静まった教室で、許されるのはシャーペンや紙から発せられる物音のみ。何を隠そう絶賛高校生活初の中間試験真っ只中である。しかも、物理の。
と言っても試験時間は残り十分であり、私はというと見直しを済ませて後はチャイムの音を待っているところだ。そして、試験の最終日であり最終科目ということでそのチャイムさえ鳴れば私達は晴れて中間試験から解放されるのだ。





「はい、そこまでー。ほら、ペン置いた置いたァ」

私達の試験中、ジャンプを読み耽っていた坂田先生の声がチャイムと共に聞こえ、生徒達は一斉に動きを止めた。

先生の合図を受けて列の最後尾に座っている生徒が前の席の生徒の答案用紙をまとめて先生の元へ持っていく。



長かった。一週間前、想像以上にスパルタだった朧先生と物理漬けの毎日を過ごしてきた私は今回のテストに手応えを感じ、平均点以上は取れているのではないかと少しワクワクしている。それだけでなく、試験時間内に余裕を持って見直しが出来るなんて初めてのことで凄く嬉しかった。


赤点必至だなんて思っていたあの頃は、先生も赤点回避の為にマンツーマンで基礎を重点的に教えてくれたのだが、先生曰く私は飲み込みが早いらしくお前ならもっと高みを目指せる!と言わんばかりに数段階上レベルに当たるであろう応用問題まで解かされる羽目になった。おかげでスイスイ試験問題を解けたので良いけれども。あの日々は地獄だった。寝ても覚めても物理の数式や単語が頭の中を駆け巡り、挙げ句の果てには親からは「アンタ寝言で訳わかんない単語言ってたよ」と指摘される始末。

しかし、そんな日々ももう終わりだ。両手を広げて伸びをする。背中や肩から鳴るポキポキという音がちょっと感慨深く感じられた。



生徒全員分の解答用紙を集め終えた坂田先生が教室を出ていくのを確認した私は隣の席に体を向けた。

「信女ちゃん、お疲れ様」
「なまえも」
「どうだった?」
「まあまあ」
「そっか!あぁ、ほんと疲れた!そうだ、今日帰りマスド寄って帰ろ」

コクリと頷いた信女ちゃんに笑顔を返して、机の上にあるもの全てを鞄に入れていく。



マスドの新作を頭に思い浮かべながらホームルームを終え、信女ちゃんと共に廊下へ出ると朧先生がこちらに向かって歩いてくるのが目に入る。誰か他の生徒に用があるのかもしれないが信女ちゃんに少し待っててとお願いし、先生の元へ駆け寄る。


「朧先生!」
「廊下は走るな」
「すみません!」
「風紀委員が聞いて呆れるな」
「いやあ、まあなりたくてなった訳じゃないんですけどね。それはそうと、物理の試験さっき終わったんです」
「知っている」
「あ、そっか。それでですね!私的には平均点は超えたと思うんです!」
「馬鹿か」
「あいたっ」

先生に脳天をチョップされ、痛いと声を漏らしたが実際はそこまで痛くなく、手加減してくれたのだと思う。それでもほんのちょっと痛かったが。

「平均点を超えて喜ぶようではまだまだだな」
「えぇ……」
「あんなに物理だらけの日々を過ごしてきたんだ」
「それはそうなんですけど、あんまり高く見積もると実際の点数見たときにショック受けちゃうかなと思いまして」
「ハァ。お前の為にこの一週間尽くしてやったのだから八割取れていなかったら許さんぞ」
「うぇ?!今それ言うんですか?!えー……そんな大事なこと、試験始まる前に…いや、一昨日くらいの時点で言ってくださらないと!!」
「言わなくてもそれくらい分からんのかお前は」
「なっ、分かりませんよォ!!!」
「なまえ」
「信女ちゃんも先生に何とか言ってよぉ〜。って、アレ?あっちで待ってるんじゃ…」
「遅いから来た」
「あ、ごめんね!!…あの、今回は本当にこの後用事あるので失礼しますね。あと、そのう……結構頑張ったので八割いってなくても罰ゲームとかは勘弁の方向でお願いします!!!……あ、あぁ、分かった分かったごめんね信女ちゃん」

信女ちゃんに右腕を引っ張られ、先生に体と顔を向けたまま後ろ歩きで先生に懇願するというなんとも間抜けなスタイルだったが大目に見てもらいたい。






「……ご、ごめんね?ちょっと長話し過ぎたよね」

朧先生に一言挨拶するつもりが思ったより長く会話をしてしまったことに信女ちゃんは怒っているのだろう。表情はいつも通り無であったが彼女の機嫌が良くないことをひしひしと感じる。

「違う」
「え、違うの?………ん?違うって何が?」
「朧」
「朧先生がどうかした?」
「仲良かった」
「あぁ、そうなんだよね。ここ最近物理教えてもらっててさ」
「私が教える」
「え、信女ちゃん物理得意だったの?」
「得意じゃない」

信女ちゃんの言ってることがちぐはぐだったものだから、お笑い芸人さんがよくやる椅子からズテンと落ちるような伝統芸をしてしまった。

「あ、じゃあ私が逆に教えてあげればいいのかな?任せてよ!朧先生にみっちり教え込まれたから、ってイヘヘヘヘヘ!!ははひへ!?」

突然立ち止まった彼女は私のほっぺに手を当てたと思えば思いっきり引っ張ったのだ。痛い!結構容赦ない!!剣道をやっていたから握力も強いのだろう。

信女ちゃんの手を引き剥がすと、やっと手が離れてくれたので頬をさすりながら軽く睨む。

「どうしたの、突然」
「別に」
「いや、意味もなくほっぺ引っ張られるのは心外だなあ?!」

少し前の会話を思い出す。朧先生と仲良かったことについて言っていたな。まさか、信女ちゃんヤキモチを?いやいや、そんなわけないよね。

「信女ちゃん、もしかしてヤキモチ焼いたの?かわいいとこもあ、いっいひゃいっへはァ!!!」
「自意識過剰」
「ほへん!!ほへんへ!!」

またさっきと同じ頬を強く引っ張られてしまった。言葉になっていない「ごめん」を連呼して頬を解放してもらう。
信女ちゃんの彼氏になる男の人は大変なのかもしれないとまだ見ぬ人影に同情した。


「ポンデリング一個」
「それで許してくれるの?」
「考えておく」


結局何故不機嫌だったのかは分からなかったが私は都合のいいことだけ考えて生きていきたいので、信女ちゃんがヤキモチ焼いちゃったことにしよう。もう、信女ちゃんってば私のこと大好きなんだから〜。


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