「お前ら分かってると思うが、中間試験まであと一週間だ。……ちなみに、今日から試験最終日まで部活動や委員会活動は停止になるが、赤点取った奴は追試受かるまで永遠に停止だからな〜」

服部先生の言葉にクラス中がえ〜だの、やば〜だの騒めく。試験勉強はそれなりにしているが正直なところ唯一まともな朧先生の受け持つ物理が一番危うい。……いや、危ういどころかもう赤点必至なくらい授業を理解していなかった。

朧先生を悪く言うつもりはないのだが、チョークで書いていく文字の速さや大事な説明をしながら板書をしていくという高等テクニックのおかげで、説明の聞き逃しや板書の書き漏れがないようノート命でシャーペンを走らせることになる。そうなるとノートは真っ黒でも頭の中は真っ白なわけだ。家で予習復習すれば良い話なのだが、いかんせん私は勉強が嫌いなので毎授業後に出される演習ドリルの宿題くらいしかこなしていなかった。まあそれもちんぷんかんぷんでよく分からないまま提出しているのだが。


物理、どうしようかなぁ。赤点になったら委員会の仕事をしなくて済むのは美味しい話すぎてあまり焦っていなかったが、もし仮に私が赤点を取って活動停止になった場合土方先輩はブチギレ散らかすだろうし服装チェックのタッグを組んでいる沖田先輩にはまた訳の分からないプロレス技をかけられてこの世から抹殺されそうだと想像してしまい鳥肌が立った。

こんな野蛮な人たちが風紀委員やっていて良いんでしょうか?否、いけない。あ、これは古典で習った反語って言います。え?物理の説明もしてみろって?いやぁ、やめてくださいよアハハ。






「なぁ、テスト一週間切ってるってヤバくね?」
「ヤベーわ」
「なあお前勉強してる?」
「俺?見てわかんねェの?してるわけねーじゃん」
「だよなー、俺も。マジやべーわ」
「それな」

クラス内でお調子者として通っている男子生徒二人が全く焦っていない様子でヘラヘラ会話をしていた。
てか、"見てわかんねェの?"って何ですか?勉強してるかしてないかを他人が見て判断出来るような印でもついてるんか君は?それとも相手の男がそういうの見える審美眼でも持ってんのか?それならもしよかったら取得するコツ教えてくれませんか?勉強してないとか言いつつ本当はめちゃくちゃ勉強してる嘘吐きを炙り出せると思うんで。

まぁ、どうせ君達も勉強してるんでしょ、私知ってるんだからね!と心の中で悪態を吐いて隣の席の信女ちゃんに目をやる。

高校三年間で見ればほんの短い期間ではあれど、二ヶ月間彼女と共に学生生活を過ごしてきた中で分かったことがいくつかある。
一つは、授業中だろうと休み時間だろうと眠い時は眠るしドーナツを食べたい時はドーナツを食べるというそこそこ不良な一面があるということ。
そして二つ目は、かなりの頻度で彼女の元に佐々木先生からメッセージが来ること。過保護な親なのかと思いきや、ただのメール依存症らしい。しかもこれに関しては佐々木先生についても一つ分かったことがあり、彼はメール弁慶というか何というか、メッセージの文面と普通に話す時とのギャップが凄いということ。初めて彼女に文章を見せてもらった時は思わず「コイツ2ちゃんねらーか何かか?」と零してしまった。信女ちゃんは何のことだか分かっていない様子だったので訂正しないで放置した。
ちなみに風紀委員書記ということで私も佐々木先生と連絡先を交換したのだが、毎日鬱陶しいほどどうでもいいメッセージが来るようになったので通知をオフにした。
そして最後に、めちゃくちゃ運動神経がいいということ。実は中学生時代、剣道の大会で優勝していたらしい。凄い子と友達になってしまったなぁとしみじみ……。

そんな信女ちゃんだけれども、勉強は如何なものなのか気になって試験について伺ってみると「眠い」と一蹴されてしまい、私は大人しく席に座り直すことにした。あれ?私たちって友達だよね??







次の授業は確か泥水先生の古典だったか。教科書とノートをロッカーから取り出して席に着くと私の席の前で斉藤くんがスマホと物理のドリルを片手にぼーっと立っていた。
いつもなら物理の授業の際に提出したドリルの返却は物理係である彼から机の上に置くという形で返されるのに、今回はそうせず私の帰りを待っているようだったので何か用があるのかもしれない。急いで向かうと、私に気付いた彼はスマホの画面をこちらに見せる。


"朧先生が放課後物理準備室に来るよう言ってましたZ"

「え、何で?何か私怒られるようなことしたかな……」

私の言葉を聞いて斉藤くんはスマホの画面に一生懸命文字を打ち込んでいく。最初は驚いたこの会話方法も慣れると当たり前のように感じられる。

"このドリルのことで何か言いたいことがあるみたいですZ"

「……そっか。伝えてくれてありがとう」

一礼したのち斉藤くんは自分の席へと戻って行った。もしかしたら毎回提出してるドリルの内容が不十分だったのかもしれない。授業を理解していないのでよく分からないまま数式を使って回答していたから多分、いや絶対そうだと思う。朧先生がわざわざ準備室に呼ぶということは相当怒っているのではないだろうか。……怒る姿を余裕で想像出来てしまうのが怖い。







一生放課後にならなければいいのにという願いと、個性派ぞろいの先生たちのヤバめな授業は耐えられん早く終わってくれという願いがせめぎ合い、謎の葛藤に苦しんでいるうちに放課後になっていた。

ビクビクしながら物理準備室のドアを叩き朧先生の許可を待つが、先生の声を待つより先にドアがゆっくりと開かれた。


「みょうじか。サボらず来たこと、褒めてやろう」
「ど、ドウモ……」

この口ぶりから察するに、呼び出す生徒はすっぽかして帰ることが多いのだろう。分かるよ、私も来たくなかったもん。だが、普通にすっぽかす方が後々やばいと思われる。だってこの人も多分何人か人殺してると思う。いや、まあ…目つきの悪さだけで判断しているので、とんだ偏見と風評被害だと思いますごめんなさい。


「何故呼ばれたか分かっているか」
「えっと…、その…ドリルの内容でしょうか」
「分かっているのだな」
「…まあ、そうですね」

歯切れの悪い私の返答に、先生はめちゃくちゃ渋い顔をしたと思えば黙ってしまった。

「ごめんなさい!正直に言うと、授業が全く分からなくてこんなお粗末な課題の提出をしていました。……その、言い訳じゃないですけど中学の時から理科は苦手だったもので……」
「……ハァ」

凄い深い溜息!!これもう死ぬほど怒ってる!私には分かる。とにかく謝ろう。いや、もう既に謝りはしたのだが多分謝り足りていないのだ。土下座でも何でもして……と考えを巡らせていると先生と目が合い、驚きと恐怖から咄嗟に上半身を九十度に曲げて「申し訳ありませんでしたァ!!」と室内に響き渡るほどの大きな声で謝罪をしてしまった。

顔を上げると、声の大きさに驚いたのか少し目を見開いて私を見つめる先生が視界に映る。恥ずかしさから咳払いをし「煩かったですよね、失礼しました」と小さく謝った。

「……何故そんなに謝る?」
「え!いや、私の課題に対して先生が怒っていらしたので……あ、でも逆に謝りすぎも気持ちが入っていないように思われてしまいますよね、すみま……いや、えっと、あーっと……」
「……ハァ」

本日二度目の先生から吐き出される溜息。もう私は喋らない方がいいのかもしれない。口を開けば開くほど先生の気分を悪くしていく。元々口下手な方なので、どんな場面でどう言えば良いのか私は分からない。その為今の状況もどうすれば良いのか皆目見当がつかなかった。


「すまない」
「へ?」
「すまないと言ったんだ」
「あっいや、それは聞こえていますが……怒っていたんじゃないんでしょうか……?」
「…私は元から怒っていない」
「……えっと?」
「色々意見を聞きたかっただけだ。それなのにお前は謝るだけ謝って私の話を聞かない」
「………アーーー、すみませんでした…」


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