謹賀新年




「寒……」

防寒着に身を包み昨年に思いを馳せながら私は今、新年を祝う為に神社へ足を運んでいる。この時間は初詣に来る人が多いので人混みを嫌う家族は日中の空いた時間に行くらしく、炬燵でぬくぬくみかんを食べながら外へ送り出された。
普通こういうのって家族皆でおみくじ引いたり手を合わせたりするんじゃないの?と寂しさを感じるが、先ほど朧先生から新年の挨拶メールが届き気分が最高に上がっていたので、ぼっち初詣だろうとなんだろうと今の私にはどうでもいいことである。


「よぉ雌豚」
「……あけましておめでとうございますサヨナラ」
「おい」
っ」

声をかけてきた悪魔は、私が首に巻いていたマフラーをガッシリ掴んで首を絞めてくる。何故いつも沖田先輩と切り替わりの時期早々に顔を合わせてしまうのか。そういう類の呪いでもかけられているのかもしれない。


「もう帰んのか」
「ええまあ」
「まだ入り口に入っただけじゃねーか。何もしないで帰るなんておかしいだろィ」
「沖田先輩と会わなかったらちゃんと参拝してましたよ」
「神様の前でプロレスごっこしたいって?」
「いっ!でででで!!すいません!嘘!嘘だから!」

一ミリもかすっていない言葉を復唱した先輩の腕が私の首を挟み込んで、痛みと苦しさに悶えることになった。周りの参拝客が怪訝な目でこちらを見てくるが一切助けに入ってくることはなく、両手で先輩の顔をベシベシ叩くとやっと解放される。

新年早々何故こんな思いをしなければならないのだろう。でもまあこの悪魔との交流はあと3ヶ月ほど我慢すれば終わると考えれば少しは気が楽になる。勿論来年度も風紀委員になることがなければ、の話だが。



「総ちゃん」
「姉上!」
「探したのよ」
「すみません」

チゲ鍋大好きチゲ姉さん、もといミツバさんが素敵な着物を着てこちらにやってくる。沖田先輩はお姉さんのことが大好きなようで、悪魔のあの字も見当たらない好青年が私の視界の隅で笑みを浮かべていた。他の人、特に私に対してもこのくらい優しかったら良いのだが、そんなことは天地がひっくり返っても絶対起き得ないことである。


「なまえちゃん、だったわよね。あけましておめでとう」
「はい、あけましておめでとうございます」
「これからも総ちゃんのことよろしくね」
「……善処します」
「善処って何でィ」
「言葉の通りですが?」
「あ?」
「ひっ……あ!ほら、おみくじのとこ人少なくなってますよ、引きに行きましょうよ!」
「あら本当ね!」

ミツバさんがこの場にいるおかげで沖田先輩の本性が抑えられており今のところ物理的な攻撃は来なかったが、これ以上生意気なことを言ったらタダじゃ済まなそうなので視線を彷徨わせた結果目に入ってきたおみくじで話題を逸らすことにした。


一回百円と書かれたプレートの横におみくじの筒が置いてある。前の姉弟に続いて私も巫女さんに一枚硬貨を渡して筒を振った。

「私、大吉だったわ」
「姉上おめでとうございます。俺はー、っと。吉でした」
「……」
「何黙ってんでィ」

おみくじの結果を読み上げる二人に倣って自分も、と口を開いた瞬間目に飛び込んできた文字に絶句する。"凶"と書かれていた。思い返せば去年のおみくじも同じく凶であり、風紀委員の点においてそれ相応の一年だったように思う。何度か立ててきたフラグを回収してしまう気がしてならなかった。きっと来年度も私は風紀委員に………。


「うわ、凶じゃねーか」
「あら…」
「ま、あそこに括り付けりゃ大丈夫だろ」
「……行ってきます…」

結び所へとぼとぼ歩きながらおみくじの内容を読むと、探し物は見つからないし待ち人も来ないなどの私をネガティブにさせる文面がずらっと並んでいた。ちなみに恋愛の欄は"一途に尽くせ"と書いてあり、マイナスなことは特に記載されていなかったことが唯一の救いである。


「えーっと、ここに結べばいいのかな…」
「そうではない、こうじゃ」
「え?」

突然何者かに私の手からおみくじを奪い取られ、驚き振り向くと装束を着た年が近めの男の人が隣に立っていた。彼はこの格好から思うにここ結野神社の関係者なのだろう。


「おみくじの結果が気に入らぬか」
「えっ……あ、まあ、二年立て続けに凶だったので」
「陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となる」
「……?」
「悪いことばかりが起きるわけではない。そこまで気を落とすな」
「ありがとうございます…?」

ありがたいお言葉を頂いた後先ほどの教え通りおみくじを結ぶと、彼は満足して去って行った。この人を何処かで見たことがあるような気がして不思議な感覚になりながら沖田先輩達の待つ境内へ戻る。
遅ぇと睨んでくる先輩はともかく寒い中ミツバさんに着物姿で待たせてしまったことを申し訳なく思ったが、私は二人と一緒に行動する必要はなくおみくじを結ぶタイミングで「じゃあまた学校で〜」と別れてしまえば良かったことに気付いてハッとする。

「あの、私はここで…」
「二人とも、お賽銭の方も空いてきたみたいよ。お詣りに行きましょう」
「そうですね!…オラ行くぞみょうじ」
「痛い痛い!引っ張らなくても行きますからぁ……」



二人と別れるタイミングを失った私は結局お詣りや甘酒を飲む一連の流れは勿論、神社を出るまで一緒に行動することになった。しかし一人で初詣しに来た時の寂しさはどこへやら、なんだかんだいって楽しく新年を迎えられたように思う。


沖田姉弟と別れて一人になったことで心理的なものなのか先ほどまで感じなかった寒さを強く感じ、残っている甘酒をぐびっとあおって帰り道を歩く。甘酒と言えば、神社で貰った時にミツバさんが自前の唐辛子パウダーをドバドバ入れ始め、驚く私をよそに涼しい顔をして美味しそうに飲んでいたことを思い出した。彼女はチゲが好きだと言っていたが一緒に食卓を囲んだら最後、二度と起き上がれなくなりそうだと身震いする。




「うわっ」

手に持っていたスマホの画面が暗闇の中で光り驚きから声が漏れた。しばらくデジタルの物に触れていなかった上に夜の目になっていたこともあり、眩しさに目を細めながら明るさ設定を一番下にする。
通知欄を見ると"朧先生"の文字が浮かび上がって一気に体が熱くなる。


"初詣は終わったか"

まるで今の私を見られているかのようにタイミング良く送られてきた文面にニヤけながら肯定の単語を返す。
唐突に先生の声が聞きたくなって"今電話してもいいですか?"と打ち込んでたものの、勇気が出ずなかなか送信ボタンが押せないでいた。
新年というチャンスを逃せば三学期が始まるまで先生と話す機会を失ってしまうとは分かっているのだが、本来生徒と教師は連絡先を交換するものではないし(佐々木先生のことは置いておいて)、先生にも先生のお正月の過ごし方があるのだからと思うと邪魔するのも忍びなかった。


「つくしゅん!!……あ」

しかし、突然襲ってきた鼻のむず痒さのせいでくしゃみをした私はその弾みで送信ボタンをタップしてしまう。
すみません違うんです間違えて送ってしまったんです、と言い訳を打つ間もなく画面がパッと切り替わり、先生から電話が来ていることを知らせる。

「…も、もしもし」
《どうかしたのか》
「あ、えっと、今時間大丈夫ですか?」
《問題ない》
「なら良かったです。……その、先生の声が聞きたくなった、と言いますか…」
《そうか》

簡素な返事であるが朧先生の声が聞けて私は舞い上がっており、おみくじで凶を引いたことなどすっかり忘れていた。


「先生は初詣行かれるんですか?」
《人が少なくなる頃に行こうと思っている》
「先生人混みあんまり得意じゃなさそうですもんね」
《あぁ。今日は混んでいたか》
「超混んでましたよ〜。あ、そういえば沖田先輩とミツバさんに偶然会いました」
《それは良かったな》
「…いや、まあ、良かった…?んだと思います」

あの二人に会ったことは良かったと言えば良かったが、新年早々先輩からバイオレンスを浴びる羽目になったのでそれはそれで考えものである。


「……早く先生に会いたいなぁ」
《後九日もすれば会える。風邪引くなよ》
「そうですね!先生も体大事にしてくださいね」
《あぁ》
「じゃあ、おやすみなさい!」
《おやすみ》

なかなか聞けない先生の「おやすみ」という単語に胸がキュッとなる。
ただ、私の気のせいなら良いのだが最後の方先生の声のトーンが低かったように感じ、もしかしたら眠たかったのかもしれないと電話したことを少し申し訳なく思った。しかし先生と新年早々話せたことで笑みが漏れる。

三学期まで早く時間が過ぎますようにと願いながら家路に着いた。


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