「来週調理実習をやるわよ」

一、二学期は三大栄養素や洗濯表示など幅広い家庭科の授業を受けてきたが、三学期はシラバス通り調理実習をやるらしい。あちこちから歓喜の声が聞こえてきた。
赤い眼鏡がトレードマークの猿飛先生が調理実習についてのプリントを生徒に配る。


「そろそろバレンタインだということも考慮して、チョコレートのパウンドケーキにしたの。自分で食べるも良し、好きな人に渡すも良し!………でもね、一つ言っておくけどピーとかピーとかピーしたものをピーして具材に混ぜるのはやめた方が良いわ」

パウンドケーキと聞いて賑やかになった教室が、最後の言葉で静まり返る。調理実習でそんなモン入れねーだろ、とおそらくクラスメイト全員が心の中で突っ込んだ。というかやめた方が良い、のではなくやめなさいと言ってくれ。

班決めは猿飛先生が既にしてくれたようでプリントに目を通すと私はB班に配属されていた。同じ班のメンバーを確認するため、じっくり見てみるといるはずのない名前が記載されていて驚いてしまう。何故かB班のメンバーに"志村妙"という文字があったからである。お妙、さん……?あれ、あの人三年生だよね?近藤先輩にストーカーされてる人だよね?何で一年生の調理実習に参加するの?!


授業後猿飛先生が教室を出て行く前に声を掛け、どうしてお妙さんが私達の班にいるのか聞くことにした。

「あぁ、あの子ね。去年も一年生と一緒に調理実習したのよ」
「……そんなに調理実習が好き、とかなんですか?」
「いいえ。下手くそなの。何を作ってもダークマターになるの」
「え、だ…ダークマター……?」
「まあ、見れば分かるわ。そんな女と同じ班で大変かもしれないけど頑張ってちょうだいね」
「はあ……」






猿飛先生の言っていたことがよく分からないまま一週間が過ぎ、調理実習当日になった。……のだが、授業時間が半分過ぎた頃からお妙さんの"才能"が頭角を現し始め、先生が言いたかったのはこういうことかと理解する。
彼女の作り出すダークマターとやらは想像以上に禍々しく、味見をさせられた同じ班の桂くんは泡を吹いて倒れ退場。なまえちゃんもどう?と言われたのだが、そんな光景を見た後に是非!と言えるわけもなく適当に言い訳を繕って丁重にお断りした。

朧先生との関係はあの日以来変わらなかったがその間もちょこちょこ話しかけてはいる。しかし、その度冷たくあしらわれて終わっているのでバレンタインにチョコレートを渡すだけ渡してきっぱり諦めようかと思っていた。
そんな折この調理実習がバレンタインに配慮されたものだと知り授業で作ったものなら受け取りやすいだろうということで、今作っているパウンドケーキを渡すことに決めた…のに目の前で黒く焦げたボロボロの暗黒物質を生み出すお妙さんに気を取られて仕方なかった。




「……ふぅ、やっと出来た」
「あら。なまえちゃん上手ね!」
「えっ、あ、ありがとうございます。お妙さんのもその…お妙さんにしか作り出せない世界感があって凄いですよね!」
「あら〜!そんなに褒められても何も出ないわよ。これは新ちゃんと神楽ちゃんにあげる分だから」

無理やり捻り出した言葉で難を逃れたものの、綺麗にラッピングされたパウンドケーキだと思われる黒い物体を見た私は新ちゃん・神楽ちゃんと呼ばれた人々にこっそり手を合わせる。ご愁傷様です。

猿飛先生が予め準備してくれていたラッピングの袋へ丁寧にケーキを入れてリボンを巻く。あまり料理をしないので見た目も味もギリギリ及第点のような気がしたものの、お妙さんには申し訳ないが自信満々な彼女の作品を見て自分に自信をつけた。









「信女ちゃん!お疲れ様〜」
「疲れた」
「そうだねぇ」

長かった調理実習も無事に終わり、作ったケーキを手に持ちながら信女ちゃんと教室への道を歩く。
ちなみにお妙さんのパウンドケーキを見た猿飛先生は「もう来年は無いのよ……」と頭を抱えていたが、当の本人はケーキの出来に何か問題でも?と言いたそうな顔をしていた。問題大有りですよ桂くん倒れてんだから……。先ほどのダークマターを思い出して遠い目をする私の視界に、信女ちゃんの手に握られているラッピングされたパウンドケーキが映る。

「……あれ、信女ちゃんも誰かにあげるの?」
「異三郎に」
「良いじゃん、すごい喜ぶと思うよ!」
「そうだと良いけど」

佐々木先生と言えば、彼からは未だに迷惑メールよろしく一日に何十件もメッセージが来るので最近ブロックしようか悩んでいるところである。まあしないけど。血は繋がっていなくとも、大事な我が子お手製のケーキなんて嬉しくないわけがない。喜びに満ち溢れた佐々木先生から怒涛のウレシスメールが来る気がするが、それは大目にみてあげよう。

「なまえはあいつにあげるの」
「あ…うん、貰ってもらえるか分からないけどね。本当はバレンタインに何か渡そうと思ってたけど、それだと重いかなぁって」
「そう……受け取らなかったら殺すから安心して」
「や、だから物騒……」


私達の教室まであと数メートルのところで廊下を歩く朧先生を見つけて心臓が跳ねる。今の今まで渡す気満々だったのに、いざその時になると不安で泣きそうになりなかなか先生の近くまで行けずにいた。信女ちゃんから応援の意を込めて名前を呼ばれ、勇気を振り絞って先生の元へ駆け寄る。

「あの!朧せん、」
「お、なまえじゃねーかィ」
「沖田、先輩」

私の声に反応して足を止めた朧先生だったが、声を掛け終わる前に沖田先輩の声が覆い被さる。どうしてここにいるのだろう。先輩のクラスは一つ下の階のはずなのに。しかもいつも苗字で呼ぶくせに名前で呼ばれてびっくりする。

「調理実習でケーキ作ったんだろィ。いただきまーす」
「へ、あっちょっと!」

私の返事も待たず袋を奪い取った沖田先輩はリボンを解いてケーキにかじりついた。一瞬、先輩が朧先生に向かって目線を向けたように見えたが、そんなことよりも先生が私たちを見ていることに問題があった。これじゃあまた勘違いされてしまう。
違うんです、そう弁明しようとしたがいつの間にか朧先生の姿はなく、アワアワしている私の手を掴んだ沖田先輩に力強く引っ張られた。

「来い」
「えっ、あっ」


沖田先輩に連れて来られたのは人っ子ひとりいない階段の踊り場だった。立ち止まってもなお腕を離してもらえず、またなかなか先輩が口を開かないので私から声を出すことにする。

「あ、あの」
「…まさかお前の好きな奴があの冴えねぇセンコーだとはねィ」
「……いけませんか」

冴えないという単語にムッとして沖田先輩を睨みながら答えると深い息を漏らして私の腕から手を離す。本当に皆私に溜め息吐きすぎじゃないか?そんなに溜め息吐きやすい顔してるのだろうか。

「俺じゃダメなわけか」
「…その、駄目というか、私が好きなのはあの人、なので。ごめんなさい」
「俺、吉沢亮なのに?」
「…急にメタなこと言わないでください」
「仕方ねーなァ。ま、あいつに愛想尽きて俺んとこ来てもおせーぞ」
「はいはい。………でも、ありがとうございます」
「ん」

直接的に告白されたわけではなかったが沖田先輩に好かれていたらしいことに頭がふわふわした。いつも嫌がらせしてきたのはそういうことだったのか…小学生男子と同等レベルな気がするけれどそれについて言及したら痛めつけられそうなので口を閉じる。

「まーその、チョコケーキ食って悪かったねィ」
「……反省してるんなら良いですけど」
「まあぶっちゃけあんま美味しくなかったからアイツに渡さなくて良かったと思ってる」
「あのねぇ!そういうのは思ってても言わないもんでしょう」
「あ?アドバイスしてやったんだろーが」
「どこが?どこがアドバイスなの?!」

多分自分の勘違いでなければ私は沖田先輩を振ってしまったはずなのだが、そんな雰囲気を全く感じさせない普段通りのやりとりが出来ていることに安堵した私の頭を沖田先輩はひと撫でし「ま、応援はしねーけど頑張れよ」とこの人らしい言葉を残して階段を降りていく。……今のはちょっとキュンとした。



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