降誕祭




「いやぁ、突然だったのにありがとうねぇ!本当に助かるよ」
「それは良かったです…はは」

十二月下旬の寒い中だというのに全身サンタコーディネートをさせられた私は、商店街の一角に佇むケーキ屋の前でクリスマスケーキ販売に勤しんでいた。

本日はクリスマス当日。ケーキ屋にとって大事な日であるにもかかわらず、短期バイトに入っていた一人の学生がインフルエンザを発症し来れなくなったらしい。困っていたオーナーが学生時代の友人であった私の父親に連絡した結果、私が代わりに入ることになってしまったのだ。毎年彼氏なし(疑惑の判定中)予定もなしのクリぼっちな私は断る理由もなかったので二つ返事で引き受けたのだが、考えなしに了承したことを酷く後悔していた。

寒空の下、薄着なサンタの格好をして何時間も立ち続けるというのは身と心の両方においてダメージがある。こんなコスプレが許されるのは私みたいな芋JKではなく陽キャやパリピJKだけだ。知り合いに会わないことを願ってお客さんを呼び込む。



「五百円のお釣りです。ありがとうございますー!………ハァ〜。うっ、さむ」

疎らにやってくるお客さんを捌きながら、誰もいなくなったのを確認して白い息を吐く。冷たい風が棘の如く身体中に突き刺さりぶるりと身震いをした。あと何時間この寒さと恥ずかしさに耐えなければならないのだろうか。腕時計を見れば分かるのだが、確認すればするほど時間の進みが遅く感じると思っているので少し上げた左手の行き場を作り出すために右手と擦り合せることにした。しかし、いくらさすっても手は冷たいままである。

何時間経ったかは確認しないことにしたので不明だがもうこの時点で私の心は軽く折れてしまっており、クリスマスケーキ販売のバイトを平気な顔でしている人達に対してとにかく尊敬の念を禁じ得なかった。


「もう辛い、無理。早く終わんないかなぁ」
「ケーキ、一つ売ってくれるか」
「あっ、すみません!只今っ……へ?は、おっおぼ……」

誰もいないと油断して弱音を吐いていたところにお客さんが来てしまったことで焦っていた私だったが、彼の顔を見て更に言葉を無くす。

冬休み中、それもクリスマスの日に会えるなんて一ミリも思っていなかった朧先生がお洒落なコートを羽織って、クリスマスケーキの乗った台を挟んだ先に立っていたのだ。


「な、なぜここに…?!」
「お前の顔を見に来た」
「ハ」

今、何て?
少女漫画でよく目にし、そして乙女の憧れる台詞の一つが先生の口から飛び出たものだから固まってしまった。いや、元々寒さで体はカチコチなんですけども。
朧先生の私服は一度暖かい季節に見たことがあったが、冬服は初めてだった上に先生への好意を自覚してから私服を見たのはこれが初ということもあり色々とキャパオーバーだった。

先ほど言ったようにクリスマスに会えるというのがもうおかしい。きっとこれは夢だ。夢。目をギュッと瞑り氷のように冷たい手で頬をつねってみたが、痛いだけで目を開けても何も変わらなかった。


「何をしている」
「あっいや、その……先生に会えるなんて夢みたいだなぁって」
「……」
「あれ、何か変なこと言いました?」

痛む頬を優しくさすりながら朧先生に会えた喜びを伝えると、先生が口を一文字に結んでしまったので調子に乗りすぎたのではないかと焦る。

「…この前今井とクリスマスは予定がないと話していただろう。だから家にいると思っていたんだが…何故ここにいる」
「実は……」

信女ちゃんとの会話を聞かれていたことに少しびっくりしたが、他にお客さんもいなかったので事のあらましを話すことにした。

それにしてもせっかく先生が時間を割いて会いに来てくれたのに当の私がバイト中だなんてツイてないし、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「……というわけでして。在庫の八割以上は売り切らないと多分帰れないと思われます…」
「困っている人を助けるという点はなまえの良いところなんだがな。今日ばかりは参ったな」
「すみません……せっかく来てくれたのに」
「……ケーキは後何個残っているんだ」

台の上に乗っているケーキは七つだが、これにプラスでお店の冷蔵庫の中にしまってある分を足した数が残りの在庫だ。私がケーキを売るたび裏から補充されてくるので後何個冷蔵庫にあるかは分からなかった。しかし朧先生がここへ来る前、多くの人々にケーキを売りさばいたためかなり減っているようには思う。
オーナーに確認する為店の暖簾をくぐる。

「あの、オーナー」
「ん?なまえちゃん、どうした?ケーキ足りなくなった?」
「あ、いえ……後どのくらいケーキが裏にあるかお客様が知りたいらしくて」
「在庫確認?ちょっと待ってねぇ」

オーナーがカウンターの奥へ消えていく。十はゆうに超えていそうだ。それにしても店の中が暖かくて、一度入ったらもう外に出たくないと体全身が訴えてくる。


「よっと、お待たせ!」
「確認ありがとうございます」
「あと八台だね。ただ、残りの二つはウチで引き取るのともう一つはなまえちゃん家におすそ分けするつもりだったから、裏は五台ってとこかな」
「えっ、お裾分けだなんて申し訳ないです……」
「いやいや、なまえちゃんのおかげで本当に助かってるからさ!」
「……」

オーナーの言葉を聞いて、早く帰りたいと思ったことを反省した。やっぱり今日は朧先生には申し訳ないけれど全部売り切るまではちゃんと仕事をしよう、と心に決め外に出ようとした瞬間店のドアが開かれる。ケーキを求めてお客さんがやって来たのかと思ったが、そのお客さんとは鼻を赤くした先生だった。


「あっ、ごめんなさい、お待たせしてしまって」
「構わない」
「あ、在庫は五つみたいですよ」
「そうか。…すみませんが、表に出ているクリスマスケーキ七つ全部頂けますか」
「えっ」
「七つも!?」

朧先生の衝撃発言に驚く私とオーナー。お互い顔を見合わせて聞き間違いではないことを確認する。何のつもりだろうか。先生は甘い物が大好物のようには見えないが……。


「…先生正気ですか?」
「知り合いの道場に子どもが多く通っている。そこに差し入れするだけだ」
「吉田さんのところですか?」
「…あぁ、知っているのか」
「ん?待って、なまえちゃんこのお客さんと知り合いなの?」
「っあ、はい」
「私の教え子です」
「そうなんですか!いやぁ、なまえちゃんでかした!」
「え、あ、どうも…?」
「この時間に七台も売れればあとは売り子がいなくても俺たちだけで捌けると思うし、なまえちゃん帰っても良いよ!」
「えっ」


何が起きているのかわからないまま私はケーキ屋のバイトから解放された。
更衣室で私服に着替えると、オーナーから何度も感謝されたのちみょうじ家用のケーキも先生に渡したことを伝えられる。

「本当ありがとね!あぁ、先生は外で待ってるみたいだよ」
「いえ、こちらこそケーキありがとうございました」

オーナーにお辞儀をし外へ出ると、鼻の頭が赤くなったままの先生が立っていた。中で待っていても良かっただろうに。こういうところは律儀なんだなぁと感心しながら、手に持っていたマフラーを先生の首に巻き付けようと背伸びをしたが届かなかった。

「何をしている」
「外で待たせてしまったので少しでもあったまってもらおうかと…」
「……その必要はない」
「そうですか…出過ぎた真似をしてすみません」

先生に拒絶された気がしてしょんぼりしていると、突然目の前にケーキの箱が四つ入った袋を差し出されたのでとりあえず受け取る。先生も男性とはいえケーキ八つを持つのは流石に疲れてしまうだろう。私を寒さや羞恥から解放してくれた先生に大変感謝しているので半分どころか全部持っても良いくらいだった。もう一方の袋を下さい!と左手を先生の方へ伸ばすが一向に袋は差し出されない。数秒後やっと動いたかと思えば先生の右手が私の手に重なったので、驚きから握っていたケーキの袋を落としそうになった。


「え」
「これで良い」
「は、ほ……そっ…あ」
「何だ?」
「て、手!」
「嫌なのか」
「いやいやいや!あ、いや、このいイヤはその嫌ではなくて、あの、えっと!?」
「落ち着け」
「無理!落ち着けるわけないですこの状況で!」

とは言ったものの落ち着かないわけにもいかないので、冷たい空気を肺に流し込むように深呼吸する。

私は今、先生と手を繋いでいるのだ。ケーキの販売で冷えた手が先生の温かい手によって包まれたことで徐々に熱を帯びていく。


「やっと静かになったか」
「す、すみません……その…」
「何だ」
「ケーキ、高かった…ですよね?ごめんなさい」
「金でお前との時間が買えるならどうということではない」
「せ、先生……そういうの、駄目です…」
「悪い。教師としてあるまじきことを、」
「いや!そうじゃなくて!嬉しいですよ!嬉しいんですけど!今日めちゃくちゃ朧先生、キュンキュンすること言うから……そういうの慣れてないし嬉しいしとにかくもう、爆発しちゃいそうなんですよ!」
「……そうか」

興奮して思ったことを包み隠さず言ってしまったが、朧先生の静かな反応によって冷静になる。私たちは別に付き合っていないし先生が私のことを好きかどうかも分からないのに、こんなことを言って引かれてしまうのでは…。どうしよう、こいつキモ!とか思われて握っている手を離されたらそれこそショックで死んでしまう。


「あの、すみません…なんか一人で盛り上がっちゃって」
「……私もお前の一挙一動に心が浮つく。気をつけろ」
「えっ?」
「………行くぞ」
「あ、ちょっ、先生歩くの早いです!」

心配する必要はなかった、のかな。私を引っ張るように歩く先生の髪の隙間から見えた耳が赤かったのは寒いからだけではないと思って良いですか?








「子どもたち皆喜んでくれてよかったですね!」
「ああ」

吉田さんの道場へクリスマスケーキを届けると、私と一回り近く年の離れた小さな門下生が一生懸命稽古をしていた。頑張っているなぁと思う一方で彼らと同じ年齢だった頃のことを思い出して自分が情けなくなる。今も昔も何一つ夢中になって頑張れることがなかったからである。本日のアルバイトでさえきちんとやり遂げることなく終わってしまった。勿論朧先生とクリスマスを過ごせるのは嬉しかったので何とも言えないけれど。


「来年もケーキのバイトやろうかなぁ……」
「…何?」
「道場の子ども達を見てたらこう、私も何か一つ頑張りたい!と思いまして」
「だからといってあのバイトじゃなくても良いだろう」
「うーん、まあそうなんですけど……」
「悪いがあのバイトは勧められないな」
「え?」

朧先生の言葉にどうして?と首を傾げたが返事は返ってこない。先生ってよく会話の途中で黙り込むよなあ、なんて思っていると隣から「服」という声が降ってくる。サンタの衣装のことを言っているのだろうか。確かにあれは私が着るには見苦しいものがあったので、そうだと分かってはいながらも先生にも似合っていないと思われているのであれば少し悲しかった。……自分磨きしなきゃな。


「あの服が似合うJKになれるように頑張りますね!」
「そうじゃない」
「え?」
「あんな薄着では風邪を引くだろう」
「確かに…!忘れてましたけどめっっちゃくちゃ寒かったんですよアレ!」

自分の手で肩を抱き寒さを表してみる。そりゃそうだわな、と言いたげな顔で朧先生がこちらを見るので苦笑を返す。


「……それに、来年は予定を空けておけ」
「!!っはい!必ず!守り抜きます!」
「…そこまで力まなくていい」

直接的な言葉ではなかったが、要するに来年のクリスマスも一緒に過ごそうと誘ってもらえたということで間違い無いだろう。嬉しくて飛び上がってしまいそうな衝動を抑えながら歩いていると知らぬ間に私の家の前に到着していた。


「あれ、家……」
「今日はもう遅いからな」
「……本当だ」

朧先生が隣にいることで他のことに気が回らなかったが、先生の言葉で外が真っ暗なことに初めて気付く。
元々ケーキ屋のバイトをしていたのでそこまで時間が余っていたわけではなかったが、それでも先生と過ごした時間はあっという間だった。
もう少し一緒にいたい、というわがままは先生を困らせてしまうと分かっているので口に出さないよう気をつけてゆっくり頷く。


「……そんな顔するな」

寂しいという気持ちが表情に出てしまっていたようで、少し困ったように眉を下げて私の頭を軽く撫でた先生はスマホをポケットから取り出して何やら弄り、数秒後画面をこちらに向けて差し出した。

「私の連絡先だ」
「えっ!…い、良いんですか?」
「周りの奴らには言うなよ」
「勿論です!!」

自分のスマホに朧先生の名前が映し出され、喜びからエヘヘという声と共にニヤニヤが止められなかった。辛い時はこの画面を見て頑張ろう。ネットが普及したこのご時世では命の次に大事な物はスマホだという声が多く挙がるだろうが、私今この瞬間にスマホが命と同じくらい大事な物になった。


「また学校でな」
「はい!」
「冬休みだからといって勉強サボるなよ」
「うっ……はい」


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