「ありがとうございましたー!」

親子連れで私たちのお店に足を運んでくれたお客さんからお金を受け取り、その代わりにドーナツが入った無地の白い紙袋を渡す。

今日は文化祭の二日目であり、あみだくじでアタリを引いた信女ちゃんの提案通りドーナツの出店を営業している。
私は今受付を担当しているのだが、後ろからドーナツを揚げる音が聞こえ、かつ甘い匂いがこちらまで漂ってくるのでお腹の虫がこれでもかと泣き喚いていた。文化祭の喧騒に紛れて誰の耳にも入ることはなかったが。


「ふ〜……」

客足が落ち着いたため何となく腕時計に目をやると長針が11を指しており、あと五分でクラスの仕事が終わることに気づく。


「そろそろ終わりだね」
「あっもうそんな時間?……はい!これなまえちゃんの分ね」
「え?」

共に受付をしていた女子生徒から紙袋を渡され、中を見ると私たちのクラスで売り出しているドーナツが三つ入っており驚きから目を丸くしてしまう。お金を払おうとポケットから金券を取り出したが彼女は首を左右に振ったので、右手に握った金券は行き場をなくしてしまった。

しかし、どうして?という疑問は口にする前に彼女から語られる。
私は文化祭の開催中クラスの模擬店の仕事だけでなく風紀委員として校内の見回りやお客さんの誘導などをしていたのだが、文化祭の前日にも文化祭実行委員と共に会場の設営作業を行なっていた。そして、文化祭が終わった後は作ったもの全てを解体するという仕事を控えている。
それらの点からクラスメイトの有志が私に労いのドーナツをくれたというわけらしい。なんとも感動する話だろうか。
彼女たちの優しさに感謝し、本日の文化祭終了後に行われる解体作業も頑張ろうと意気込んだ。




長針が12になったのを確認して次の担当者にバトンタッチしたのち、向こうのベンチでマスドの箱を膝に置きもさもさとドーナツを頬張っている信女ちゃんの元へ急ぐ。

「信女ちゃん、お待たせ」
「待ってない」

彼女の隣に座り先ほどもらったドーナツを一緒に食べる。


「ご馳走さまでした!…よし、どこか行きたいところある?」
「……どこでも」

他の生徒の用事などの兼ね合いで信女ちゃんとは別々の時間帯にシフトを組まれてしまった為に、彼女と一緒に行動できるのは今からである。前日の文化祭一日目は風紀委員の仕事で構内を駆けずり回っていたこともあり、そもそも信女ちゃんとはほとんど会えていなかった。


「なまえは?」
「あ、行きたい場所?うーん……」

風紀委員の仕事にお客さんの案内も含まれていたおかげでちょうど持ち合わせていたパンフレットの存在を思い出す。ポケットから取り出し信女ちゃんと一緒に眺めてみる。

真ん中のページまでペラペラめくってみると、体育館で行われる催し物のスケジュールが載っていた。
演劇部の公演はあと二時間後で吹奏楽部の演奏会も三時間半後、バンドのステージは後夜祭の時ということでなかなかちょうどいい時間のものが見当たらない。

パンフレットを見ていてもあまり実感が湧かないので校内をぶらぶら歩いて決めることにした。


「こことかは?縁日なんだけど、何故か木刀白刃取りもやってるみたい。成功したら豪華商品プレゼントだって」
「豪華商品って何」
「え、何だろ。教室入ってみないと分からないかも…。でも信女ちゃん得意そうじゃない?」

剣道の大会で優勝している信女ちゃんの剣の腕前は確かなものだ。剣道と白羽取りはまた違うジャンルだとは思うが、それでも私が挑戦するよりかは勝率は高いだろう。


「ん?お前らも白刃取りしに来たのか」
「うわぁ…………信女ちゃん、やっぱり他行こうか」
「オイ、人の顔見てその反応は失礼じゃねーかィ?」
「いだだだだ!」

右耳を思いっきり掴まれたのち、耳が千切れるのではないかと思う程の強さで引っ張られて涙目である。
そんな私を見た信女ちゃんが間に割って入ってくれたので何とかこの場は収まったが、ジンジンと痛む右耳に優しく触れると熱をもっており明日凄く腫れているのではないかと気がかりに思った。



「まさかお前もアレを狙ってたとはねェ」
「…アレ?」
「弁天堂Owetchだ」

沖田先輩だけかと思いきや、疲れた顔をした土方先輩と制服が何故かボロボロの近藤先輩がこちらにやってくる。風紀委員の集まりでもあったのかと少し不安になったが、土方先輩の口から出た「弁天堂Owetch」という言葉を聞き一安心する。しかし、Owetchが何故話題に出てくるのかは未だ分からず信女ちゃんと共に首を傾げていた。
Owetchとは今年の春に弁天堂から発売された家庭用ゲーム機なのだが人気過ぎて品薄状態が続いているため、フリマアプリでは一つ六万円ほどで高額転売されているそうだ。


「白刃取りの景品になってんだよ。お前ら知らなかったのか」
「えっ、Owetchが景品?!」
「そんな驚くことでもねーだろ」
「いやいや、驚くでしょう!?」
「他にもボコ森のソフトやZS5本体とかも景品になってまさァ」
「……あの、そんな稀少なものを景品にして良いんですか?」
「まあ問題ねーよ。縁日の景品として出されてるだけだからな」
「…そういうもんなんですか………」

先輩の口から語られる景品の数々に驚きを通り越して最早ドン引きしていた。
文化祭の縁日で用意される景品はんまい棒だったりポケットティッシュだったりではないのか??
もしかしたらこのクラスには超高校級の御曹司がいるのかもしれない。


「で、まだOwetchは誰も獲得出来てないみたいなんだ」
「へぇ……じゃあ皆さんはOwetchが欲しくて白刃取りしに来たってことですか?」
「俺ら、っつうか…」
「…いやー、実はさ?お妙さんにOwetch勝ち取って来いってお願いされちゃって」

そう言って嬉しそうにはにかみながら頬をポリポリとかく近藤先輩だったが、どう考えてもあのお妙さんにただ単純にお願いされたようには見えなかった。よくよく見るとボロボロの制服の下からは傷が見え隠れしていて何かを察した自分がいる。


「…つーことで、悪りィがOwetchは俺らがもらう」
「渡さない」

先ほどまで私たちの会話を聞くだけに徹していた信女ちゃんが突然声を出したと思えば縁日のクラスにズカズカと入っていってしまった。







「では、まずどなたから白刃取りに挑戦しますか?」
「俺が」
「私」
「…………」
「…………」
「おいお前誰だか知らねーが上級生に譲るのが下級生の定めってもんでィ。譲れや」
「貴方、レディーファーストという言葉を知らないの」
「えっとぉ……?」

白刃取りを担当している生徒が困惑した顔でこちらに助けを求めてくる。だが、私が間に入ったところで何も変わる気はしなかったので彼には申し訳ないが無視させてもらった。


「……じゃ、じゃあジャンケンで決めるっていうのは…どうですか?」
「いいぜ」
「私が勝つ」

しかし、二人はとても気が合うのか十回連続であいこを出すという快挙を成し遂げ全く勝敗がつかなかった。Owetchへの道のりは長い。
二、三分ほどあいこが続いた後信女ちゃんがパー、沖田先輩がグーを出し先攻は私達となった。私達と言えど私自身参加する気は一切なかったが。


信女ちゃんは床に引かれた茣蓙に正座しアイマスクを装着する。教室中にいた全員が彼女に注目しており段々雑音が消えていった。
静かになったことを確認した縁日組の生徒はゆっくりと木刀を構えたのでその場の全員がゴクリと喉を鳴らす。そして、次の瞬間信女ちゃんの頭頂部めがけて適度な速度で振り下ろす。


結果は成功。両方の手のひらのちょうど真ん中あたりで木刀をしっかり受け止めていた。

「信女ちゃん凄い!!やったね!!!」
「Owetchは私のもの」

自分がOwetchを得たわけではなかったが、神業をこの目で見た興奮から信女ちゃんの元に駆け寄ってハイタッチをする。心なしか満足そうな顔をしている彼女を見て嬉しくなった。


「……待ちなせェ」
「嫌」
「先攻後攻は決めたが、先に成功させた奴が勝ちとは言ってねーよな」
「な、後から言うなんて卑怯ですよ」
「大体、Owetchを最初に狙ってたのは俺たちだ。なぁ近藤さん」
「まあ、うん…Owetchが手に入らないと俺、お妙さんに嫌われちゃうし出来れば先に失敗した方が負けっていうルールで、何回戦かやらない?」

いやいや、嫌われるどころか殺されますよ。と心の中で近藤先輩に言葉を掛ける。既にお妙さんからボコボコにされてきたというのに、それ以上が待っていると思うと少し可哀想に思えてきた。


「……ポンデリング」
「あ?」
「…あっ、えっと、ポンデリング奢ってくれるなら考えてあげないこともないよって言ってます」
「通訳がいねーと会話成り立たねェのかよ」
「いや、そういうわけではないと思いますけど……」
「分かった!ポンデリングは俺がいくらでも買ってやるからさっき言ったルールを了承してくれるかい?」
「分かった」

ポンデリングとOwetch獲得権を秤にかけて前者を選ぶなんて…と周りからどよめきが起こっていたが信女ちゃんは気にすることもなく茣蓙から立ち上がりアイマスクを沖田先輩に手渡す。


大事な友達として信女ちゃんを応援しながらも、こっそり近藤先輩の身の安全も願っていた。早めに決着がつけば良いのだが長丁場になる予感がしていた。一時間くらいで決まってくれれば御の字である。
…とは言いつつ、挑戦者が二人だけなら集中力を要する白刃取りゲームはそこそこ早い時間で終わるのではないか?と、



……期待していた時が私にもありました。




一回戦で沖田先輩も成功させ、二回戦へと突入しようとしていた所に炊飯器ガールでお馴染みのチャイナ先輩と、特攻服のように"天上天下唯我独尊"と背中に刺繍された長ランを着た三つ編みの他校生が乱入し、Owetch争いはなんと四時間にも及んだ。



結局Owetchは誰の手に渡ったのかというと、誰の手にも渡ることはなかった。

何故ならば沖田先輩にとって因縁の相手らしいチャイナ先輩は、いちいち沖田先輩に嫌味なことを言われるせいでカチンときたのか沖田先輩に飛び掛かり、そこから歯車が狂ったように思う。
信女ちゃんは最初こそ戦いに参加していなかったが沖田先輩の攻撃が当たったことで彼女もキレたらしい。縁日組の生徒から木刀を奪い取り参戦することに。
そして、目の前で繰り広げられる酷い有様を見て焦るどころか心底楽しそうにニコニコしながら「俺も混ぜてよ〜!」と耳を疑う言葉を発した三つ編み先輩により、ここから本物の大乱闘がスタートすることとなる。


それだけならまだ止めようがあった。しかし、ラスボスの登場で更に場がカオスと化す。
Owetchはまだかと様子を見にきたお妙さんが近藤先輩を蹂躙し、それを止めに入ろうとした土方先輩も意識を飛ばし、それを目の当たりにした私はただただガクブルするしかなかった。


そして彼らは綺麗に飾り付けられた教室内で長いこと暴れまわった末、惨状を聞きつけた先生たちによってこの戦いの幕が閉じられたというわけである。


Owetchは人を変えてしまうということがよく分かった一日であった。

ちなみに私たち風紀委員を含むこの場の全員が反省文を書くことになり、しばらくの間Owetchという言葉は禁句になりました。


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