「ありがとうございます」

いつもポーカーフェイスなとりまるくんの表情が少し柔らかくなったような気がする。とんかつ屋さん、めちゃくちゃ行列だったけど並んだ甲斐あったな。


「でも、何で突然…?」
「おやおや、忘れたのかね二日前のことを」
「ああ、あれですか。別にこんなお礼してもらうほどのことじゃないっすよ。いつでも呼んでもらえればやりますし」
「いやいや、あんまり自分を安く見積もったらいけません!」
「えー、何の話ししてるん」
「うぉ、きくん」

わたしの想い人である隠岐くんが「うぉきくんて誰やねん」と笑いながらわたしの隣に立っていた。

「何でもないですよ」
「えー?何もないことあらへんやろ。苗字ちゃん、何もないのにこんなご馳走くれる子やないで」
「ん?それはどういうことかなぁ」
「どうもなにもそのまんまやん。一口くれへん?て聞いても絶対くれへんし」
「当たり前だよね?それは」

間接キスという言葉を知らないのか君は。という言葉は飲み込む。隠岐くんはこういうことを平気でしてのける人なのだ。陰キャのわたしには到底分かりかねる。

「隠岐先輩、一口貰おうなんてちょっと傲慢なんじゃないですか」
「おれの一口も分けるつもりやったで。等価交換やったらええんとちゃう?」
「苗字先輩は食い意地がはってるので等価交換じゃ話になりませんよ」
「ちょ、とりまるくん」
「そうなん?苗字ちゃん見かけによらず大食いなんや」

大食いじゃないけれど訂正するのも面倒だったのでそのままにすることにした。大食いじゃないのなら何故一口分けることに抵抗があるのかを説明する手間が増えてしまう。

「そうですよ。隠岐先輩はそんなことも知らないんですね」
「ん?烏丸くんは苗字ちゃんのことよぉく知ってはるみたいな言い方やな」
「ええ、そうですよ。逆に何にも知らないのに一口強請ろうとしたんですか」
「いろいろ知っとらんと一口ねだったらあかんの?でもおれ、授業中猫ちゃんみたいにふにゃーってした表情で寝てる顔とか、お弁当に入ってるトマトをいっつも端に避けて友達に怒られてしゅんとしてる顔とか、体育の授業ですっころんで半泣きだった苗字ちゃんとか、色々知ってんで」
「な、何言うの隠岐くん!?恥ずかしいからやめて!?」
「………」
「んー、これでも足りひんのやったらおれ、苗字ちゃんのこともっとよく知りたいんやけど、このあと一緒にカフェでも行かん?」
「え?」
「好きなものとか、嫌いなものとか、それ以外にもたくさん教えてくれへんかな」
「え、え?」
「悪いんですけどこのあと苗字先輩は俺と一緒に玉狛に戻るんで、諦めてください」
「えー、さっきの話的に玉狛行く感じやなかったけど。ほんまなん?苗字ちゃん」
「そうですよね、苗字先輩」

様子のおかしい、というよりなんだかバチバチしているとりまるくんと隠岐くんから不穏な雰囲気を感じとったわたしは、何とかしてこの場から立ち去る方法を考えていた。


「とりまるくん、」
「ほら、言いましたよね」
「そうじゃなくて、このとんかつ!冷めたら味落ちちゃうから急いで食べてほしい」
「…そっちですか。このとんかつ、苗字先輩と食べたいんすけど」
「苗字ちゃんがいくら食い意地はってても人にあげたものを自分で食べるような子ちゃうやろ」
「そうそう、いや別に食い意地はってないけど。それに隠岐くん、さっきからめちゃめちゃ生駒さんこっち見てるけど…行ったほうがいいんじゃないかな」

そう、先ほどからずっと視線を感じていたのだ。目の前の二人はお互いに夢中で気づいていなかったようだが生駒さんの存在感はとても大きく、数メートル離れた先でも一人ズバ抜けてオーラを放っていた。
わたしの視線の先を追いかけた隠岐くんは指先を額に当てて長いため息を吐いた。

「……おれ、イコさんの話の途中で抜けてきたん忘れてた」
「えー、だめじゃん、隊長は敬わなきゃ」
「うーん、でもイコさんやしなぁ…。まあ今日はダメでも他の日に苗字ちゃんのこと根掘り葉掘り聞かせてもらお思てるから覚悟しときや」
「え」
「すいません、苗字先輩は明日も明後日もそのまた先も俺と稽古するんで無理ですよ。諦めてください」
「毎日苗字ちゃんの予定奪って悪いと思わへんの?しかも"付き合ってへんのに"、烏丸くんちょっとおかしいんやない?」

隠岐くんは「付き合ってない」という部分を強調してとりまるくんの顔を見る。なんかまた怪しくなってきたぞ二人の雰囲気が。

「付き合ってるとか付き合ってないとか、そういうのでそこそこ長い間先輩後輩やってる俺たちの邪魔しないでもらっていいすか。苗字先輩は優しいんで毎日だろうが俺の練習見てくれるんです。そう言ってましたよね、先輩」
「えっ、あ、うん、たしかにそれは言ったけど」

昔、「とりまるくんのためなら毎日だろうがわたし、相手するからいつでも先輩に頼りなさい!」と胸に手を当てて先輩面していたのを思い出した。とりまるくんより少し先にボーダーに入隊していたわたしは、当時自分の後輩に当たる彼を大層可愛がっていた。自分に後輩ができた!という嬉しさから構い倒していたのだ。よく下の子が生まれると兄や姉の自覚がつくのと同じである。まあ、簡潔に言えば先輩ぶっていたというわけだ。今ではとりまるくんはA級隊員なのに対してわたしはB級止まりで非常に恥ずかしいのだが。

「そんなん社交辞令に決まっとるやろ。そりゃ苗字ちゃんは優しい女の子やから後輩にお願いされたら全力で頑張っちゃうかもしれんけど、だからってその優しさに甘えるのもどうかと思うで」
「知らないんですか?この人は先輩面することと後輩から頼られることで幸福を感じるんすよ。あぁ、でも隠岐先輩が知るわけないですよね。苗字先輩と出会ってまだ二年も経ってなかったっすね。仕方ないと思います知らなくても」
「えー?そうやって自分の行動を正当化して苗字ちゃんのこと縛りつけるなんて、烏丸くんが実際に女の子と付き合ったらド束縛彼氏になりそうでおれ怖いわぁ。苗字ちゃんはこういう束縛系やない人と付き合ったほうがええで?たとえばおれとか」
「ふ、2人とも落ち着い、…え?今なんて、」
「そういう俺とかどう?って言っちゃう隠岐先輩みたいなチャラついたタイプこそ苗字先輩は好みませんよ。先輩、こんな話の流れで付き合うなんてしたらだめっすよ」
「いやいや、告白ならこの後ちゃんとするつもりやで?せやから苗字ちゃん、どっかの誰かさんみたいに邪魔者が入ってこないとこまで行かへん?」
「隠岐先輩、イコさんが待ってるんでしょう。行ったほうがいいっすよ」
「もうこんなに待ってくれたんやからもう少し待たせてしもても誤差やから大丈夫やで。心配してくれておおきに。…てことで、苗字ちゃんはよこっちに、」
「苗字先輩。一人でこのとんかつを無事玉狛に届けられる気がしないので付いてきてもらっていいですか」
「烏丸くん話聞いてた?おれの方が先に誘って、」
「先輩は後輩に譲るもんじゃないですか?大人気ないですよ」
「おれ、君のこと一ミリたりとも後輩だと思ってないねんけど。それにボーダー歴で言うたら烏丸くんのほうが先輩やろ?ここは後輩に譲ってもろてええかな」
「たしかに俺の方が先輩ですね。じゃあ、先輩に華を持たせるということでここは隠岐先輩、遠慮してもらっていいすか。そろそろとんかつも冷めちゃうんで」
「いやいや、さっきと言うてることちゃうやーん。ね、苗字ちゃんもおかしいと思わんかった?…あれ?苗字ちゃん?」
「隠岐先輩が無駄なことばっかり言うので呆れて苗字先輩どっかに行っちゃいましたね」
「俺のせいやないでしょ。どちらかというと自分苗字ちゃんのこと知ってますアピールしてくる烏丸くんのことうざったく思ったんとちゃうかな。あれはあからさますぎておれですら無いなぁおもたもん」
「苗字先輩がそんなことでうざったいなんて思うような人じゃないんですが。もしかして隠岐先輩、あの人のこと下に見てますか?」
「そんなわけないやん、おれめっちゃ好きやもん。苗字ちゃんのこと」
「気安く好きとか言わないでもらっていいすか。苗字先輩のこと、俺の方が前から好きだったんで。気持ちも負けてないですよ」
「そうやってすぐ歴出してくるとこ、性格ひん曲がってるんとちゃう?烏丸くんみたいな女々しい男の子、苗字ちゃん好きやないと思うなあ」
「何も知らないのに苗字先輩のこと知ったように話さないでもらっていいですか」










「わー、苗字ちゃんてばモテモテー」
「っ静かにして犬飼、あの二人にバレないようにしてるんだから」
「この後あの二人じゃなくておれとデートしてくれるんだったらいいよ」
「お前もかよ」


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