朧先生があの日何故あんなことを言ったのか分からないまま一週間が過ぎた。その間私は朧先生に避けられることはなかったものの、私がいくら話しかけても素っ気ない返事しか返って来ず、そろそろ心が折れてきたところである。


「なまえ」
「……」
「なまえ、聞いてるの」
「あっ、ご、ごめん。何?…って近っ」

信女ちゃんの整った顔が私の視界いっぱいに広がるくらい近付いていた。彼女が端正な顔立ちであることは勿論のことだが肌も陶器のような綺麗さで羨ましい。私もこのくらい美人でニキビ知らずの肌だったら良かったのに。そしたら先生とも上手くいったのかもしれない。なんてたらればの話をしても仕方がないけれど。


「やっぱり聞いてない」
「ご、ごめん……」
「最近ぼーっとしてる」
「……そうかな」
「それだけじゃない。笑顔が変」
「……」

そうかな?なんて言った自分でも本当は分かっていた。ここ最近物理は当然のことだがその他の授業にも身が入らないし、極め付けはぼけっとしていたせいで体育の授業中「危ない!」というクラスメイトの声も聞こえず、他の区画で行われていた男子生徒達のサッカーのボールが顔面に直撃し保健室のお世話に。月詠先生にはまた主か…と呆れた顔で手当てされた。


「あいつのこと?」
「………うん」

"あいつ"と言った信女ちゃんは校内で朧先生の名前は出さないで、と以前交わした会話を未だに気にかけてくれているのだろう。同時に「応援するから」と言ってくれたことを思い出し、彼女の問いかけに対して素直に頷いた。

名前を出さないよう気をつけながらこの前の出来事を声を抑えて信女ちゃんに話すと、そう…と静かに呟いた信女ちゃんは席から立ち上がり廊下に向かって歩き出す。

「信女ちゃん、どこ行くの」
「殺してくる」
「いやいや!物騒!!やめてね!?」

信女ちゃんから静かな殺気を感じ取って彼女の腕を掴む。冗談ではなく本当に殺しそうな気がする。しかし、そのくらい私のことを思ってくれているのだと嬉しくもなった。

「どうして」
「良いの。どっちにしろ私なんかが釣り合う相手じゃなかったんだし……」
「そう思わないけど。もし仮にそうだとしてもなまえがこんなことされる必要ない」
「でも……私が悪いんだし…」
「どの辺りが」

そう聞かれると具体的に答えることが出来ないが、沖田先輩や吉田さんと距離が近かったことが悪かったのかなぁなんて苦笑いしてみると信女ちゃんも先生のように溜め息を吐くので悲しくなった。皆私の話聞くと溜め息吐くじゃん……。
そんな話をしているうちに休み時間が終わってしまい、次の科目の担当教師が教室に入って来たので急いで席に着いた。










放課後、憂鬱な気持ちで生徒指導準備室に向かう。今日は三学期初めての風紀委員会が行われるのである。古びた校舎に足を踏み入れ、慣れた足つきで階段を登っていくと目的地が見えてくる。この場が朧先生との思い出深い地だと勝手に感じて少し泣きそうになった。
気を引き締めるために頬を軽く叩きドアをスライドさせると教室内には沖田先輩一人しかいなかった。

「お〜雌豚ァ」
「…はいはい」

否定しても意味がないのであしらいながら所定の位置に腰掛ける。二回目の委員会で書記の役割を担う生徒は黒板に近い席に座るよう土方先輩に言われたのである。すぐに黒板の元へ行くためだろう。


「そういや姉上がお前のこと気に入ったらしくてねィ」
「え、ミツバさんが?」
「おう、喜べ」
「それはどうも…」
「姉上のお気に召したんでィ、もっと喜びやがれ」
「わーいやったー」
「嬉しい気持ちが全く感じられねーぞ」

何故この人はこんなに姉上至上主義なのかよく分からなかったが、世の中には仲の悪い兄弟もいる中姉弟仲良しな二人を見ると羨ましく思う。
ちょうど輪ゴムを持っていたらしい沖田先輩が鉄砲のようにした指にそれを掛けて、一メートルほど離れた場所から私の額めがけて輪ゴムを飛ばして来た。

「痛ァ!!何するんですか!目に当たったら失明ですよ!」
「そしたら仕方ねぇから俺が面倒見てやらァ」
「いや、いいです結構です……家庭内暴力とか嫌なんで」
「俺のことなんだと思ってやがんでィ」

仕返しにと私も沖田先輩目掛けて輪ゴムを飛ばすがまったくもって狙い撃ちが出来ず、先輩の体にかすることはなく遠くの床に曲線を描いて着地した。なんか悔しいから練習しようかな。

「おい」
「何ですか、輪ゴム飛ばしたことならお互い様ですよ。文句言わないでください」
「……一昨日の服装チェックでも思ったけど、お前どうしたんでさァ」
「どうした、って……?どうもしないですよ」
「ずっと辛気臭ェ顔してんの分かってねーのか」
「……」

勘の鋭いガキは嫌いだよ…と心の中で錬金術師が呟くが、今はそれどころではなかった。そんなに酷い顔をしていただろうか。私のことなどただの奴隷としか思っていないような沖田先輩でさえ気付くということは、他の人にもバレバレなのかもしれない。

「元々ブスだが今はもっとブッサイクな顔」
「沖田先輩がそうやって酷いこと言うからですよ」
「お前は俺が何言ったって傷つかねーだろィ」
「いやいや、普通に傷ついてますよ。私のこと人間扱いしてくれないし輪ゴム飛ばしてくるしパシられるしお金払ってくれないしすぐ首絞めてくるしプロレス技かけてくるし酷いこと言うし」
「分かった分かった」

息継ぎせず早口で沖田先輩への不満をたらたら挙げる。まだまだたくさん言いたいことはあったが制止が掛かったので口を閉じる。すると先輩は気だるげな歩き方でこちらへやって来て隣の席に腰掛け、上履きを履いたまま私の机の上に足を乗せる。

「…行儀悪いですよ」
「失恋かィ」
「私の話聞いてますか?」
「お前のことを更にブスにさせるような男はやめときなせェ」
「いや…まだ失恋も何も言ってないですし、さっきからブスブスうるさいんですけど。知ってますよそんなこと、泣きますよ」
「俺にしとけよ」
「……は?…えっ、それはどう、」

どういうことですか?という言葉は、私の声に被せて開かれたドアによって掻き消される。教室に入って来たのは土方先輩で、おサボり大遅刻上等な沖田先輩が早い時間に集合していることに驚きの声を漏らしていた。そんな土方先輩の登場によって沖田先輩は舌打ちした後机から足を下ろし、椅子から立ち上がると自分の席へと戻って行った。


その後、鬼の副委員長とも呼ばれる土方先輩によって作られた厳しい規則のおかげで遅刻する生徒は一人もおらず、予定通りの時刻に委員会が始まる。

「いいか、受験生は試験を受けるだけでなく俺達在校生のことも見に来ている。気を引き締めて仕事するように!」
「正直入試の手伝いが風紀委員の仕事で最も重要と言っても過言じゃねェ。……下手なことしたら退学だかんな」
「え、退学?!」
「ンだようるせーな山崎」

来月行われる高校入試の手伝いも私達風紀委員の仕事らしく、前日までの仕事や当日の仕事など事細かに書かれたプリントが配られたので軽く目を通す。今回は書記の仕事がなかったこともあるが数分前の出来事が頭の中を支配しており、正直なところ一生懸命口を動かしている近藤先輩や土方先輩の話はほとんど入ってこなかった。



――俺にしとけ

そう口にした沖田先輩の真剣な眼差しが脳裏に焼き付いて仕方がない。俺にしとけ、という言葉の意味を色々模索してみたが一つしか見当たらなかった。信じ難いことこの上ないので口に出すのは憚られるが、おそらくはそういうこと、なのだろう…。
とかいって本当は私を励ますために言ってくれただけですよね?もしくは、冗談で言ったとか?……何にせよ、沖田先輩が私にあんなことを言う理由も見当たらないので訳が分からなかった。

ただでさえ朧先生のことで悩んでいたというのに沖田先輩のせいで更に混乱していた私は、当然入試準備の説明を右から左に流してぼけーっとしていた為、委員会終了後青筋を立てた土方先輩にキレられプリントに書かれた文字を全て音読させられることになった。


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