樫尾



「もうむり!!!!」

訓練室にわたしの叫び声が響き渡る。

《お前がやりたいって言ったんだろー?》
「いややりたいとは言ってないですよね?わたしの願望をこんな形で叶えられてるって思ったんなら曲解しすぎですよね?だいたい柚宇ちゃんもこんな悪ノリに乗らなくていいから!」
《えーー?結構面白かったのに》

訓練室のスピーカーから、太刀川さんの覇気のない声と柚宇ちゃんの楽しそうな声が降ってくる。太刀川隊はこういう隊だった。

「とにかく、訓練室出るからね!的元に戻しておいてよ」
《はーい》


さまざまな樫尾くんの姿にされた的が、シュッと元の無機質な的に戻るのを確認してわたしはトリガーをオフにした。


「これ考えたの太刀川さんでしょ」
「よく分かったな」
「太刀川さん以外いないんすよ、うちの隊でこういう提案する人」
「でも結構良かっただろ?」
「……最初だけね」
「的いじるの面白かったからまたやろうかなー」
「柚宇ちゃん、やるとしても樫尾くん以外でね」
「おけー」


太刀川隊の作戦室で柚宇ちゃん、太刀川さんとFPSのゲームをしていた時のことだった。わたしが「樫尾くんの心を射抜きたい」と零した言葉を聞いて「任せろ!」と答えた太刀川さんに言われるがまま訓練室へ入ったら、射撃用の的が全て樫尾くんになっていたのだった。

「射抜きたいってのはそういう意味じゃねーーーよ!」









「お前、樫尾のどこが好きなんだ?てか、お前が樫尾を好きになるのって犯罪じゃね?やめとけよ」
「シメますよ」

確かにそうだ。わたしは18歳、樫尾くんは中学生…え、何歳だっけ。なんにせよ3歳は歳が離れているだろう。犯罪かもしれない。

「王子隊の隊服、かっこよくないですか?」
「確かにかっけーよな」
「白い手袋、堪らんのですよ。あの手袋越しに手握られたい」
「握ればいいじゃんか。…あ、でも捕まるか」
「ねえやめません?その犯罪者扱いするの。……なかなか樫尾くんと関わる機会がないので、そうもいかないんですよ」

そう、樫尾くんとは年齢も異なれば学校も違う。隊も違えば級も違うし、わたしがスナイパーなのに対して彼はアタッカー。悲しいことに何一つ共通点がないため、樫尾くんと話すきっかけ作りがかなり難しい。
彼の所属する王子隊と接点を持とうにも王子隊のメンバーにはスナイパーがいないので、あまり戦術の話や訓練の話も出来ず、断念した。わたしの気持ちに勘づいているらしい王子くんは時々わたしに絡んでくれるので、今では王子くんだけが希望の星だ。


「機会がないんじゃなくて作るんだよ。例えば、勉強教えようか?とか。あ、家庭教師とかいいんじゃね?お前教え方上手いし」
「樫尾くん成績優秀すよ…それに蔵内くん差し置いてわたしが勉強教えるっていうのもなぁ」
「もういっそのことアタッカーにも挑戦したらどうだ?オールラウンダー目指すとか言い訳しときゃいいだろ」
「うんだから太刀川さんいるのに他の隊にアタッカーの教えを乞うっていうのは」
「いやいや、お前俺のことなんだと思ってんの?アタッカー一位だぜ?」
「知ってますけど」
「アタッカーこれから始めようって奴が、一位に教えてもらおうなんていろいろ無理があるだろ」
「確かに…」

太刀川さんにしては理屈の通ったいいこと言うじゃん。その言い訳なら怪しまれずにお近づきになれるかもしれない。
よっ!太刀川さん!と適当にヨイショし、作戦室を出た。









「うーん、なんも考えずに飛び出してきたけど、どこにいるのかわかんないや。…しかも、これ勝手に入って良いんだろうか」
「おや、噂をすれば苗字」
「うわさ?」
「…なんでもないよ。それより、アタッカーの合同訓練室になんの用かな。人探しかい?」

訓練室の扉の前で唸っているわたしに声をかけたのは王子くんだった。そして、ありがたいことにその後ろには樫尾くんが立っているではないか!人探しっちゃ人探しだが、もう目的達成しました!


「いや、アタッカーも齧ってみようかと」
「それで単騎で乗り込んできたと」
「思い立ったが吉日って言うでしょ?右も左もよくわからないけどとりあえずアタッカーの人に教えを乞おうかと」
「…なるほどね。教えてあげようか」
「えいいの?!」
「カシオがね」
「えっ」
「自分ですか?!」
「ぼくはこのあとイコさんとソロランク戦する予定だからね。カシオも人に教えることで自分の身につくだろうし。いいことだと思うけど」

ね?苗字はそれでいいよね?
王子くんの濁りなき綺麗な瞳がわたしを射抜く。わたしより彼の方がスナイパー向いてるんじゃない…。
わたしのやろうとしていること全てお見通しであろう王子くんは、有無を言わさずわたしと樫尾くんを訓練室の中に押し込んだ。


「…ええっと、おれでよければお教えしますが、大丈夫ですか?」
「いいの?!」
「勿論です。でも、荒船先輩や村上先輩の方がおれより、」
「ううん!樫尾くんがいい!」

樫尾くんの言葉を遮って彼の手を掴む。よし、手袋越しに握るのクリア。樫尾くんの手、結構ゴツゴツしてて男の子の手だ。…なんか照れてきた。

「わ、わかりましたから…!手、を…」
「あっ、ごめんね」

換装体のため二人して顔を赤くしながら、ということにはならなかったが、もしかしたら樫尾くん結構いけるかもしれん。なんて、都合よく捉えすぎかもしれないが。








ベイルアウト!ベイルアウト!ベイルアウト!ベイルアウト!

…何度聞いたかもわからないベイルアウトの声に、自分に才能の無さを感じる。というか、わたしが今日的にされた樫尾くんを撃った回数よりもやられている気がする。

「くう……わたし、アタッカー向いてない…」
「そ、そんなことはないですよ…多分」
「カシオ、優しさは時に人を傷つけるものだよ」
「お、王子くん?いつの間に」

二人きりの訓練室に、もう一人の足音が鳴った。

「見てたよ。苗字ってば本当にアタッカー目指す気あるの?」
「うっ……」
「まあ、人には向き不向きというものがあるからね。きみはアタッカーなんてやらずともA級一位のスナイパーなんだ。自信を持つといい」
「はい……」
「さて、二人とも疲れただろう。このあと少しお茶をしないかい?」







「これはね、最近ぼくが気に入っている紅茶なんだ」

王子くんが優雅に紅茶をティーカップに注いで言う。口元にカップを近づけずともいい香りが漂ってくる。初めて王子隊の作戦室にお邪魔させてもらったが、うちの作戦室とはかなり異なってとても落ち着いた場所だった。

「落ち着く香りだね」
「苗字はこの茶葉の花言葉を知っているかな?」
「え?紅茶にも花言葉がそれぞれついてるの?」

わたしの質問には答えず、カップを手に取り静かに紅茶を飲む王子くん。花言葉なんて無縁だから全く知らなかった。樫尾くんなら知っているかもしれないと思い、チラリと彼を見る。
えっと驚く樫尾くんの反応を見て、彼も知らないのだと悟る。分かるわけないよなぁ。

「分かんないや」
「まあ、きみが知るわけないよね」
「うん?一言多いな」
「純愛」
「?」
「ダージリンの花言葉は純愛だよ」
「へえ」

純愛という言葉からついこの前流行っていた映画のセリフを思い出しながら、わたしもゆっくりカップを近付ける。

「おいしい!」
「それはよかった」
「あ、じゃああっちの箱の茶葉の花言葉は?」
「純愛だよ」
「え、そうなんだ。じゃあそっちのは?」
「純愛だよ」
「…えっと…全部純愛なの?…王子くんってロマンチストだね…」
「…苗字先輩を揶揄うのはそのくらいにしませんか…」
「カシオは知っていたんだね。流石ぼくのメンバーだ」

どういうこと?????頭の上にいくつものはてなマークを浮かべるわたしを見て、樫尾くんは茶葉の説明をしてくれた。
紅茶もお茶も、全て同じ茶葉から出来ているそうだ。そのため、どの紅茶もお茶も同じ花言葉であるとのこと。


「王子くん、ひどい」
「物知らずで素直な苗字が面白くてついね」
「いい性格してるよね…美味しい紅茶に免じて許すけど!」
「紅茶が美味しいのは当たり前だけれどね」
「…………」
「おや、もうこんな時間だ。そろそろ帰るといい」
「うわ、ほんとだ。樫尾くん今日はありがとうね。せっかくの貴重な練習時間をセンスのセの字もないわたしなんかに割いてもらっちゃって…申し訳ないと思ってます…」
「いえ!苗字先輩となかなか関わる機会がないので、今日はとても有意義でしたよ」
「ほんとに!?」
「はい。それに、スナイパーとしては優秀な苗字さんが、アタッカーになるとその、…」
「てんでだめなところが面白かったんだって」
「ちょっ!そ、そこまでは言っていませんよ!ただ、新しい一面を見られて嬉しかったと言いますか…」
「樫尾くん、ほんといい子だね…お気遣いありがとう」
「いえ、自分は本当のことを……」
「さ、カシオ、もう暗いから苗字のことを送っていってあげてね」
「はい!」
「ん?????」










王子くんの粋な計らいにより、樫尾くんと一緒に帰ることになったわけだが、そろそろ樫尾くんを摂取しすぎてわたしがどうにかなりそうであった。

樫尾くんの隊服姿もかなり最高であったが、制服姿も非常に…良い!凛々しい顔をしながらアタッカーとして戦う彼も、ボーダーの外ではまだまだ普通の中学生であり、少年である。


「あの、なんで苗字先輩は突然アタッカーもやってみようって思ったんですか?」
「…わたしがもっと仲良くなりたいなって思う子がアタッカーにいたからなんだ」
「そうなんですか?」
「そう!学校も年齢も隊も級も全然違うから、話すきっかけ作りたくて」
「……奇遇ですね」
「え?」
「おれも、同じ状況なんです」
「そうなの?!うそー!だれだれ?わたし自分で言うのもなんだけど結構人脈あるからうまく取り計らおうか?」

まさか樫尾くんもわたしと同じようにきっかけを探している人だったとは。アタッカーになってみようと思ったわたしのことも理解してくれるだろう。よかった。

「助かります。苗字先輩も知ってる方なんですけど」
「うんうん!」
「三門市立第一高等学校の人で」
「お、わたしもそこの生徒だよ」
「スナイパーで」
「えっ、スナイパー?!」
「はい」
「それならわたしの得意分野じゃん!今すぐにでも連絡取ってあげられるよ」
「……」
「どうかした?他の情報はある?」
「…いえ、その人はA級です」
「A級のスナイパーでうちの高校かぁ……誰がいたっけな」

うんうん唸りながら腕を組んで街頭の月明かりの下を歩く。

「当真くんだ!」
「いえ、違います」
「じゃあ奈良坂くん!」
「違います」
「えー…あ、わかった!佐鳥くんでしょ。あの子フレンドリーだし、わたしの仲介なしでも、」
「違いますよ」
「えっ????でも、うちの高校でA級のスナイパーって言ったらこの面子しか…」
「本当に全員言いましたか?まだ一人言ってない人いると思いますけど」
「ええ…わたしの知らないうちにA級のスナイパーになった人いたっけ…」
「………」

A級のスナイパーを頭の中で思い浮かべる。が、やはり今言った人以外に心当たりのある人はいなかった。樫尾くんには悪いが、多分彼が何かしら勘違いしているとしか思えなかった。だって、わたしの知ってる人で…ん?わたし?わたしスナイパーだな。三門市立第一高等学校だな。A級、だな。え、まさか、ね。


「樫尾くん、」
「はい、やっと思い浮かびましたか?」
「その、自惚れだったら恥ずかしいんだけど…」
「いいですよ」
「…えー、あー、の、…わたしだったり、して…」
「正解です」
「うそだ…樫尾くんみたいなしっかりした子がわたしなんかに興味湧くはずない…」
「もっと自信持ってくださいよ…。苗字先輩が絶賛するおれの好きな人なんですから」
「すっ、すきい!?!?」
「苗字先輩、結構表情豊かなんですね。…可愛いです」
「かわっ、」

こ、怖い。この後輩、大人しい子だと思ってたのに、めちゃめちゃぐいぐいくるが…?!

「で、苗字先輩のもっと仲良くなりたいアタッカーって誰ですか?おれは答えたんですから先輩も答えてくださいね」
「ひい……。ち、中学生で、B級の、」
「おれですか?」
「もっと謙遜したら!?」
「あれ、俺じゃないんですか」
「そうだけど!!樫尾くんだけど!」
「なら良いじゃないですか。おれ、嬉しいです。名前先輩と両思いだったなんて」
「な、なまえ……」
「あ、そうだ。もうアタッカーになろうとなんてしませんよね?」
「…ま、まあ、…わたしにはセンスなかったし、もうアタッカーやる理由もないし」
「ならよかった。全然ダメダメなアタッカー姿も可愛かったので、他の人に見せたくないんです」
「も、もうやめて…………」


そういえばわたし、犯罪者なっちゃうんじゃ…。何故かふと先程太刀川さんとした会話を思い出したわたしの左手が、なんの躊躇いもなく握られ驚きから横を向く。

「名前先輩いまおれ以外のこと考えてました?」
「え!?ううん」
「おれといる時はおれのことだけ考えててくださいね。おれなんか、一緒にいない時もずっと考えてたんですから…」
「っむ、むり……しぬ………………」



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