今日はついに待ちに待ったバレンタイン当日。
朧先生とは一ヶ月以上気まずい仲が続いていたが、今日きちんと話をして私の気持ちをもう一度しっかり伝えようと思っている。それで前みたいに戻れたら良いけれど、駄目だった場合はこっそり想い続けさせてもらおう。そのくらい許してもらえるはずだ。


信女ちゃんや朧先生は勿論のことお世話になった月詠先生に持ってきたお菓子の入った紙袋を大事に持って校門をくぐる。
頑張らなくちゃ!と紙袋を持つ手に力を込めると同時に視界に灰色の頭が飛び込んで来たので小走りに追いかける。

「おぼ、」
「なまえちゃん!おはよう!」
「あっ…近藤先輩。おはようございます」
「……んふふ」
「…えっと?」

今日は近藤先輩と山崎くんが服装チェックの担当日なのだが、いつもなら挨拶をしてそのまま昇降口へと行かせてくれるのに何故かニコニコした近藤先輩が私を通してくれない。どこか違反項目に引っかかってしまったのだろうかと疑問に思いつつ朧先生の影を探すが、もう既に校内へ入ってしまったようでどこにもいなかった。


「いや、うん、何もないなら良いんだよ、何もないなら」
「えぇ?」
「みょうじさん。たぶん委員長はチョコレート待ちしてる」
「あぁ……すみません、女子に渡す分しか持ってきてなくて…」
「……そ、そっかー!そうだよね!ごめんね!ははは……」

山崎くんの助けにより近藤先輩の目的が分かったが、朧先生に誠心誠意私の気持ちを伝えるためには男子生徒にチョコレートを渡してはならないような気がし、風紀委員会でお世話になっている先輩方へ何も用意していなかった。
無いと伝えると悲しそうに笑う近藤先輩を見て罪悪感が募った。ごめんなさい……いつものお礼は態度で示すのでバレンタインは勘弁して下さい。
去り際にすみませんと伝えると元気を取り戻した先輩は「大丈夫!俺、お妙さんから貰えるし!」と声高らかに言っており、尚更のこと悲しくなってしまう。万が一貰えたとしてもあの炭のように焦げた黒い物質で一口食べたら病院行きだ。どちらに転んでも近藤先輩が報われない。しかし、わたしには先輩の心配をしている余裕はないのだ。次のチャンスを狙って朧先生へ声を掛けようと意気込んだ。





「信女ちゃん!ハッピーバレンタイン」
「ありがとう」

先に教室へ着いていた信女ちゃんに手作りのドーナツが入った紙袋を渡す。
感謝の言葉と同時にドーナツを袋から出して頬張る信女ちゃんを見て少し緊張する。彼女がいつも食べているマスドのドーナツほど美味しくは出来なかったが、試行錯誤して作ったのでそれなりには仕上がったように思う。私は良くても渡す相手である彼女の口に合わなければ意味はないのだけれども……。

「ど、どう?」
「ほっへもおいひい。……また作って」
「ほ、ほんと!?」

コクリと頷いた信女ちゃんは机の横に引っ掛けてあった紙袋を持ち上げて私へと差し出した。表面には"GORIVA"と書かれており、あの有名なチョコレートブランドの紙袋であると一目で分かる。

「これあげる」
「ありがとう……!ゴリバだー!!」
「これからもよろしく」
「っ!こちらこそ!卒業しても友達だよォ〜」

嬉しさのあまり若干重い言葉を発しながら信女ちゃんに抱きつくと、彼女は嫌がるどころか私の背中に軽く手を回してくれた。学校でゴリバを食べるのは勿体無いので、家でゆっくり味わいながら食べようと決めてフックに紙袋を引っ掛けた。


「そっちのは、アイツ用?」
「あー、うん……この前のチョコケーキは沖田先輩に食べられちゃって渡せなかったからね…」
「次こそ渡せると良いわね」
「う、うん……」

今日は二限に物理がある。その時に声を掛けて放課後にでも時間を取ってもらおうと思っていた。

しかし、初詣でおみくじの凶を引いてしまったことを嫌というほど思い出す一日になることをこの時はまだ予想もしていなかった。



「朧先生!あの、」
「おー、みょうじいいとこに。ワリィんだが職員室にノート持ってくの手伝ってくんね?」
「…は、はい」

私は国語係でも何でもないのに、ジャンプを持った坂田先生に捕まりノートの山を持たされる羽目に。というかそのジャンプ置いてきたら少しは手が空くと思うんですが……。


「あ、朧せん、」
「あ!いたアル!お前!」
「え!?あ、チャイナ先輩…」

私は知らないうちに"クソサド撲滅同盟"のメンバーになっていたようで「盟友にはこれをやるネ!」と言って可愛くラッピングされたチョコクランチを渡された。ちなみにこの場で初めて知ったのだが、お妙さんがダークマターを送った相手の一人である神楽ちゃんという人がこのチャイナ先輩らしい。あの後は大丈夫だったのだろうか。


「おぼ、」
「ちょっとみょうじさん!?さっき坂田先生と一緒にいたらしいじゃない。……まさかとは思うけどチョコレート渡したんじゃないでしょうね?!」
「え?さ、猿飛先生?!」

誰かが告げ口したのかそれとも坂田先生の口から聞かされたのかは分からないが坂田先生にゾッコンらしい猿飛先生にとばっちりを受け、休み時間の間追いかけっこさせられた。


「お、」
「シンスケ〜!」
「うグェっ!」
「あっ、ごめーん!」

Owetch騒動の日に見た他校の長ランを着た三つ編み男に跳ね飛ばされて壁に激突するも軽く謝られただけで、彼はシンスケとかいう男に夢中でコンマ三秒後にはもう姿が見えなくなっていた。おそるべし天上天下唯我独尊……。


「 」
「なまえちゃん、ちょうどよかったわ」
「せめて"お"くらいは言わせて!?」
「…?何の話?」
「…………いえ、こっちの話ですので…」
「アナタには何度かお世話になっているでしょう?だからこれ、貰って欲しいの」
「アっありがとうございます……オイシソーダナー」
「ふふ、ありがとう。これはね、チョコクッキーなのよ」

皆が皆結託したかのように私の朧先生を呼ぶ声に被せてくるのは分かったのだが、ひと単語言うことすら許されず邪魔されてしまい冷汗が伝う。これはもしや話しかけることすら出来ずに朧先生ルートエンドですか?
それはそうと、お妙さんから渡されたのは以前調理実習で見たまっくろくろすけと何ら変わりないクッキー(?)だった。クッキーってこんなチリチリに焦げてるもんだっけ?チョコレートが染み込んでるとはいえこんな炭みたいな色だったっけ?
家に帰ったら食べますね!と差し障りのない言葉を掛けて私からもバレンタインのチョコを渡す。



なんてことをやっているうちにすっかり放課後になっており、冬という時期もあってかそこまで遅い時間になっていたわけでもないのにも関わらず、窓の外では夕陽に染まる景色が目に飛び込んできたので驚いてしまう。これこそ本当にあった怖い話だ。何もしていないのに一日が過ぎているのだから。
最後のチャンスを願って職員室に向かったが、ちょうど居合わせた佐々木先生に「え?朧先生ですか?彼ならもう帰宅しましたよ」と言われ意気消沈した私はとぼとぼ廊下を歩いていた。


「ナンデダァァア…………」
「……まだ渡せてねーのかィ」
「ウワ!びっ、くりしたぁ……。沖田先輩か…」

周りが見えていなかったこともあり突然話しかけてきた沖田先輩に酷く驚いてしまう。
何度も朧先生に話しかけようとしたがその度に邪魔が入ったこと、先ほど職員室に行ったらもう先生が帰っていたことを掻い摘んで沖田先輩に話す。勿論この人に話したところで何の解決にもならないし、話す必要も無かったのだろうが誰かに聞いてもらいたかった。

「どうせだし俺がソレ、もらってやろうか」
「いや、まだ諦めてないですから……」
「チッ……」
「え、今舌打ちしました?」
「してねェけど?」
「いや、しましたよね?」
「…ま、頑張りなせェ」
「わ、痛っ」

沖田先輩に強く背中を叩かれ二、三歩前に出た。何するんですか!と振り向き文句を言おうとしたが先輩の姿はなく、暴力的ではあったが背中を押してくれたのだと理解する。

「…ありがとう、先輩」












「…………どうしよ……」

学校を飛び出し朧先生の住む街にやってきたものの先生の家は当然知らないし、長いこと街中を駆け回ってみても先生に出会うことはないまま7時を知らせる鐘が鳴り響いた。
走り疲れてしまったので以前チョコと遊んだ公園に訪れてベンチに腰掛ける。ここまで来て会わずに帰るわけにもいかないと思う反面、どんなに頑張っても結果は同じようにも思えて無意識に溜め息が出てしまった。口から吐き出された息は白く、二月の寒さを肌以外でも感じると同時に鳥肌が立った。今の服装は制服のセーラー服にカーディガンのみであり、そりゃあ寒い。一度家に帰ってコートを羽織ってくるべきだったかもしれない。悴む手を摩り、自分の息を吹きかけ温めようと試みるが全くもって手の温度は上昇しなかった。


「……諦めろ、ってことなのかなぁ」

こんな時間に公園へ訪れる人がいないのをいいことに独り言を零し、朧先生と過ごした日々を思い出して目から溢れる涙を制服の袖でゴシゴシ拭う。

次の瞬間、寒さから震えが止まらない私の肩にばさり、とコートが掛けられ驚きのあまり涙が引っ込んだ。何故ならこのコートは朧先生のものだったから。ゆっくり顔を上げるとそこには一番会いたかった人が立っていた。

「お、ぼろ、先生…」
「風邪を引きたいのか」
「…なんで、ここに?」
「たまたま通りかかっただけだ。私は帰る」
「待って!くだ、さい」
「……何だ」
「話が…あるんです」

帰ろうとする朧先生の腕をギュッと掴んで引き止めると先生の顔が歪んだ。そんなに私のことが嫌なのだろうか。泣きたい気持ちを抑えて深呼吸をする。

「あ、あの…!私は前も言ったように先生が好き、です。その、ラブ…という意味で」
「……」
「先生が私のことを嫌いなら、もう今までみたいに話しかけたりしませんから……だから、その…最後にこれだけは受け取って、もらえないでしょうか……」

寒さではなく緊張から震える手に力を込めて、先生へと用意した紙袋を目の前へ差し出す。
中身は私の手作りではない、デパ地下で買ったバームクーヘンだ。バームクーヘンは"幸せが続きますように"という意味合いを持ち、引き菓子としてよく利用される。あまりバレンタインらしくないようにも思えるが他のお菓子だと重く受け止められてしまうかもしれないので、私の気持ちともリンクしているバームクーヘンを選ぶことにしたのだ。

朧先生は差し出された紙袋を見つめたまま受け取るそぶりがなく、やっぱり駄目なのだと目を伏せる私に先生の息を吸う音が聞こえ顔を上げる。

「本当に、私でいいのか」
「っ当たり前ですよ!…先生が良いって、文化祭の日も言いました」
「……すまない」
「です、よね……」
「いや、違う。今のすまないは、お前の…なまえの気持ちに応えてやれないと言ったのではない」
「…じゃあ、」
「なまえと私では年齢が一回りも違う。それだけではなく、お前の周りには色男も沢山いる。彼らと仲良くしているところを見て、私は相応しくないと」
「なっ…そんなこと!!」
「文化祭の日、なまえに好きと言われて嬉しく思った。…しかし普段のお前を見ていたり、初詣の話を聞いたりするうちに自分だけが浮かれているように感じてな」

朧先生にそんな思いをさせていたなんて、知らなかった。でも、浮かれていたのは私の方こそである。先生に頭を撫でられた時、手を繋いだ時や電話した時なんて私は口から心臓が飛び出そうなほどドキドキしたし、どんな時でも先生のことを頭に思い浮かべてしまうほどなのだから。


「私は、どんな人と出会っても朧先生じゃなきゃ嫌…です。……その、ここまで言っても分かってもらえませんか?」
「本当に私で、いいんだな」
「だからそう言って、……!?」

突然視界が真っ暗になり、朧先生に抱きしめられていることに気付く。私達は背丈にかなりの差があるため、自分の顔は分厚い胸板に押し付けられたことで先生の鼓動が聞こえてきた。先生もドキドキ、してくれてるんだ。

「冷たい態度をとってすまなかった」
「い、いえ…」
「私もなまえのことが好きだ。愛おしくて堪らない」
「い、愛おしっ!?」
「何を驚いている。心臓の音は聞こえているのだろう」
「は、はひ……でも、その、あの……」

上手く言葉が紡げずにいると私を抱きとめていた先生の腕の力が弱まり、ゼロ距離だった私達に幅が生まれた。同時に冷気が押し寄せてくる為身震いしてしまう。

「なまえ」
「はっはい!」

先生は私の元気な返事に少し微笑んだ後、私の顎を右手で掴み上を向かせる。こ、これって顎クイ……?!てかキス、される…!?と慌てる私をよそに、澄ました先生の顔が徐々に近付き少し怖くなった私はギュッと瞼を閉じた。一、二秒ほど待つと頬に柔らかい感触を感じて目を開くと、ニヤリと笑う先生がこちらを見つめていた。

「ほ、ほっぺ……」
「不満か?」
「いえ……別に……」
「今はここで我慢しろ」
「い、今は…!?」
「卒業したらお望みの場所にしてやらなくもない」
「そ、ひ、は…あぁ…」

頬にキスされたことは勿論だが卒業後のことを考えてしまった私は言葉にならない単語を呟く壊れたロボットのようになってしまい、それを見た先生は楽しそうに笑った。卒業するまで心臓が持たない。



「……あ、そうだ。受け取ってくれますか?」
「ああ、頂こう。……ん、売り物か」
「…あー、その、先に申し上げますと…先生のこと諦めようと思ってたので、手作りは重いかな〜みたいな…」
「構わん。お前からバレンタインに何かを貰えるだけで有難い」
「よ、良かった」
「だが」
「…?」
「来年はなまえの手作りが食べたいがな」
「そっ、そ、れは……頑張り、ます」


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