※辻がキャラ崩壊気味。何でも許せる人向け


ボーダーの防衛任務が終わり、自宅に帰った俺は手洗いうがいを済ませたのちテレビのリモコンを手に取った。お腹の虫が空腹を伝えるべく鳴いていたが、そんなのはどうでもいい。後回しだ。

録画一覧から最新の番組を選択し、再生すると五人組のアイドルがステージ上で歌い始める。

「か……かわいいっ!」

センターで可愛らしく、でも手も抜かずにしっかり踊っているひとりの女の子を必死に追いかける。
しかし、この映像は色々な角度から撮影されたものを切り替えながら放送されたものであり、一曲まるまる彼女を見つめることはできないのであった。

このアイドルグループのライブはかかさず参戦しているものの、このようなテレビ番組の番組協力という類の現場はなかなか行きづらい。ライブであれば基本的に金曜日の夜や土日に開催してくれるのだが、番協となると平日の昼間だったり、前もって日時が明記されていないことも当然のようにあったりするため、学生かつボーダーに所属している俺は軽い気持ちで番協に応募することは出来なかった。


それにしても名前ちゃんは今日も可愛いな。今回の新曲は可愛らしくも切ない失恋ソングだったため伏目がちに歌ったり、憂いを帯びた表情をしたりと、いつも可愛い全開の彼女と異なり新鮮でとても良かった。
もう既に何度目か分からない巻き戻しを駆使し、名前ちゃんを見返す。
切なそうな顔も可愛いけど、でも、俺ならそんな悲しい顔をさせないのに……なんて。俺ではまずまともに話せないか。












「辻ちゃんおつかれー」
「お疲れ様です」
「なんか辻ちゃん今日クマ凄いけど、もしかしてまた夜更かししたでしょ」
「…いえ」
「いやいや!クマ凄いよ?鏡見なよ」

犬飼先輩は笑いながら小さなミラーを差し出す。鏡を持ち歩いている男性隊員はおそらくこの人しかいないのではなかろうか。
犬飼先輩が持つにしては可愛らしいそれを不思議に見ていると、「それ俺の姉貴から貰ったやつだからね」と訂正された。心を読まれた気分になり、恥ずかしく思いながらもミラーを受け取り自分の顔を覗き込む。

「確かに…クマ凄いですね。まあ、換装体になれば問題ないです」
「そうだけど…。どうせまた苗字ちゃんの動画見てたんでしょ」
「なっ!?そ、その話は作戦室か二人だけの時にして下さいと…!」
「いやー、ここ誰もいないし大丈夫でしょ」

ケタケタと面白そうに笑う犬飼先輩を睨み付ける。個室でも何でもないボーダーの廊下でこんな話をするのは本当にやめていただきたい。誰が聞いているか分からないのに……。誰かに聞かれていたら終わりだ。

「辻ちゃん気にしすぎだって!!」
「犬飼先輩が気にしなさすぎなんですよ!」

なぜここまで俺が名前ちゃんの話をしたくないかと言うと、

「あれ?辻くんと犬飼先輩だー」
「◎△$♪×¥〆&%#っ?!」




……そう、俺の推しがボーダーにいるからである。


「お疲れ苗字ちゃん」
「お疲れ様です!」
「ぁ、ぉ、…ぉつ、かれ…っ」
「うん、おつかれ!」

まともにお疲れの4文字すら言えない俺に対しても、にっこり笑顔でおつかれと返してくれる推し、天才すぎる。テレビで見ても生で見ても変わらない可愛さ。今日は私服姿みたいだ。ボーダーで会う名前ちゃんは基本的にオペレーターの服を着ているか学校の制服を着ているため、なかなか見る機会のない私服姿にときめきが止まらない。

世のファンたちはどんなに高いお金を払ってもアリーナ席とステージの距離を取っ払うことが出来ないのに、俺は彼女と1メートル圏内でこうやって面と向かって話をすることが出来るのだ。まあ、俺が女性恐怖症のせいでロクに話をした試しはないのだが。


「この後のランク戦まで時間ありますよね!二宮隊のお二人はいつもランク戦の前は何をしているんですか?」
「えー、食堂でちょっとお茶飲んで駄弁ったり、戦闘訓練したりしてるよ」
「へー!そうなんですね。二宮さんもだべったりするんですか?」
「あぁ、二宮さんはお茶会には参加しないよ」
「あ、ですよね!でも、お茶会してる二宮さんちょっと面白そうで見てみたいです」
「うーん、誘っても来るかな」
「あはは、なかなかいらっしゃらなそうですよね。もし二宮さんもご参加される時はぜひ教えてください!」
「いいけど、なに?苗字ちゃんって二宮さんがタイプなの?」
「っぇ…!?」

ずっと二人の会話を黙って聞いていた俺だったが、流石に驚きのあまり先輩に向かって声を出してしまった。質問されたのは名前ちゃんなのに俺が反応するなんて、おかしいと思われたらどうしよう…。恐る恐る名前ちゃんの方へ顔を向けると、何とも思っていなさそうな顔をして首を左右に振っていた。
よ、よかった…。

「わたし年上NGなんです」
「あらら、二宮さん可哀想に」
「犬飼先輩もですよ!」
「あ、そっか俺もかー、ショックだな」
「えー?全然ショックそうに見えませんけど」
「おれは顔に出にくいだけで本当はもう心の中で大号泣してるよ」
「犬飼先輩っていつか詐欺しそうですね!」
「聞き捨てならないなあ」

名前ちゃんと普通に会話出来る犬飼先輩を狡いと思う反面、犬飼先輩がいなければ推しを堪能できる時間が取れていないため、感謝の気持ちもある。後で何か奢ろうと思った。

「年上じゃなきゃいいってことは、年下はどうなの?」
「あれ?わたしのことそんな興味深いですか?」
「勿論!で、どうなの?」
「うーん、年下は時と場合によりますね」
「なるほどね、じゃあ同い年の辻ちゃんなら大丈夫なわけだ」
「えっ」
「!?!?!?」

爆弾発言をした当の本人はけろっとした顔をしているが、俺はと言うともう人に見せられるような表情をしていない気がする。もう、顔から湯気が出そうなほど熱く、おそらく耳まで真っ赤になっているだろう。怖くて名前ちゃんの顔を見ることができず、犬飼先輩の方を向きながらあわあわしていることしかできない。


「あれ、反応悪いね」
「…あっ、いえ…辻くんがわたしのことダメだと思うんですが……」
「っそ!?そん、なことっ…なぃ、……!」

全力で否定したが、俺の全力は「対女子」では効果を発揮しない。無理して否定したように感じ取られてしまったかもしれない。でも、これ以上否定しても名前ちゃんに伝わる気がしない。もう終わりだ…。


「えー!無理はしないでね?…ああ、そうだ」

名前ちゃんはなにやらモゴモゴと鞄の中身を漁ったのち、ふわふわした猫の手のようなものを取り出した。な、なにそれ。そんなの持ち歩いてるの?可愛い……。
しかし、かわいいのはまだまだ始まったばかり。その猫の手のようなものは手袋のような形状をしており、名前ちゃんはそれを手にはめ、なんと俺の手を掴んだのだ。


「っっぇ、ぁ!?!?ぇっ、あっ、ぁ…!?」
「辻ちゃんパニクりすぎでしょ」
「あちゃー、これでもダメだったか……」
「どゆこと?」
「あぁ、辻くんって女の子苦手じゃないですか。だから手袋越しならいけるかな?って思ったんですけど…」

驚きで言葉を発することも動くことも出来ない俺は、推しの手の感触を布越しにひたすら感じとっていた。

「でも、わたしのことダメじゃないって言ってくれたからには、ひゃみちゃん相手みたいに話してもらえるようになれればと…ついでに辻くんのことも笑顔にさせたい!」

何たってアイドルですからね!と腰に手を当てて胸を張る名前ちゃんというだけで可愛くて天才で尊いのに、手が猫のままというオプションが付いたことにより、俺の頭は爆発寸前だった。今のうちに目に焼き付けておかねば。

「あ、もちろん迷惑だったり、本当に嫌だったら言ってね、正直に!人が嫌がることはしたくないから…」
「そ、その…」
「うん」
「ぃ、い…ゃ、じゃ、ない…です…む、むしろ、ぅっ、うれし、かっ、た…か、ら…」
「ほんと!?」

またもや猫になった名前ちゃんの手が俺の両手を包み込む。俺を殺す気なのか…?緊張と興奮で呼吸が荒くなる俺に気づかない彼女は、俺の手を握ったままブンブン振りながらわーい!と声を上げる。可愛すぎだろ……。

名前ちゃんの手の温もりを感じていたのも束の間、彼女は手をパッと離し手袋も外していく。もう少し握っていたかったが、仕方ない。これ以上握り合っていたら俺が大変なことになっていた。思い返せば数時間後にはランク戦が始まっているのだから。


「はいチーズ!」
「へ!?」

ぱしゃり、彼女のスマホからシャッター音が鳴った。

「どれどれー…あ、辻くん表情硬いよー!」
「ぁ、ぇ、っえ、…しゃしん…!?」
「まあ、はじめてだし仕方ないか。いつかは笑顔でツーショ撮ろうね!」
「へぁ…!?」

予想もしない出来事が重なりすぎて、ついに俺は思考するのをやめた。

名前ちゃんがテレビの向こうでもボーダー内でもコミュ力が高く、誰とでも仲良く話しているところを見る機会は何度もあったがまさか俺までその面々に仲間入りすることになろうとは、誰が予想していたであろうか。いたとしても迅さんだけだろう。

一年分のびっくり体験をした俺は、隣でにこにこ携帯をいじる名前ちゃんを他人事のように見つめていた。

「はい!これわたしのQRコード」
「…?」
「ラインの友達!さっきなろーって言ったらうんって頷いてくれたでしょ?」
「へっ、」

俺がぼーっとしている間に彼女と連絡先を交換する流れになっていたらしい。アイドルとファンが連絡を取り合うなんて許されるのか分からないが、職場の同僚ということで何とか…大丈夫…だと思いたい。


「よし、追加完了!ありがとう」
「ぃっい、いえいえ!ぉ…おれこそ…ありが、とぅ……」
「あっ、そうだ!一番大事なこと言い忘れてたよ。今日のランク戦の解説、わたしなんだー。辻くんの活躍、楽しみにしてるね」
「…!?」

ぱちりとウィンクをした名前ちゃんは俺に手を振って去って行く。
色んな意味で今にも倒れそうな俺の肩を壁で何とか支えていると、いつの間にか居なくなっていた犬飼先輩がしれっと俺の隣に立っていた。

「い、犬飼先輩……」
「お疲れ。苗字ちゃんと頑張って話せたご褒美に一ついいこと教えてあげようか」
「な、何ですか」
「名前ちゃんって同じ隊の男の子にも触れないらしいよ」
「え?」
「あとあの猫の手袋も、毎日持ち歩いてると思えないよね。今夏だし」
「あ、あの…」
「ワンチャンあるかもね」
「っっ!!」

この後のランク戦、めちゃくちゃ活躍しよう。


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