突如始まったOwetch争奪戦の大乱闘を終え一安心していると文化祭の一般公開があと数分で終わろうとしていることに気づく。


この後は後夜祭を控えており、文化祭実行委員と共に運営の手伝いをしなければならなかったため先輩方と急いで体育館へ向かう。
それが終わると次は会場の解体作業へ移らねばならず、結局信女ちゃんと文化祭を楽しむことが出来なかったと肩を落とす他なかった。
しかし、まだ来年再来年と文化祭は残っているので次年度に希望を託すことにした。もう二度と風紀委員になることもないし大丈夫だろう。……今のはフラグじゃないですよ。







多くの生徒で賑わう体育館のすみっこで土方先輩と会場内を眺めていた。
後夜祭の開催中舞台のセット等大掛かりなものを文化祭実行委員が担当し、私達風紀委員は体調不良者等の生徒を担当することになっている。生徒たちの熱気も多少あるとはいえ、空調が整備されている体育館の中で体調不良者は出ることはないと思われるが念のためということで、早く帰りたいという気持ちを抑えながらスタッフとして後夜祭に参加していた。


「そういえば沖田先輩いなくないですか?」
「あぁ、アイツはステージ裏にいる」
「…まさか、何かに出演するんですか?」
「らしいぜ。俺も詳しいことは知らねェけど」


一体沖田先輩が何に出演するというのか。後夜祭のタイムスケジュールを見てもいまいちピンと来なかった。先輩のことだからどうせ仕事をサボるためにステージ上に上がろうと考えたんだろうな、なんて勝手に決めつけていた時だった。元々賑やかだった会場がワッと盛り上がり、反射的に顔をそちらへ向けると驚いた。沖田先輩がステージに立っていたのだ。それも女装して。


「……え!?」
「アイツ男装女装コンテストに出てたのかよ」

ウィッグを被りセーラー服を着て、少しメイクも施されている沖田先輩は悔しいけれども滅茶苦茶に可愛かった。元々端正な顔立ちをしていたので女装が似合うことも薄々感じてはいたが、実際に見てみると想像の五百倍は凄かったので会場全体が湧くのも分かる。


ぼーっと眺めていただけなので説得力に欠けるかもしれないが、会場の盛り上がりで考えればおそらくコンテストの優勝は沖田先輩だろう。本来私達風紀委員はステージというより観客の生徒に目を配らないといけない為、先ほどまでは素直に従っていた私は先輩以外の候補者を見ていなかったこともあり、絶対先輩が優勝!とは言えないが。






「お妙さん!!貴方は私の光です。私と永遠にグホォォォ!!!」
「どうしてゴリラが文化祭に参加しているのかしら?参加者はうちの生徒限定のはずよ」

「近藤先輩もここの生徒ですけども……」
「…近藤さん何してんだよ」

男装女装コンテストの結果は後夜祭ラストに行われるということで、いつのまにか次の告白大会に舞台は変わっていた。
が、沖田先輩に気を取られていて忘れていたが近くで近藤先輩の姿も見かけなかったことにステージに目を向けてから気付く。

近藤先輩はOwetch騒動時に既に痛めつけられたことを忘れたのか、それとも快感を求めるために自ら拷問されに行く姿を見た土方先輩は深い溜息を吐きながら頭を抱えていた。

「悪リィがあの人助けてくるわ」
「あ、はい……」

以前土方先輩は風紀委員の威厳が感じられないと危惧していたが、私達にとっては威厳という言葉が最も遠い存在ではないか?とステージを見て名誉挽回は諦めた。





「みょうじ」
「はい」

ステージ上で白目をむいて意識を飛ばしている近藤先輩と助けに入った土方先輩の身を案じていると突然名前を呼ばれた。もしかしたら舞台で行われていることに怒った先生によって「風紀委員の反省文もう十枚追加な」とか言われるのではないか、と恐る恐る振り返ると怖い顔をしてはいるがおそらく私の心配する反省文絡みの事ではないと思える人が立っていた。


「朧、先生」
「もうすぐ文化祭も終わるな」
「…は、はい!そう、ですね」
「……」
「……」

会話終了。
風紀委員に対するお怒りの先生では無かったとはいえ、朧先生への気持ちに気付いてからはずっと一人で勝手に気まずさを感じていたので今の状況もどうしたらいいのか焦っていた。好きな人と隣に並んで話が出来るのは幸せな事だったが、私にはただ相槌を打つだけでもいっぱいいっぱいで何も出来ない。


「私はみょうじに何かしただろうか」
「……え?」
「最近授業で目が合ったと思えば目が泳ぐ、廊下で話しかけたら歯切れが悪い。総体的に考えて避けられているように感じるのだが」
「……すみません」
「私が何かしてしまったのなら謝る」
「いや、せ、先生は何も…!私がちょっと、色々……ありまして」
「そうか」
「…はい」


朧先生の言うことは確かだった。授業中視線を合わせることはおろか先生のこと自体見ることすら難易度が高く、目が合ってしまったら心拍数の上昇を全身で感じるほどドキドキしてしまう。廊下で話しかけられた時も心臓が飛び跳ねてそのまま口から出てしまうかと思ったほど。
そんな状態で普段通り接することなど出来ず先生のことを避けていた。
しかしそんな理由は本人を前にして話せるわけもなく言葉を濁すしか出来なかった。


「今まで通りが難しいというならそれまでだが、最近の態度は気持ちの良いものではない」
「す、すみません……」
「……いや、怒っているのではない」
「はい…」

それもそうだ。私が逆の立場だったら?朧先生に理由もなく避けられるなんてショックどころの話ではない。勿論先生のことが好きだからここまでダメージが大きいのだろうが、好きな相手でなくとも突然今の私のような態度を取られたら嫌な気持ちになるはずだ。
自分のことしか考えていなかったことに反省しながら、先生に軽く頭を下げた。


「ごめんなさい。その、さっき言ったように私の問題なので詳しくは言えないのですが、最近色々あって…だからその、先生は何も悪くないですし何も気にする必要はない、んですけど……嫌な気持ちにさせてすみませんでした」
「お前にもお前の事情があるのは分かった。だが、他の奴らとは普通に接していたように思うが」
「…えっと……」
「私を好まないのならそう言ってくれて構わない。私としても一人の生徒に干渉しすぎたと反省している」
「え?…あ、ちょっ!」


私の返事を待つことなく朧先生は背中を向け、そのまま体育館から出て行ってしまった。

避けていた私が何言ってるんだという話ではあるが「干渉しすぎたと反省している」という言葉にひどく焦りを覚える。遠回しに「お前に関わらない」と言われていることと同義だろう。先生は優しい人だから私が悪いと言わずに自分の責任かのように言うが、その優しさは全て棘の如く私に突き刺さる。

この事態を招いたのは自分だが、もう以前みたいに会話出来ないのも先生に避けられるのも嫌だ、と居ても立っても居られなくなった私は仕事を放り出し急いで先生を追いかける。
すぐ体育館に戻れるかは分からないが、沖田先輩も近藤先輩も好き勝手やっていたのだから許してもらえるだろう。






「おぼ、ろ、せんせ!ハァッ待って、くだ、っさい」
「……みょうじ?」


やっと見つけた先生は体育館からかなり距離のある場所を歩いていた。
体育館を飛び出してからずっと全速力で走り続けていたせいで荒い呼吸のまま先生の名前を呼ぶと、立ち止まってゆっくりこちらを振り返る先生。
少し息を整えて口を開く。

「先生のこと、嫌いじゃないんです。お願いします、分かってください!」
「……それは分かった。だからもう体育館にもど、」
「分かってない!」

咄嗟に出てしまった声が想像以上に大きくてびっくりする私と、自分の声を遮ってくる生徒に気分を害したのか顔を歪める朧先生。


「……大声出してすみません。でもその、先生のこと本当に嫌いじゃないんです!むしろ、す、……好きというか。……あ、あはは……困り、ますよね」


先生の顔を見ることができなかったのでどんな表情をしていたのかは分からなかったが、きっと困っていたに違いない。
じゃあ後夜祭戻らなきゃいけないので、と早口で喋って今度は私が先生に背中を向けて来た道を戻る。





……言ってしまったぁぁ。体育館の入り口でしゃがみ込んでいると見慣れた文字で「大丈夫ですかZ」と書かれたノートが目の前に差し出され、顔を上げると想像通りのアフロ髪が視界に広がっていた。


"汗も凄いし体調が悪いなら保健室に行くべきだZ"

「え、汗……」

ちょうど持ち合わせていた乙女の必需品である小さなミラーを制服から取り出して確認すると、それはそれは酷い顔が映し出されていた。
走った反動で髪があちこちに爆発していることにも汗だくなことにも気付かなかった。こんな酷い見た目で先生に迫る私は何とも醜かっただろうか。これじゃあ嫌われるのは私の方だ。


鏡を見てから項垂れて動かない私を心配そうに見つめる斉藤くん。

「…あ、体調は大丈夫…ありがとう」

問題ないと伝えたにも関わらず彼は私に手を差し伸べてくれたので、汗ばんだ手をスカートでゴシゴシ拭いてから彼の手を取ろうとした瞬間「その必要はない」という声が耳に入ってくる。
振り向くまでもない。朧先生の声だった。


「……先生、」
「みょうじは私が責任を持って保健室に連れて行こう」

"そうですか。お願いしますZ"


先生が相手だからかあっさり引き下がる斉藤くんのアフロ髪を眺めていると、朧先生に右腕を優しく捕まれそのまま引っ張られる。


「え、あっあの、」
「ついて来い」
「っは、はい」


先生に引かれるがまま歩き、人気の無い校庭で足が止まった。先ほどの話を続けるのであれば人に聞かれない方が良いだろうから営業の終わった出店が並ぶこの場を選んだのは頷けるが、あの話に続きなどあるのか疑問であった。君は生徒だから悪いけど諦めてくれ的な何かかな、なんて自嘲しながら一向にこっちを向かない先生の大きな背中を見つめている。


「ここまで連れてきて悪かった」
「……あっいえ、全然」
「お前の言う"好き"はどんな好きなのか聞いておく必要がある」
「…はい、……はい?」

私の好きの意味を聞いてどうするつもりなのだろうか。しかし、ここまで来たならばきちんと私の気持ちを伝えておきたかった。恋が実らないことは痛いほど理解しているし、中途半端な気持ちで三年間過ごすより今想いを吐き出した方が良い気がする。勿論ショックで立ち直れない日々が続くと思うが。

心を決めて先生の目を見る。鋭い瞳、その下には濃い隈が存在を主張していた。いつも遅い時間まで起きているのだろうか。言葉数の少ない先生はあまり関わりを持たない生徒からは敬遠されていたが、その理由の一つには顔付きがあった。しかし、怖い顔も目の下の隈も私にとっては全て愛しいものである。


「……先生のことが、一人の男性として好き、です…」

心臓の鼓動が速くなるのを感じながら勇気を振り絞って震える声でゆっくりと伝える。最初こそ目を見つめることが出来たが途中からは恥ずかしさと怖さで視線を地面に落としてしまい、先生がどんな顔をしているのか分からなかった。

数秒間沈黙が続き、先生が静かに口を開く。

「お前の気持ちには応えてやれない」
「っ、です、よね……」

こう返されるのは薄々どころか確実に分かっていたのに、いざ朧先生の口から聞くと耐えられないくらい辛かった。私は生徒で先生は教師。規則で禁止されているだけでなく、何歳も年の離れた子どもに好意を抱いてくれるわけがない。
視界がぼやけていくのを感じながら必死に涙を流すまいと瞼に力を込める。


「今は、だ。…卒業式まで待てるか」
「……え?」
「お前に言わせてしまってすまない。人気がないとはいえ誰が聞いているか分からないから直接的なことは言わん。……この意味が分かるな?」
「えっと、……え、あの、」

朧先生の言っている意味を理解するのに数十秒ほど要した。私の頭が都合のいいように解釈しているのではないかと不安になった。
今は駄目でも卒業したら断らないってこと?それって先生も私のこと……。

「そろそろ後夜祭が終わるんじゃないのか。仕事はサボるなよ」
「え、いや、」
「行くぞ、なまえ」
「へ……っ今!名前っ」
「……」

言葉の真意をきちんと確認したかったが、私の名前を呼んだ後口を閉ざした朧先生は体育館への道を先導する。名前、知ってたんだぁ……。先ほどとは異なる感覚を伴ったドキドキと煩い心臓の音を聞きながら先生の後を追いかける。




体育館に着くと男装女装コンテストはぶっちぎりで優勝したと沖田先輩から写真付きのウザいメッセージが送られていたことに気付くが、今の私はそれどころではなかった。


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