私が一人で勝手に勘違いをして暴走していたことが判明し顔が熱くなった。私は今、耳まで真っ赤だと思われる。


準備室に置かれている椅子を引いた先生に席に座るよう促されたので、私は一礼し音を立てぬよう静かに座った。


「みょうじは少し早とちりする傾向があるんだな」
「……失礼しました」
「構わない。私も勘違いされるような物言いで悪かった」
「え!いや、謝らないでください本当に……」

とりあえず顔が火照って仕方ない私はパタパタと手で顔を扇ぐ。それを見た朧先生は缶コーヒーを二つ手にして私と向かい合わせになるように座った。もしかして遠回しに喉乾いたから飲みモン持って来いやという仕草に見えてしまったのではないかと思い、すぐさま手を膝の上に乗せた。

「時間は大丈夫か?」
「あ、はい!」
「ならいい。コーヒーは飲めるか」
「あっハイ!」

微糖とパッケージに書かれた缶コーヒーを受け取る。今ここで飲んで良いのか悩んだが先生がプシュ、という音を出してコーヒー飲んだので私も後を追ってプルタブを開けた。

「物理のノートは今持っているか」
「あ、はい」

緊張すると「あ」と「はい」の二文字しか言えなくなる自分が嫌になる。自己嫌悪に陥りつつ鞄から油性ペンで"物理"と書かれたノートを取り出し先生に渡す。

「ふむ。……板書は勿論、私が口で言ったことまできちんと書けているな」
「……は、はい」
「みょうじはこのクラスの中で一番真面目に授業を受けている」
「え!?」
「何を驚いている」
「いえ……その、そうなんですか?私正直周りを見ている余裕もなくて分からないんですけど…」
「周りを気にする暇もないことこそが証拠だろう」
「そう、なんでしょうか……」

違うんです、先生。いや、真面目に受けてはいるけれどもノートを取ることに必死なだけなんです!先生めっちゃ器用かつ高速人間すぎるから!!

「一生懸命ノートに噛り付いているのも確認していたが、これを見るに内職をしているわけでもなく毎回集中してノートも取っていることが分かった」
「は、はあ……」

努力をここで評価してもらえるのはありがたかったが、授業態度も良し、ノートも良し、となればどうして物理が出来ないのか謎に思うだろう。


「ここまで出来ていて何故ドリルの出来が悪いのだろうか」

ホレ見ろこう来たよ!!!

こうなったら正直に授業方針について申し上げるしかないのかもしれない。私のためだけではなく、きっと他の生徒や先生のためにもなるはずだ。きっと……。


「えっと、ですね。学外で物理のノートを開くのは課題を消化する時だけというのが大きな理由だとは思うのですが……その、」
「その、何だ?」
「た、大変申し上げにくいのですが……板書が速くてですね……それと、先生は黒板に文字を書きながら説明なさるので、書くことと説明を聞くことのどちらかを捨てなければならず……その為、授業の内容を頭で理解することが出来ていないと言いますか……あはは。その……すみません……そういうことも私が不出来な理由の一つなのかなぁと、責任転嫁であることは承知の上で勝手ながら思わせて頂いて、おります……」

ひと回りほど年下の、それも新入りの生徒がすごく偉そうなことを言っている自負があり、申し訳なさと怖さから段々声が小さくなっていき、言い終わる頃には蚊の鳴くような声になっていた。それに、国語教師が聞いたら完全に怒ってきそうなめちゃくちゃな言葉だっただろう。

「そうか」
「ご、ごめんなさい!いや、その、多分私が復習しないのが一番の原因なのであんまり気にしないでもらって大丈夫というか一個人の意見として参考に、いや参考にしなくて良いですほんと偉そうにすみませんでした!!」

静かに発せられた「そうか」という言葉に被さるように陰キャ特有の早口で捲し立てた後とにかく頭を下げた。頃合いを見てゆっくり頭を上げたが先生の顔は見れなかった。


「謝るな。生徒の生の声が聞けて良かったと思っている」
「そんな、とんでもないです。ごめんなさい。嫌な気持ちになりましたよね……」
「なっていない」
「いやいや、強がらなくて大丈夫ですよ」
「……フッ」
「え?!」

朧先生が、笑った……?
そんな表情は私がこの学園を卒業してもなお、見ることが出来ないだろうと思っていた。まだ数ヶ月しか先生と接していなかったがこの光景が物凄くレアだということは痛いほど分かる。


「私、変なこと言いましたか……?」
「いや、みょうじは人の話も聞かずに謝り倒すくらい気弱な奴かと思っていたが、たまに生意気になるんだな」
「アッ、その、すみません!生意気でしたか……もう二度とそのようなことがないよう努めますので、」
「いや、そのままで構わない」
「いやいや、そうはいかんでしょう!」
「……そういうところだと思うが」
「…………そうですね、言ってから思いました」

気持ちを落ち着かせる為に、目の前に置かれたコーヒーを一口飲み込んだ。


「最初にお前の意見を聞かせてもらいたいと言っただろう」
「あー、確かに。言っていたような……」
「だから強がっているわけではなく、本当に気にしていない。分かったか」
「…ハイ」
「授業の進行方針について貴重な意見を聞かせてもらえて助かった」
「それは良かったです」
「中間試験には間に合わないだろうが、次の授業からは少し授業速度を見直そうと思っている」
「助かります」
「でだ」
「?はい」

朧先生は席から立ち、準備室の本棚を物色し始める。先生のお気に入りコレクションでも紹介されるのだろうか?それなら私も今鞄の中に入れているお通ちゃんのCDを見せようか。


「試験まで一週間しかないが、お前は必ず赤点を取るだろう」
「エッ、ちょっと待ってください、断定ですか?」
「取らない自信はあるのか」
「いえ、ありません」
「胸を張って言うな」
「すみません」

私に背中を向け続けていた先生だったが、目当ての物が見つかったのか本棚から分厚い本を一冊取り出し机に置いた。

「えっと、これは?」
「貴重な意見のお礼に、お前が赤点を取らぬよう尽力してやろうと思ってな」
「………………ハイ??」
「中間試験の範囲をこれからみっちり教えてやると言っているんだ。風紀委員の仕事が出来なくなったらお前も困るだろう」

数多くいる生徒のうちの一人でしかない私の委員会を覚えていてくれたことに嬉しさを感じつつも、目の前に置かれた分厚い参考書を見て体が危険信号を伝えてくるので申し訳ないがこの場から立ち去ることに決めた。

「…………あっ私そろそろ帰らないとォ、」
「時間は大丈夫だと言った」
「たった今大丈夫じゃなくなりました」

しかし、朧先生の鋭い瞳にジッと見つめられたことで震え上がった私は室内にこだまするほど大きな声で「嘘です!よろしくお願いします!」と叫んだ為、先生にまた笑われてしまうのだった。


prev | top | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -