来馬



「お前ほんと来馬さんのこと好きだよな」

白い服を着たC級隊員が過半数を占めるボーダー内の食堂にて。一人なのにソファ席を陣取り先日新調したノートパソコンの画面を食い入る様に眺めていると、上から見知った声が降りかかってくる。
右手をマウスの上に重ねたのち動画を止め、液晶画面から声の主である荒船に向き直る。

「鈴鳴第一のログ、そんなに見返して飽きねえの」
「飽きないよ」
「だいたい、ここ来馬さんが通ったらどうすんだよ」
「通らないよ。だって今日、花火大会だもん」
「今日が花火大会なことと、来馬さんがここを通らない理由がわかんねーけど」
「荒船って物分かりのいい人だと思ってたのに。けっこー鈍いんだね」
「あ?おめーの説明が物足りないからだろーが」
「はいはいすみませんでしたね。いつも赤点ギリギリで避けてるわたしと成績優秀な荒船じゃあ頭の作りが違うもんね」
「そこまで言ってねーよ。てかなんか今日機嫌悪いなお前」

俺に当たんなよ、と言いため息をつきながら荒船は4人がけのソファ席の真向かいに座る。

「来馬先輩は今日花火大会に行ってるからいないの」
「この前、犬を追い払ってくれた恩、ここで返してやってもいいぜ」
「回りくどい言い方だなぁ。別に荒船に相談乗ってもらう必要はないから」
「何でだよ、来馬さんのこと好きなんだろお前」
「好きだからと言ってどうこうなるつもりないし」
「はあ?付き合いたいとかねーのか?」
「ねーのねーの」

荒船は面倒見がいい。彼の魅力の一つだろうが今はそれがだるいと感じてしまい、半ば適当に返事をし一時停止中だったログを再生する。

「何で付き合いたいって思わないんだよ」
「何で荒船にそんなこと話さなきゃならないの」
「…お前ほんと可愛くねーな」
「知ってる。だから一番になれないの」
「一番…」
「まあ、そーゆーことだからこの話は終わりね」
「おい」
「もーーーー。来馬先輩の勇姿見てるんだから邪魔しないでよねー」

本日2回目の「かわいくねー」という単語を呟いた荒船は静かに席を立ってどこかへ歩いて行った。せっかく話聞いてくれようとしたのに悪いことしたな…とほんの少しだけ思ったものの、すぐに視線の先に映る来馬先輩のことで頭がいっぱいになった。





突然コン、と音を立ててマウスを握るわたしの右手付近にラムネの瓶が置かれ、顔を上げる。

「え、何?帰ったんじゃなかったの」
「はあ…お礼も言えないくらい歪んじまったのか苗字は」
「別に頼んでないし、ラムネも相談も」
「まあいい、礼言われるためにやってるわけじゃねーし。とりあえずこれ飲んで少しは祭りの気分味わえよ」

荒船がわたしの機嫌を直すために買ってくれたであろうラムネをちらりと見て手に取る。蓋を開けようとするがうまく行かず、唸っていると横から手が伸びてきてうまいこと蓋が開いた。…のだが、

「ちょっ、ラムネめっちゃ噴き出てる!!」
「うおっ」

何とかパソコンは守ったものの、わたしの制服のスカートがびちゃびちゃに濡れてしまった。ただの水ならまだしも、砂糖だのなんだの入ったあまったるい水であるラムネとなると面倒である。

「わ、悪い…クリーニング代出す」
「なんかもうどうでも良くなっちゃったな」
「…」

どうでも良くなった、という言葉がわたしの機嫌の悪さMAXになったと思い込んでいるらしい荒船は、冷や汗を垂らしながらわたしを見ている。

「あー、そうじゃなくて。花火大会に行けないことに機嫌悪くなってたわたしは馬鹿みたいだし、そんなわたしの機嫌取ろうとしてる荒船はもっと馬鹿みたいって思った」
「はぁ??」
「制服ならいいよ、換装体になるから」

幸い今日は金曜日だ。クリーニング屋がどれくらい時間をかけるのかは知らないが、すぐに完成せずとも制服の替えなら家にもう一セットある。

瓶の周りもベタベタになっているラムネを一気に飲み干しカバンからトリガーを取り出した。

「んー、うまい!本当は花火見ながら飲みたかったけど」
「花火大会お前も行けばよかったじゃねーか。ログ見返すくらい暇そうだし」
「はー?ログは暇だから見返すもんじゃないの。来馬先輩のことを知る貴重な時間なの」
「あーはいはい、悪かったよ。で、何で実際の来馬さんに会える花火大会を捨ててまで画面の向こうの来馬さん見てんだ?」
「カゲだよカゲ。今日補修なんだって。三つもテスト赤点なの!隊長しっかりしてーって感じよ」
「お前やっぱり説明下手だよな。てか苗字だって赤点ギリギリ回避してるだけでカゲとあんま変わんねーよ」
「何?赤点と赤点回避は全然違うでしょ。頭いいからって下舐めてっと痛い目見るぞ」
「お前の勉強もう見てやんねーぞ」
「うそうそうそうそ!荒船ってほんとに頭いいし、わたしすっごい憧れちゃう!わたしも荒船みたいになりたーい!」

あからさまな態度のわたしにため息を吐きながら荒船は思い出したかの様にテーブルの上をタオルで拭き始める。そういえばテーブルべったべたになってるじゃん。

「カゲが補修頑張ってる中、わたし遊びに行けないから」

わたしも荒船にならって鞄の中からウェットティッシュを取り出し、べたべたになったテーブルを綺麗に拭っていく。

「別にカゲはカゲ、苗字は苗字だろ。カゲが補修なったのもあいつのせいだし、お前が遠慮することなんて、」
「だめだよ。わたし、カゲが一番なの」
「ん?でも来馬さんのことが好きなんだろ?」
「うん。来馬先輩が別役くんのことが大事なように、わたしもカゲのこと大事に思ってるの」

カゲはわたしの隊長であり、幼馴染である。
よく分かんねえ、という文字をデカデカと顔に映し出しているかのような荒船の表情に今度はわたしがため息を吐いた。

「前にね、来馬先輩とお出かけする予定があったんだけど」
「すげーじゃん」
「まあまあ、最後まで聞け?」
「別役くんがドジやらかしちゃったみたいで、その連絡が来るなり来馬先輩ったら"今日の埋め合わせは必ずするから"って言ってわたしの許可も取らず帰っちゃった」
「あー、それはまあ、お疲れ様」
「別に恨んでないよ、別役くんも勿論来馬先輩も。わたしが先輩を好きなのってそういうチームメイトのこと一番に考えるとこだし」

わたしの話を聞きながら荒船は、自分の分のラムネの蓋を慎重に開けようとしている。念のため先程しまったウェットティッシュを取り出してテーブルの上にさりげなく置いておいた。

「一生懸命おしゃれもしたし、前日だってもう楽しみで楽しみで寝付けないくらいほんっとに楽しみだったから、当時は正直ショックだったけど」
「は、想像つくわ」

カポっ、とうまく蓋を外された荒船のラムネは噴き出すことなく静かに荒船の口内へと注がれていく。出番がなかったウェットティッシュをしまうのはなんだか悲しくて、そのまま放置することにした。

「でもさ、自分の立場になって考えたら分かるかもってなって」
「自分の立場?」
「そう!カゲが怪我した、とか、また人殴っちゃった、なんて連絡きたらわたし来馬先輩に後日埋め合わせなんて言葉も言えずに走ってカゲんとこに駆けつけるもん」
「あー、それも想像つく」

ボン!と花火の上がる音がなんとなく聞こえてきた。ああ、始まっちゃったな。

「でしょ、だからわたしの根本はカゲだし、来馬先輩も別役くんや鈴鳴第一の人が大事だと思うから、なんていうんだろ……もしわたしたちがつきあえたとしても、結局の一番はお互いじゃないことですれ違っちゃうんじゃないかなって」
「……」
「まあ、先輩と付き合えるなんて夢のまた夢だしこんな想像するなんて調子乗りすぎか!あはは、慎みまーす」

来馬先輩と付き合うどころか、先輩がわたしのことを好きだなんてことありえないのに何を妄想してるんだか。いくら何でも話を聞いてくれる荒船相手でも恥ずかしくなってしまい、荒船とわたしの空になったラムネの瓶をゴミ箱に持っていこうと立ち上がる。


しかし、この後ラムネの瓶がゴミ箱に持っていかれることはなかった。


「くる、ませんぱ…え、え?あれ、花火大会は……?」
「鋼から苗字ちゃんはボーダーに残るって聞いて」
「それでせっかく甚平着替えたのにボーダー来ちゃったんですか!?え?勿体無いですよ!まだ花火上がってから数分しか経ってないし今すぐ戻った方がいいと思います!」
「ここでも花火見れるでしょ?」
「え、いや、さっき村上くんから花火を見るのにベストポジション取れたって連絡来てましたけど、絶対にここなんかよりそこで見た方が、」
「…苗字ちゃんと一緒に見たいからって言ってもきみはぼくを鋼のところに帰す?」
「へ」

何が起きているのかわからなくて荒船に助けを求めようとするも、この場には見ず知らずのC級隊員と来馬先輩しか見当たらず、荒船にやられたのだと知る。気づかないうちにラムネの瓶も無くなっていた。


「荒船くんの方がよかったかな」
「い、いえいえめっそうもございません!!逆にせっかく鈴鳴第一水入らずだったのにわたしなんかで本当にいいんですか……浴衣どころかわたし今制服汚れちゃってて換装体なんですけど」

自分で言いながらムードもへったくれもないなと笑ってしまう。いつもならば見ることのできない来馬先輩の甚平姿はとっても素敵で花火と凄く似合っているが、対するわたしはミリタリー風に作られた影浦隊の隊服を着ている。ここまでミスマッチな組み合わせはないだろう。

「苗字ちゃんさえ嫌じゃなければ、一緒に見たい」
「い、嫌じゃないに決まってます!」





「ボーダーの屋上、出られたんですね」
「うーん、本当はだめっぽい?」
「えっ」
「今日くらい見逃してくれるよ」
「来馬先輩が不良になってしまった……」

あはは。花火を見ながらわたしの返しに優しく笑ってくれた来馬先輩の横顔は、今まで見たどんな人よりも美しかった。
来馬先輩の顔に見惚れていたわたしに気づいたのか、先輩がこちらに顔を向け目が合う。

「あっ、えと…」
「ごめんね」
「…??」
「さっき荒船くんとしていた会話なんだけど、実は近くの席で聞いちゃってたんだ」
「っうぇ!?」
「荒船くんに擦り付けるつもりはないんだけど"いい話聞けますよ"って連絡もらって……」
「そ、そうだったんですか…いいんですよ!あの場には荒船以外にも人はいましたし、誰が聞いててもおかしくない状況だし…近いうち来馬先輩の耳に入っていたかもしれないですし!というかむしろ…わたしこそ来馬先輩がいないところで先輩のお話しちゃってごめんなさい」
「ううん、それは全然…うれしかったし」

うれしい…とは。花火の弾ける音をBGMに二人きりの屋上でそんなこと言われたら勘違いしてしまいそうになる。

「ぼくが太一を優先してしまうことを理解してくれるの、とっても嬉しかったよ」
「あ、ああ、そっち…」
「ん?」
「い、いえ!…そりゃあ勿論ですよ、別役くんは危なっかしいから心配になるのも分かります。自分の隊員なら尚更ですよね」
「うん。この前の苗字ちゃんとの予定を台無しにしてしまったの、実はずっと気になっていて…」
「そうだったんですか?!さっきの会話お聞きになってたみたいですしアレですけど、わたしなら全然!」
「ありがとう…。だからぼくもね、影浦くんを優先する苗字ちゃんのこと考えてみたんだ」

せっかくの花火大会なのに、花火になんか目もくれずわたしたちは向き合っている。なんともったいない。しかし花火より、何よりも貴重なのは来馬先輩との時間であろう。


「ぼくも、影浦くんを大事に想う苗字ちゃんのことが好きだから、全然気にならないって思ったんだよね」
「それはありがとうござ……えっ、今、なんて?」
「ぼくも影浦くんを大事に想う苗字ちゃんのことが好きだから、大丈夫って」
「……は!?い、いや、嘘ですよね?来馬先輩がわたしのこと……す、すきだなんてううう、うそ、うそですよね?いや、来馬先輩が嘘なんか吐くわけない…そんな人じゃない…でっ、でも、信じがたい……え、わたしで合ってます?苗字ってどこの苗字さん?同じ苗字の人いるっけ…」
「お、落ち着いて!?」

あわわわわ、と混乱しているわたしの両肩に来馬先輩の両手が乗る。そこでハッと現実世界に引き戻されるわたし。


「ぼくがすきなのは、目の前にいる苗字名前ちゃんだよ」
「わっわたしも来馬先輩が好きです」
「えっと……その、苗字ちゃんさえよければ、ぼくと付き合って欲しい、な…」
「ほ、ほんとに、わたしでいいんですか」
「うん、苗字ちゃんがいい。…苗字ちゃんこそぼくで良い?」
「あたりまえです!!!もう、ずっと好きだったんですよ……」
「ぼくもだよ」
「う、っそだあ……!?」
「ぼくが嘘吐く人じゃないって苗字ちゃんが言ってたのに」
「そ、それは…」
「……名前ちゃん」
「っはい!」
「こっち見て」

来馬先輩に言われるがまま、顔を上にあげると先輩の顔が至近距離まで迫っていた。
これって、キス……!?綺麗な花火を背景にキスとか最高のムードじゃん!と興奮しながらも恥ずかしさのあまり、ズボンをぎゅっと掴んだわたしは手の感触に軽く首を捻る。


あ、わたし今換装体じゃん。


「ま、待ってください…!」
「……い、いやだった……?ごめん、ちょっと急ぎすぎたかな…」
「ち、違うんです!来馬先輩とちゅーはしたいんですけど、違うんです!!ほら、わたし今換装体じゃないですか…その、……リアルのわたしで来馬先輩とちゅーしたいな…みたいな。だ、だから先輩を拒んだわけではないんです、け、んお!?」

だんだん語尾が小さくなっていくわたしの言い訳は花火の音で掻き消されておらず来馬先輩の耳に届いているのだろうか、そう思いながらも先輩の顔を見られず視線を斜め下に彷徨わせていると、突然抱きしめられ体が爆発しそうになった。もちろん換装体なので温もりも何も感じることはできないのだが。

「せっ、せせ、センパイ…!?」
「かわいくてつい……」
「そ、そんなこと…ないれす…………」

耳元で嬉しそうな来馬先輩の声が聞こえてきて溶けてしまいそうになる。



「来年の花火大会は、お互い何も不安要素がなければだけど…また二人で見ようね」
「もちろんです!カゲを放置してでも来馬先輩を優先します!」
「ええ!?」



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