邂逅




文化祭の後夜祭中朧先生に気持ちを伝え、その気持ちを拒絶されるどころかむしろ好感触だった。…のだが、二学期中特に私たちの関係が変わったわけでもなく、そのまま冬休みに突入してしまうのだった。

まだ好きとも言われてないし、好感触だと思っているのは私の思い違いという可能性もあるが、なんとも言えない距離感のまま長い冬休みを過ごすのかと思うと少し悲しくなる。


そんな私は今、両手に重たい荷物を抱えながら慣れない道を歩いている。
数時間前に仕事へ出ていた母親から突然電気屋に向かうよう電話が入り、何事かと思えば「予約してた加湿器受け取りに行ってくれない?」と言うだけ言って私の返事を待たずに通話が切られる。長期休みに入りこれといって用事もなかったので色々言いたいことはあったが電気屋へ加湿器を受け取りに行くと「これ本当にお嬢ちゃんが一人で持ち帰るの?」と電気屋の店員に何度も尋ねられたが、そうする他ないのでただ頷くだけである。
勿論私だって徒歩ではなく車を利用するべきだと思うのだが、両親ともに出払っているし私自身車の免許を取れる年齢でもないのでゼェハァ荒い息をこぼしながら一秒でも早く家に着くよう歩くしかなかった。


「ハァ〜……」

加湿器の入った段ボールは紐が何重にも掛けられており、それに付けられたプラスチック製の取っ手を握っていたのだが流石に手のひらが痛くなってきた為地面に置いて一休みしようと思った瞬間、閑静な住宅街に男性の「お嬢さん」という言葉が響いた。


「…?」

今歩いている道は人通りが少ない住宅街だった為おそらく私に向けて放たれたものだろうと思い、加湿器を置いて声のする方向に体を向けると桂くんと同じくらい長い髪の男性が私の元に近付いてくる。クラスメイトを例に出したが彼とは髪色から顔つきまで異なるので勿論他人である。
私の目の前で立ち止まった男性は今の時代では珍しい着流しを身に纏っており、優しそうに微笑んでいた。


「えっと、何か…?」
「お節介だったらすみませんが…その荷物、お持ちしましょうか?」
「え?」
「あぁ、自己紹介をしないと不安ですよね。私は近くの道場で剣術を教えている吉田松陽といいます」

ミルクティー色の髪を少し揺らして西の方向を指差す吉田さん。ただの勘でしかなかったが話し方や表情などから悪い人ではなさそうだと感じる。


「今は散歩中だったのですが貴方が辛そうだったのでつい。それに、見たところその荷物は女性が容易に運ぶのは難しいでしょう」
「やっぱりそう、ですよねぇ……これ正直凄く重くて困ってたんです。もしよかったらお願いしてもいいですか?」
「ええ、勿論です」

優しく微笑み了承した吉田さんは地面に置かれた段ボールをひょいっと持ち上げ私に向き直る。

「学生さんでしょうか?」
「あっ、はい!向こうの方にある銀魂高校に通ってます…ってそうだ、私もご挨拶した方がいいですよね、みょうじなまえと申します」
「なまえさん、ですか。私の門下生にも沢山銀校の生徒や先生がいるんですよ」
「そうなんですか!」

少し驚きはしたものの以前チョコと遊んだ公園もこの辺にあるので、朧先生や土方先輩が近辺に住んでいることを思い出す。先輩は剣道部の副部長だと言っていたしもしかしたら吉田さんのお世話になっていたかもしれない。


「あぁ、もしお時間があれば道場に寄っていきますか?お茶を出しますよ」
「え!いや、そこまでは…」
「構いませんよ。うちの門下生が学校でうまくやってるかどうか聞きたいんです」
「そ、そういうことなら…?」

私の家とは真逆の方面にある道場へゆっくりと歩き出す吉田さんの後を追う。
知っている人の話なら良いのだが、入学してまだ一年も経っていない上に友達の少ない私に吉田さんの求める返しが出来るか不安であった。







「さ、寛いでください。私はお茶を淹れてきます」
「…あっ、お構いなく……」

道場は全面畳張りで想像より少し広めの空間だった。壁沿いに置かれている棚には数々のトロフィーが置かれており、ここの門下生が優秀であることが分かる。

「あれ…?」

棚を物色していると見覚えのある人物が数人写っている写真を見つけた。いくつか写真立てがあったが、一つにはだるそうな顔で耳に小指を突っ込んでいる坂田先生と真面目な顔をした桂くんらしき少年がおり、もう一つにはおかっぱ姿の幼い信女ちゃんともう既に出来上がっている朧先生が写っている。この一枚は信女ちゃんが朧先生と同門であったことを裏付ける確かな証拠だった。勿論彼女の言うことを信じていたが実際に見ると信憑性がある。


「おや、知り合いがいましたか?」
「え、あっ、すみません勝手に色々見ちゃって…!」
「いえいえ、構いませんよ。そこには銀魂高校に進学した生徒やそこに勤めている先生が何人か写っていたでしょう」
「あ、はい!数人知ってる人がいました」

お茶請けやお茶の乗ったお盆を両手で抱えた吉田さんは知らない間に私の隣に立って写真を笑顔で眺めている。出会ってからずっと優しい顔をしていた彼だったが、写真を見る瞳は慈愛に満ちているものであった。


「教師になった彼らは勿論ですが、高校に進学してから子どもたちがぱたりと来なくなってしまいましてね…」
「…そう、なんですか」
「はい。ですからなまえさんに彼らの近況を聞きたくて」

寂しそうに笑う吉田さんから差し出されるお茶を受け取って一口啜る。

いつもだるそうで授業中にレロレロキャンディをよく舐めている坂田先生の話やそれに反して真面目に授業を受け委員長の仕事も頑張っている桂くん、そしていつも仲良くしてくれている信女ちゃんの話をしたり、また物理以外でもお世話になっている朧先生のことをそわそわする気持ちを抑えながら話したりとする間吉田さんは楽しそうに相槌を打っていた。


「……って、すみません!私一人で話しすぎてしまいました」
「ふふ、ありがとうございます。皆が元気そうで安心しました」
「…なら良かったです」
「それはそうと、なまえさんは朧と仲良しなんですね」
「エッ!?いや、そ、そう、なんですかね…?」

朧先生の話を振られて分かりやすく動揺してしまった。ただ単に仲が良いと言われただけなのに何をこんなに反応しているのだろうか。軽く火照る顔を平常に戻すことは難しかったので諦めてちらりと吉田さんを見ると、より一層弧を描いた口元でニコニコ笑っていた。

「……えっと、」
「朧のことを好いてくれているんですね。良かった」
「えぁ、良かった、とは…?」
「彼は人との交流があまり得意ではないでしょう。学校の教師になったと聞いた時は生徒と上手くやっていけるか不安でした」
「なるほど…」
「根はいい子なんですがね、コミュニケーションがうまく取れず彼を勘違いする門下生を見てきたものですから、心配で…」
「……他の生徒はどうか分かりませんが、私は朧先生が凄く優しくていい人だってこと、分かってます!それに、吉田さんが心配しなくても朧先生は立派な教師だと思います」

朧先生のことが好きな気持ちを除いても、先生はしっかり教師をやっているという自信があった。
しかし、ぽっと出の私が偉そうに物申すなんて気分を悪くされたかもしれない。少し考え込む吉田さんの顔色を伺うように見つめる。


「もう不安は無くなりました。ありがとう」
「…いえ、あの…上から目線で烏滸がましく…申し訳ないです」
「そんなこと思っていませんよ。これからも朧と仲良くしてあげてください。……それから、彼のことを宜しく頼みますね」
「えっ、よ、宜しく頼むのはこちらの方と言いますか……」
「ふふ」

私の気持ちに気付いたであろう吉田さんはこの後朧先生に重きを置いた門下生の話を沢山してくれ、彼の物腰の柔らかい口調や落ち着いた声のおかげもあってかとても話しやすかった為相手が初対面の人ということを忘れてしまった。
棚に立てられていた写真を見れば一目瞭然だったが、話を聞くうち門下生を大事に思う吉田さんのことを彼らも大好きでとても尊敬していたのだろうなと強く思った。この一、二時間会話をしただけだった私でさえこのような人になりたいと思ったほどだ。
もしかしたら朧先生の言う"憧れの人"とは目の前で微笑みを絶やさない吉田さんのことなのかもしれない。



その後、家まで私を加湿器とともに送ってくれた吉田さんを見た母親から質問攻めにあうことになるのだった。


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