「いいかーお前ら、今日が一年生最後の登校日だ。終業式の後は大掃除だからお前ら帰るなよ」

お尻を手で押さえながら服部先生が朝のホームルームを行なっているところなのだが、彼の言う通り今日は三学期の最終日である。明日からは春休みが始まり、それが終われば私達は二年生になる。年を取るごとに時間経過が速くなってくるとは言うが今年度の経過速度はそれにしてもかなり速いもので、刹那という言葉がよく当てはまる気がするほどであった。

先生の口から出た"大掃除"というワードに教室中で「えぇ〜」という言葉が充満する。大掃除が好きな人はそうそういないかもしれないが私は結構好きだ。汚れた場所が綺麗になっていく過程を見るのが気持ち良くて清々しい気分になるれからである。ただ自ら進んでやりたいと思うほど好きというわけではなく、掃除をするように命令されたら頑張ろうと思う程度だ。









正体不明の校長先生の長〜くて有難〜いお話を聞き終え無事に終業式が終わったので、出席番号順に振り分けられた班のメンバーで別棟の校舎にある一部の教室を掃除することに。

「春休み無くなるとか無理だし早く掃除して帰ろ!」
「そだねー」

大掃除をサボった生徒は春休み中に一定期間学校に来て個別に掃除をさせられる、という説明を受けたこともあってやる気満々の班員が多くて安心する。

「あ、お前雑巾絞れよ!水びちゃびちゃじゃねーか!」
「オメーこそちゃんと掃けよ!埃奥に残ってんぞ」
「うっせーな姑かよ!」
「んだとテメェ!?」
「ハァ……。大丈夫か?この班」

数秒前の安心を返してくれ………。私には喧嘩の仲裁に入れるほどの度胸も序列の高さもなかったので、面倒ごとに巻き込まれることのないよう一つ離れた教室へ入り掃除を開始した。

最初に入った教室を一通り掃除し終え隣の教室に移ると見たことのある光景が広がり、ここが生徒指導準備室であることに気づく。慣れ親しんだ机や椅子、備品などに目を向けて感慨深さを感じた。ヒィヒィ言いながらも何だかんだ朝の服装チェックは無遅刻無欠席で参加したし、それ風紀委員関係がやらなきゃ駄目か?という類の仕事もしっかりやってきた。文化祭の見回りはともかく、入試の手伝いなどは絶対に風紀委員の仕事ではないように思うが。
沖田先輩お得意のおサボりのせいで大変な思いもしたし土方先輩もめちゃくちゃ怖かった。やっと解放されるのだと喜ぶ気持ちが大きいはずなのに、風紀委員会書記としての役職も今日で終わりなのだと思うと同時に土方先輩や近藤先輩がもうすぐ卒業してしまうのだと思ったら少し、ほんの少しだが寂しく思った。勿論先輩方にそんなことは言わないけど。

順当に行けば次世代の風紀委員会は沖田先輩が委員長になるのだろうか?佐々木先生が以前、土方先輩達のおかげで学園の風紀が良くなったと言っていたことを思い出すと、沖田先輩が上に立つ銀魂高校の未来を想像してちょっとだけ悪寒がしたのは気のせいではないはずだ。あの人が風紀委員の長として就任してしまった暁には長ラン短ラン上等な学風になりそうで不安しかなかった。来年は桂くんのように硬派な生徒を風紀委員に推せば何とかなるだろうか?


「おーい、なまえちゃん」
「いい感じに掃除したし!時間も時間だし!終わりにしようぜ」
「この後ハム子とカラオケ行く約束してるからアタシ先帰るわ、じゃ」
「おいおい待てよ!お前掃除用具片すの手伝えや」
「いやいや、あんまり真面目に掃除してなかったアンタがやるべきじゃね?」
「はぁ?押し付けんなし!班全員でやった方が早ぇだろ」
「良い子ちゃんぶってんなし」
「んだとこのデブ」
「なんですって?!」

この班は最初から不安を感じるメンバー構成だったが、最後まで上手くいかなかった。はっきり物申すタイプの一軍の生徒が多く、意見の衝突は免れなかったようだ。このまま言い争いを続けても仕方がないので二人の間に割って入る。

「あの!…良いよ、そのままで。私もう少しこの教室掃除していくから」
「え、いや…それならアタシの分はちゃんと片すわ。ごめん」
「ううん。どっちにしろ私この後用事とか無いし」
「いやいや、悪いって!……ってヤバ!もうこんな時間!とりま自分のだけは片付けるから先帰るわ!」
「おま!バタバタ走ったら埃広がんだろうが!……聞いてねーし。まあいいや、俺らも帰るか」
「そだねー」
「じゃあ、俺ら帰るけどみょうじも早いとこ終わらせて帰れよ」
「あ、うん、ありがとう」

まだここに残ると言ったのは険悪なムードをどうにかするために言った出まかせではなく、生徒指導準備室にはお世話になったし思い入れもあったので、もう少し綺麗にしてから帰りたいという本音からであったが私の仲裁が功を奏したようでひとまず胸を撫で下ろし、掃除用具を各々持って校舎から出て行く彼らに手を振る。

「よし……」

班の皆を見送り教室に再び戻る。朝の服装チェック時や文化祭、入試の際に制服の上から腕に付けていた腕章が目に入り懐かしく思う。近くの棚には今年度分しか存在しない全校生徒に向けて行ったアンケート用紙が綴じられたファイルや毎年の活動報告書がズラリと並んでいた。その他にも学校から送られた数々の表彰状(勿論これらは土方先輩が入学した三年前からの物しかなかった)が額縁に入った状態で壁に掛けられているのを見て、風紀委員の活動範囲の広さに感銘を受けていると急に教室のドアがガラリと音を立てて開かれる。

「なまえ、ここにいたのか」
「朧先生!」
「もう大掃除の時間は終わっているが」
「あぁその…なんか、浸っちゃって」
「委員会か。よく頑張っていたからな」
「えへへ。当時は嫌々やってましたけどこの一年間を思い返したら案外充実してたなぁって」
「それは良かったな」
「はい!あ、もちろん先生の存在も大きいんですけどね!」
「……そうか」
「あれ、照れてます?」
「照れていない」
「へー?」
「お前……生意気要素が増えたな」
「そうですか?」
「……ハァ」

出た、溜め息!しかし、何度も経験することによって慣れてしまったのでなんとも思わなくなったもんねー!
十分に生徒指導準備室へ想いを馳せることは出来たのでたんまりあるゴミを纏めて、心の中で一年間ありがとうございましたと感謝しドアを閉める。なんだかんだ言って楽しかったんだと思う。鼻がツンとし、視界も少しだけ滲んだ。
そんな私を見て、何を言うわけでもなく優しく頭を撫でてくれる朧先生に甘えながら校舎を後にした。








「来月からは二年生か」
「そうみたいですねぇ」
「他人事みたいに言うな」
「いやぁ、実感なくて……」

歩き慣れた通学路を朧先生と二人並んで歩く中、少し古臭い仕草かもしれないが頭に手を当てて苦笑いしてみる。でも、本当に実感が湧かない。私が二年生になっても卒業したはずの先輩方が風紀委員としてまた学校に登校してきそうな気がしてしまうのだ。そんなことはあり得ないのに。彼らの門出を祝いつつ、出会いがあれば別れがあるという言葉の意味を重く理解する。

「そっか、二年生になるってことは朧先生と一緒に学園ライフを送れるのもあと二年…なんですよね」
「卒業したらこの関係を終わらせるつもりか」
「ま、まさか!!そんなわけないですよ!ただ、大学に進んだら一緒に居られる時間は減っちゃうじゃないですかぁ……」
「……なら、一緒に住むか」
「へ、どどど、同居?!」
「同棲だ」

予想もしていなかった返答に驚いて思った以上に大きい声が出てしまい、慌てて口を手で押さえる。ここは学校ではないとはいえ、夕方の時間なので近所迷惑になってしまう。

「いやそんな細かいことより!……その、良いんですか?」
「良いとは?」
「わ…私で良いのかな〜……って」

これは朧先生を試すつもりはなく本心から出た不安の言葉であった。恋に年齢など関係ないが、私みたいな未熟な子供とこれからも末長く恋人同士でいてもらえる自信はなかったのである。

「何を言っている。私はなまえとの関係を真剣に考えているのだが、お前は違うのか」
「いえ!滅相もございません!私も本気と書いてマジと読んでます!」
「……そうか。…とにかく、私もなまえが卒業した後会う機会が減るのは困ると思っていた。その…要するに私は、お前と出来る限り長く一緒にいたいと思っている……だから、なまえが嫌でなければ頷いて欲しいのだが」
「は、はい!私でよければ……その、ふ、不束者ですがどうぞ、よろしくお願いします……!」

深すぎず浅すぎずちょうど良い塩梅のお辞儀をすると朧先生は優しく笑う。先生のこの柔らかい表情が泣きたくなるほど大好きだ。
正直卒業するのは寂しい上に受験や大学生活に不安を感じていたけれど、今はただただ早く時間が過ぎれば良いと思った。


「あっ、もう家……」
「次会うのは二年生のなまえか。何か抱負はあるか」
「え、ほ、抱負ですか……うーん。……あ!風紀委員以外の委員会に入ること、ですかね!」
「それは抱負と言わん」
「う……」

突然の問いかけに上手く答えが出せず、ひねり出したのが風紀委員関係のことだった。私にとっては風紀委員になるのとならないのとではかなり学園生活に差が出ると思っているのだが…なんて考えていると先生が私の前髪を優しく掬い取る。額に出来てしまった思春期ニキビが気になったのかもしれない。ちゃんと毎日顔洗って清潔に保ってますよ!と言い訳しようとしたもののその言葉を紡ぐ為の唇は先生のそれによって塞がれてしまい、目をぱちくりさせることしか出来なかった。


「ん?!」
「すまない。本当は額にしようかと思ったのだが、我慢出来なくなった」
「は、っお、ぼ……ひぃ」
「…大丈夫か」
「卒業までお預けって言ったくせにーーー!!!」
「だからすまないと謝っただろう」
「……も、もう一回してくれないと、許さないです」
「欲張りな奴だな」

言葉とは裏腹に少し笑っている朧先生の顔が再度近付き、今回は少し長めのキスをお見舞いされる。先程は気付かなかったが先生の唇はちょっとだけカサカサしており、そんな部分すら愛おしく思った。しかしそんなことを考える余裕はなく、やんわりとねじ込まれた舌に体全身がピクリと震えたことで先生の唇はゆっくり離れていった。

「これで満足か?」
「……ひ…ひゃい」
「…戸締りはちゃんとするように」
「は、はい……」

いつものように先生の姿が見えなくなるまで見送って玄関の施錠をする。先程のキスを思い出し自室のベッドでジタバタしていたら一時間が経過しており、ちょうど仕事から帰ってきた母親が部屋をノックするまで布団をかぶって枕を抱きしめていた。



私を知るクラスメイトによって推薦され断り切れず、結局また風紀委員会になってしまうまであと一ヶ月。



fin.



prev | top | next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -