"三分以内に焼きそばパン買ってこい"


四時間目の終わりを告げるチャイムのと共にスマホの画面が点灯した。差出人はデーモン沖田先輩。ここだけの秘密だが、沖田先輩の連絡先の名前はデーモン沖田で登録している。バレたらどうなるかは滅茶苦茶に分かってます。それでもこのくらいの反抗をしていないとやっていられないのだ。小さすぎる反抗だが。あと語呂と発音が良い感じにマッチしていて気にいっているのは内緒だ。


"出来なきゃお前が大人のオモチャにハマってること皆にバラすぞ"

……なんという脅し文句だろう。全くもって大人のオモチャにハマってなどいないのでそんな噂を流すのは絶対にやめて頂きたい。むしろ、一万円もする手錠を購入し持ち歩いている沖田先輩の方が断然そっちの気があると思うのだが。

普通の人であれば脅すだけ脅して行動しないのかもしれないが、沖田先輩の場合本当に周りに吹聴しかねないので急いで購買部へ向かった。





「焼きそばパンね、百五十円だよ」
「二百円でお願いします」
「はいよー、五十円のお返しね。まいどあり」

購買部のお姉さんからお釣りを預かりポケットにしまう。

スマホを取り出し「焼きそばパン買いましたよ」とタッチパネルに触れた瞬間、先輩から新しいメッセージがピコンと画面に表示される。

"お前の金でな"

持っていた焼きそばパンを地面に思いきり投げつけてやろうかと思ったが、食べ物を粗末に扱うものではないし、第一焼きそばパンに罪はない。

口内に力を込めて思いっきり舌打ちし、先輩の教室に行くための階段をズカズカ登る。ちょうどすれ違った斉藤くんが体をビクリと震わせていたが、タイムリミットの三分まで時間もなかったのでスルーして目的地へと急ぐことにした。








「ハイ!焼きそばパン買ってきましたよ!!」
「おー、ご苦労ご苦労。……だが、残念だったな。一秒オーバーでィ」

ご丁寧に時間を測っていたのか、沖田先輩から差し出されたスマホの画面には時計アプリが立ち上げられており、00:03:01と表示されたまま時間が止まっていた。

「いや、先輩の止めが遅かったんですよ」
「俺の指のせいにすんのかィ」
「そうですけど?ていうか一秒くらい許してくれたっていいでしょ。しかもしっかりタイム測ってるとか細か過ぎでしょ!そんなんじゃ将来ハゲますよ」
「みんなァー、聞いてくれェ。こいつは大人の、んぐ!!ンー!!!!」
「ワー!!ワー!!!」

ハゲますよ、と言ったことにカチンと来たのかそれともただ当初の(勝手に先輩が取り付けた)約束通りのどちらかは分からないが、(先輩が捏造した)私の性癖を教室中に響き渡るくらいの声で暴露しようとしていたので、先輩の後頭部を右手で支えながら左手で口を強い力で押さえつけた。


「あ、えっと、大人のふりかけ誰か持ってる人いないかなー?って先輩が代わりに聞いてくれたんですよね!あはは」

沖田先輩が呼びかけたこともあり教室中の視線は私たちに集まっていたので、愛想笑いを作って何でもないですよアピールをする。人の口を塞ぎながらニコニコしている光景は明らかにおかしいものではあったが、この学校はどこもかしこもおかしいのですぐ周りの生徒たちの視線から解放され、ほっと胸を撫で下ろした。
ついでに沖田先輩を見ると苦しがっていたので急いで手を離す。



「すみません、大丈夫ですか?」
「ったく……死ぬかと思ったわ。お前結構力あんのな。豚じゃなくてゴリラの間違いだったねィ。道理で豚って言ったら怒るわけだ」

……本当にそのまま一回死んだ方が良かったかもしれませんね。
あと、私は豚でもゴリラでもなく人間である。これは土方先輩のお墨付きだ。


ふと教室の壁にある時計に目を動かして驚く。昼休みがあと十分しか無かった。

「ありゃ、言い返さねェのか。本当にゴリラで合ってたとはなァ」
「いえ人間です。あと、時間ないんでそろそろ帰ります」
「ん?まだ十分あんだろィ」
「いや、アンタのせいでご飯食べてないんだよ!しかもこの後体育だし尚更時間ないんですサヨナラ」

沖田先輩を恨めしく睨み、自分のクラスへ急いで向かった。先ほどもそうだったが風紀委員なのに廊下走ってごめんなさい!それどころじゃないんです!と心の中で全力土下座したので許されるだろう。


階段を登った先に踊り場があり、ここを曲がって真っ直ぐ行けば私の教室である。
しかし、そこを通ることが出来なかった。

信女ちゃんと朧先生が二人して真顔で会話していたからだ。
あの二人は接点なんて無かったはず。というかこんな人気のない踊り場で何を話しているのだろう。



「軽い気持ちなら諦めて」
「……私は本気だと言っている」
「信じられない」
「何故そこまで拒む?」
「当たり前でしょう。私が嫌だと言ってるの」

何の話?とすっとぼけることが出来たのなら良かった。聞こえてきた会話だけで話の流れを考えてみるとこうだ。朧先生の信女ちゃんへの想いは本気で、だけれども彼女はそれを拒否している。
…………それ、告白やないかい。いやでもあの二人の話ではな?"好き"って言葉は出てこぉへんのや。んぁー、それなら告白とちゃうなぁ。でもな?軽い気持ちやなくて本気って言ってるねんで。せやったら告白やろ。しかしなぁ……と、頭の中で二人組の漫才師が芸を披露していた。


二人の会話をこれ以上聞きたくなくて、一つ下の階に降りて別のルートから自分の教室に戻ることにした。

廊下をとぼとぼ歩きながら窓を見ると、そこには反射した私の顔が映っている。我ながらブッサイクな顔だった。

私ってば何でこんなにショックを受けているんだろう。信女ちゃんが朧先生と普通に話す仲だったことを知ったから?それとも先生が信女ちゃんのことを好きだったから?
どうしてそれだけのことで私が悲しいと思うのだろう。何故か分からないが、嫌だという気持ちが渦巻いて仕方がなかった。


この後は体育だというのにご飯を食べる気も出ないし、体育着に着替える気力も出なかった。出来ることなら授業に出ずに今すぐ家に帰って寝たい。

そんな私の願いを神様が聞き入れてくれたのか、突然左手にある教室から硬い何かが私に向かって飛んできて、その後の記憶は無い。


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