今日は普段なら目が覚めない時間帯にひとりでに目が覚めた。このまえの山崎くんの代わりに服装チェックをした日同様両親は驚いていたが、私はそれどころじゃない。





――――なまえは、朧のこと好きなの




一昨日の放課後、信女ちゃんに言われた言葉が今でもずっと頭を駆け巡る。先日は大事を取って欠席し病院に行ったが、診察中もこの事ばかり考えていた。


私が朧先生を好き?…………まさか。
それに、教師なんて恋してはならない相手だ。



「オイ」

あの日、朧先生が信女ちゃんに告白していると勘違いした私はモヤモヤして、落ち込んだ。


「オイ…聞いてんのか」

それなりに人を好きになったことはある。だから、この気持ちが何であるかはだいたい分かっているつもりだ。……でも、信じたくなかった。


「オイィ!みょうじ!」
「は、はい!!!!」
「聞こえてんなら返事しろ!!」
「す、すみません!ぼーっとしてました」

突然横から土方先輩の怒号が聞こえて体がビクリと震える。考え事をしていて忘れていたが、今は毎週恒例の服装チェックを校門前で行なっていたのだが、意識がどこかに飛んでいた私を見つけて怒りに来たのだろう。


「お前がぼけっとしてる間に何人の違反生徒が通り過ぎたと思ってんだコラ」
「すみません……あ、でも、沖田先輩もその間見逃してるってことですよね?」
「アイツは元々仕事なんかしてねェからな」
「それ私より怒るべきだと思うんですけど」
「総悟は怒っても仕方ねーんだよ。お前もアイツの人となり知ってんだろ」
「いや、諦めないでくださいよ……」

ちらりと沖田先輩に目をやると、大きな口を開けて欠伸している姿が目に入ってこちらまで気が抜けてしまった。確かに今まで半年弱沖田先輩と関わってきた私も土方先輩と同じ意見ではあるが。


私の視線に気づいた沖田先輩はこちらにゆっくり歩いてくる。やべ、何か文句言われるかもしれない。


「土方さん、コイツ病み上がりなんで許してやってくだせェ」
「…え」
「病み上がりだァ?」
「コイツ一昨日頭に炊飯器ぶつけられて死んでたんでさァ」
「ハァ?!何だその体験。人生で一度あるかないかのレベルだろ」
「まあ、そうですね……もう二度目が無いことを信じて生きていきたいです」
「え、マジなのかよ」
「だから言ってんじゃないですかィ」

保健室で会話した時と同じ優しさを沖田先輩から感じて目が点になる土方先輩と私。土方先輩に至っては炊飯器の出来事すら信じ難いようだったが、本当だと知ると少し声のトーンが落ちた。


「お前、今日来ないと思ってたんだがねェ」
「いえ…仕事休むわけにも行かないですし、何より病院で問題なしと診断されたので」
「そりゃ良かったねィ」
「あーなんだ、その。怒鳴って悪かったな」
「…………あ、いえ全然…」

この二人が私に優しいことこそが、人生で一度あるか無いかの出来事なのではないだろうか?もう頭の痛みは収まっていて元気だったが、どうせならこの珍しい光景が面白かったので「大丈夫」と言わず二人の優しさを利用させてもらうことにした。


「お前、もう今日はやんなくていい」
「……しかし、」
「この暑い中立ちっぱなしはキツいだろ。なんかあったら困るしもう教室戻っとけ」
「…沖田先輩が一人になってしまいます」
「あとは俺が代わりにやるから」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「おう。授業も無理すんなよ。辛かったら早退しろ」
「はい」

静かに礼をして校舎へ向かう。顔のニヤけが止まらない。
土方先輩はともかく、沖田先輩にはいつも意地悪ばかりされていたのでこのくらいバチは当たらないだろう。






「なまえ」
「信女ちゃん!おはよう」
「もう大丈夫なの」
「うん、病院の先生が問題ないって言ってたから」
「そう」

教室に着けば、信女ちゃんが真っ先に私の元に駆け寄り心配そうに私を見つめる。あんなことがあったのに今まで通り仲良くしてくれる信女ちゃんに感謝しつつ、約束の品であるポンデリングを買い忘れたことに気付く。


「あ、ごめん、ポンデリング……」
「別にいい。あの時は適当に言っただけ」
「うーん、でも、ちゃんと謝りたいし」
「謝罪なら泣きながら何度も言われた」
「…うん、そうなんだけど…」
「別に気にしてない。……むしろ、朧の方が気になる」
「おぼ、っ!?ま、待って…!ここではやめよう?帰り道とか、その、二人の時にしよう…?」
「……分かった」

ここは教室で、私たちの会話に全く気がないとしても周りには生徒がいるので万が一話を聞かれた時が厄介だ。側から見たら何かを隠している怪しい人に見えたかもしれないが、私の気持ちが他の生徒にバレていなければ何だっていい。






今日は朧先生の授業が無い。今の状態で先生に会えばまともに会話が出来そうになかったので安心していると、突然教室のドアがガタン!と勢いよく開かれる。

「みょうじいるかー」

私の名前を気怠げに呼ぶ沖田先輩が立っていた。隣には瓶底眼鏡をかけた赤髪の生徒。彼女は誰か気になりながらもドア付近に目を向けると、力任せに開けられた為に先程までドアだった一枚の板はレールから外れており、嵌め直す作業は一体誰がやるのかと気が重くなった。

私を見つけた沖田先輩は女子生徒と共にこちらへやってくる。


「オラ、チャイナ言え」
「うっさいネ!分かってるアル。……その、ごめんヨ」
「……えっと?」
「みょうじの怪我の原因、コイツだから謝らせに来たんでィ」

その一言で一昨日保健室でした会話を思い出す。私に直撃した炊飯器の持ち主が大食いの生徒だと言っていたな。まさか、こんな華奢で小さな女の子が炊飯器を持ってきてまで沢山ご飯を食べるような人には全く見えなかった。


「……あ、あの、もう大丈夫ですから、」
「いいや、駄目駄目ネ!」
「えっ?」

中華娘などのイラストでよく見かけるシニョンキャップを付けた女子生徒は、そこから垂れている紐がふるふると揺れるくらい首を左右に降っていた。何が駄目駄目なのだろうか?


「お前の為に言っておくけどな、炊飯器投げたのは私じゃないアル」
「オイチャイナ何言ってやが、」
「このクソサドが私の大事な炊飯器を廊下に捨てて壊そうとしたネ!」
「……沖田先輩?」
「テメェ約束とちげーじゃねぇか。さっきお前にやった酢昆布返しやがれ」
「約束は守ったアルヨ。"とりあえず謝れ"っていう約束をな!!」
「クソチャイナが……台無しにしやがって」

チャイナ先輩と沖田先輩が、私を置き去りにしたまま教室内で取っ組み合いを始めてしまう。ここ、私の教室なんですけど……。っていうか喧嘩しに来たなら帰ってください。ただ、沖田先輩が人に罪をなすりつけて場をしのごうとしていたことは許せなかったので二人の間に割って入ることにした。


「お二人ともストップ!止まってください!」
「何アルか、もう少しでこいつの息の根止められたかもしれなかったのに。邪魔しないで欲しいネ」
「いや、うん、あのですね…クラスメイトが怯えてるんで喧嘩は……いや、沖田先輩の息の根を止めるのはまた別の機会にして下さい。失敗は許しませんよ」
「え、お前もクソサドが嫌いアルか!?私もヨ!仲良くしようネ!!」
「あぁ…はい。是非仲良くしましょうね」

思わぬところで見つけた味方は名前を名乗らないまま満足そうにして教室から去って行ってしまった。今度名前を伺おう。
チャイナ先輩と一緒にさりげなく出口に向かう沖田先輩の肩を掴む。

「で、沖田先輩?何か言うことあるんじゃないですかね」
「……あー、まあ」
「なに人のせいにしてるんですか?しかも酢昆布で買収ですか?汚ったないですね」
「…ンだよ、元気じゃねーか」
「ええそりゃ怒ってますからね!」
「前も言ったろ、こういうのは避けらんねェどんくさい奴が悪いんでィ」
「はぁ〜?!ほんっと沖田先輩っていい性格してますよね!」
「おー、ありがとさん。褒め言葉として受け取っとくぜィ」
「オブラートに包んで貶してんだよ!」


あ、そろそろチャイム鳴っちまう。なんて能天気なことを言いながら教室を出て行ってしまった沖田先輩。
全く、この人は。少しの間だけ感じた優しさは幻だったかのように感じられた。

とりあえず沖田先輩がタンスの角に小指をぶつけますように祈りながら、外れたドアを直しに向かう。
はぁ……どうせならコレ直してから帰って欲しかったなぁ。


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