「委員会」
「ん?」
「どうだったの」
「あ、うん……"頑張って"の意味が分かったよ」
「そう」

委員会の件で憂鬱な気持ちを抱えたまま登校すると、先日同様隣の席の女子生徒がまた私に声を掛けてくれた。教室を見回すと楽しそうにおしゃべりする生徒達がちらほらおり、未だに友達が一人もいない私にとって彼女の存在は大変ありがたいものだ。

だが、この子の名前をまだ知らないことを思い出す。私がいない時にクラス内での自己紹介は既に行われたようなので、彼女はおろか担任の先生以外誰の名前も分からなかった。

「あ、あの…名前を聞いてもいい?」
「今井信女」
「のぶめちゃん、か。どんな漢字書くの?」

私の問いを受けてのぶめちゃんは鞄から一枚のルーズリーフとシャーペンを取り出す。言葉で説明するには難しい漢字だったのだろうか?わざわざ紙に書いて説明させてしまうことに申し訳なさを感じつつも彼女が文字を書き終えるのを待つ。

五秒後、罫線の上に整った字で書かれた"信女"という字を見て拍子抜けしてしまったが百聞は一見にしかずという言葉があるように、私は一生この漢字と名前を覚えていける自信を得た。

「なるほど、いい名前だね!」
「……そう」
「あ、私の名前は、」
「知ってる」
「え?」
「…みょうじなまえ」
「な、なんで知ってるの?」
「欠席者は目立つから」
「……確かに」
「その日休んだのは貴女だけだった」
「うっ……」

信女ちゃんの言う通りだ。入学式は出たものの、その日は自分の教室で担任の先生から軽い挨拶を受けた後、教材を配られて解散だったので欠席者について触れられることはなかったかもしれない。だがしかし、私の欠席した日である新学期二日目に行われた自己紹介では生徒一人一人にフォーカスするわけで、欠席した生徒にも勿論同様に、いや、それ以上にスポットライトが当たる。
自己紹介だけでなく委員会の件も含めて、あの日はやはり血を吐いてでも地を這って登校すべきだったと後悔したがたらればを言っても仕方がないし、それ以前に熱を出して学校に行くことは他人にも迷惑がかかってしまうのでどっちみち同じ結果になっていただろう。


「まあ、自己紹介が省けてよかったかな〜、なんて……」
「……」
「……」

……会話が終了してしまった。少し話をしてみた感じでは信女ちゃんは話好きではないように思えたので無理矢理話題を作るのも変な気がし、開きかけた口を閉ざしてホームルームが始まるのを大人しく待つことにした。







「ちゅーことで、今日の授業は終わりぜよ」
「……はぁ」

やっとお昼休憩の時間になった。
今日の時間割も昨日と同様、変わった先生が入れ替わり立ち替わりで授業を行うものだから、ただ座って先生の話を聞いたり板書を写したりという動作を四回分しかしていないというのに八時間労働を終えた会社員のごとく身も心も疲れてしまっていた。まあ、働いたことないんだけど。


あの先生ヤバくない?だの、昨日のドラマ見た?だの、入学三日目にして友情を深めている所謂陽キャと呼ばれる人種の声をBGM代わりにしながら鞄から弁当箱を取り出す。昨日は先生達の癖の強さに呆気にとられてしまい、ぼーっとしながらお弁当を食べていたので気にも留めていなかったが信女ちゃんと一緒に昼食をとれたら良いのではと思い立つ。隣の席に目を向けると、また彼女は美味しそうにドーナツを食していたのだった。
今日は昨日のように朝からドーナツを食べてはいなかったがお昼ご飯までコレとは…そんなに好きなのだろうか。美味しいけれども栄養バランス的には心配だ。


「何」
「あっ、えっと!ドーナツ、好きなんだね」

二日連続で目にした光景に驚き凝視してしまったようだ。信女ちゃんは私の視線に気付いてこちらを見つめる。

「…食べる?」
「ううん!いいよ。信女ちゃんのだし」
「でも、こんなに沢山は食べ切れない」

信女ちゃんは鞄の中からマスタードーナツのロゴが入った手持ち付きの箱を取り出して机の上に置いた。えっまさかの箱買い?!普通ドーナツを食べるなら二、三個買って、小さめの紙袋に入れてもらうものではないのだろうか?彼女の机に佇んでいる箱は大体五個ほどドーナツを買うと入れてもらえる入れ物だったが、その中からはびっしり詰まったドーナツが顔を覗かせていた。


「……買いすぎじゃない?」
「私じゃない」

信女ちゃんが買ったわけではないのか。となると、誰かからの貢ぎ物だろうか?よくよく見なくとも彼女は整った顔立ちをしており、クラスメイトの中で一番美人なのではないかと思う容姿なのできっとファンか何かから受け取ったものだと勝手に決めつけた。
それにしても羨ましい。私も美人だったり可愛かったりしたらお弁当を作る手間が省けるんだろうなぁ。


「そうだ、一つ気になってたんだけど…どうして風紀委員のこと知ってたの?」
「異三郎から聞いていたから」
「……異三郎?」

彼氏だろうか?それとも、マスドのドーナツを貢いでくれるファンかもしれない。

「風紀委員の担当教師……佐々木異三郎」
「へえ…知らなかった…」
「私の保護者でもある」
「へぇ…それも知らなかっ………えっ?!そうなんだ」

風紀委員の先生であることはともかく、信女ちゃんの親御さんという事実に、ノリツッコミのような時差で反応してしまった。

「まだ会ってないみたいだけど、先に言っておくと血の繋がりはないから」
「そう、なんだ」
「言っておかないと顔が似てないって不思議に思うでしょ」
「そっか、なんかごめんね」
「どうして」
「いや……デリケートな部分かなって」
「なまえが気にする必要ない。それに、私も気にしてない」

重い話題に触れてしまったのかと思いきや、気にする素振りもなく淡々と話していくので第三者の私が気にするのもお門違いと思われ、この先この件について話すことがあるならば彼女と同じ温度差でいようと心に決めた。


「……ってことは、そのドーナツも佐々木先生が?」
「そう。好きって言ったらこうなった」
「いつからこうなのかは知らないけど、ドーナツがまだ好きだとしても量に関してはちょっと言った方がいいんじゃない?食費的にもカロリー的にも……」
「そうする」


そう言いながらも穏やかな顔でドーナツを頬張る信女ちゃんを見て、これから先もドーナツがお弁当代わりになるような予感がした。






「みょうじさん、だよね?」

結局お腹いっぱいだと言う信女ちゃんからドーナツを一つ譲り受け、ゆっくり味わいながら食べていると一人の女子生徒に声を掛けられた。何かと思えば廊下を指差して"先輩が呼んでいる"とのこと。

ティッシュを一枚取り出して食べかけのドーナツをそこに乗せ、私を待っている先輩の元へ向かう。


「来たか」
「…土方先輩?」
「鼻血はもう大丈夫か」
「あっハイ……」
「なら良いんだが。お前書記になったろ、連絡先教えてくれるか」
「あ、はい」

スカートのポケットからスマートフォンを取り出し緑アイコンでお馴染みのアプリを開く。

「サンキュ、追加できたわ」
「あっはい」
「そういや昨日お前が保健室行ったあと、委員会で言ったことなんだが」
「……あー、はい」

何人か人を殺しているような目付きの土方先輩の機嫌を損なうことのないよう対応することを心掛けていたら「あ」と「はい」でしか先輩と会話が成立していなかったことに気づき、反応の種類や語彙力の少なさにキレられてしまうかもしれないと今更慌ててみたが一向に怒られる気配はなく、それだけではなく案外普通だったのでこれからの委員会生活に関する不安が少し取り除けたような気がした。……気がしただけなので、悪気無しDV先輩や厳しいルールのことを考えればまだまだ問題は山積みだが。


「服装チェックは明日から開始する。で、お前は総悟と水曜担当な」
「分かりま…………せん」
「あ?」
「む、無理です!沖田先輩と一緒なんて!!」
「やっとちゃんと喋るようになったと思ったら文句だとはいい度胸だなァ?」
「ヒッ、すみません何でもないです沖田先輩と服装チェック楽しみだな〜あはは……」
「…詳しいことはまた連絡する」
「ハイ」

土方先輩はやっぱり怖い人という認識で間違いないようだった。
風紀委員辞めたい。


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