側頭部に冷たさを感じ目を開ける。
目の前に広がるのは白い天井と同じく白いカーテン。そして、

「あ、起きたか」

無一文が故にプライドを捨て後輩に焼きそばパンを奢らせたあの沖田先輩がいた。本当に貧乏なのかは分からないが。

「あの、もしかしてここ、保健室ですか?」
「足りない頭でよく正解に辿り着いたねィ。褒めてやら」
「はぁ、どうも」
「……こりゃ驚いた。反論してこねーとは」

目をまんまるにしてこちらの顔色を伺う沖田先輩。先ほど目にした信女ちゃんと朧先生のことは勿論だが、普通に頭が痛過ぎて何をする元気もなかった。


ズキズキと襲ってくる痛みの出所を確かめるべく手を布団から取り出して患部へ触れるが、髪に触る前に氷嚢に手が触れた。成る程、頭を冷やしていたのか。そしてその冷たさで目が覚めたというわけだ。

「オイ、無理して氷嚢持とうとすんな。俺が持っててやるから」
「あ、ありがとうございます」
「世界一優しい先輩を持って幸せだねィ」
「そうですねぇ……」
「……面白くねェ」

面白さを後輩に求めないでくださいよ……。つまらなそうに口を尖らせた先輩は私が横になっているベッドの端に座り氷嚢を優しく支え始める。

「あの……何があったんですかね」
「あー。お前の頭と炊飯器が衝突した」
「…………」
「……お前ほんとにツッコミどこに置いてきちまったんでィ」
「すいません」
「うちのクラスに大食らいのバカ女がいてねェ。アイツもアイツで馬鹿力なもんだから、軽く炊飯器投げたつもりが豪速球になってお前の頭に当たっちまったわけでさァ」
「そうすか……」

そんなやばい女の人と沖田先輩がいる先輩のクラスメイトも大変だなぁ。というか、炊飯器学校に持ってくるって相当でしょ。一日合計何合の白米を食べているのか是非聞いてみたいものだ。


「……あの、授業は」
「あァ、松平のとっつぁんには言っといた」
「どうもです」

沖田先輩の言う松平のとっつぁんというのは体育教師の松平先生のことである。保健室に運ばれている時点で私は授業を休むことになるだろう。それよりも先輩はこんなところでサボっていて良いのだろうか。


「にしても、何で二年の階歩いてたんでィ。自分の教室戻るつってたろ」
「まあ、色々ありまして……」
「……ま、良いわ。とにかくオメーは少しでも寝とけ」
「…先輩はどうするの」
「俺も授業ダリィしここにいてやるよ」
「え…駄目ですよ」
「何でィ。反抗する元気出たのか」
「そうじゃなくて…単位とか」

いつの日か土方先輩が「アイツはちょこちょこ授業サボって寝てやがんだ。進級出来なかったらタダじゃ済まさねェ」とため息まじりに呟いていたのを思い出した。


「ったくテメーまで土方さんみてェなこと言うのな」
「そりゃそうですよ…氷嚢は自分で押さえられますから、授業出てください」

嫌そうな顔をしながらも、渋々了承してくれた先輩は氷嚢から手を離しベッドから立ち上がる。


「しおらしいのも静かでいーんだが、調子狂うわ。……早く治せよ」

そう言い沖田先輩は片手を上げて保健室から去って行った。





「沖田があんな大人しいのは初めて見たな」
「………え、」

閉められたカーテンをゆっくり開けて入ってきたのは養護教諭の月詠先生だった。というかいつからいたのだろう。もしかして最初から?何にせよ聞かれて困る話はしていなかったが、先生が沖田先輩のサボりを許していたということになる。保健の先生というのはその辺り結構緩いのかもしれない。


「おぬし、頭の具合はどうじゃ?」
「……まずまずですね」

頭の具合、と言われると違う意味に聞こえて煽られているように感じ取ってしまうのは私の精神年齢が低いからだろうか。月詠先生の言葉は私が最初に想像した意味ではなく、しっかり私を心配しての言葉であるのは分かっていたので普通に応答する。

「さっき患部を触らせてもらったが、小さめのたんこぶが出来ておった。とにかく冷やして安静にしておけ。ずっと痛むようなら病院に行くように」
「はい……分かりました」









チャイムの音に目が覚める。左腕を布団から出して腕時計を薄目で見ると二つの針が六時間目の終わる時間を指していた。この前にも二回チャイムが鳴っているはずだったが、それに気付かず約二時間の間眠っていたということはよほど深い眠りだったのか。


「みょうじ、起きているか」
「あ……はい」
「入るぞ」

カーテンを開けて入ってくる月詠先生。放課後になったから帰れということだろう。早いうちから幹部を冷やしていたことや、体を動かさずに寝ていたおかげもありほとんど頭の痛みは引いていた。おそらく病院のお世話にはならないと思われる。


「ベッド、ありがとうございました」
「あぁ。もう良いのか?」
「はい、良くなりました。もう帰りますので、」
「待ちんさい」

先生の言葉に、上履きを履く手が止まる。

「ぬしの荷物は他の生徒に持って来させておる。ここで待っておれ」
「すみません、助かります」


すると、私たちの話を聞いていたかのようにタイミングよく保健室のドアが開き、そこから私の鞄を持った信女ちゃんがひょっこりと現れる。


「なまえ。大丈夫なの」
「あ、うん……痛みはほんの少しだけ」

嬉しいのに、今は少し会いたくなかったという気持ちが邪魔をして、信女ちゃんの顔をうまく見れなかった。






「あげる」

私が一人で勝手に気まずさを感じながら並んで歩く帰り道。突然隣からドーナツを持った手が伸びて来た。

「お昼、食べてなかったから」
「あぁ……うん。よく知ってたね」
「一緒に食べようと思って待ってた」
「……ご、めんね、先輩に呼び出されちゃって、さ」
「分かってる。だから今一緒に食べるの」

信女ちゃんの手からドーナツを一つ受け取る。私が前に好きだと言ったチョコレートのかかっているものだった。
どうして彼女はこんなに優しくしてくれるのだろう。

あまり食欲は無かったけれども、朝にご飯を食べてから今まで何も口にしていなかったおかげでするりと胃に収まっていく。


「ねえ」
「うん?」
「どうして元気がないの。まだ、痛むの?」
「あ、いや……」
「無理しないで。痛いのなら私がおんぶしてあげる」
「ちが、」
「おんぶが嫌なら、異三郎を呼んで車に乗って帰ればいい」
「違うの!」

携帯を取り出して佐々木先生を呼び出そうとする彼女の手を握る。同時に視界がどんどん霞んでいき、目の前の信女ちゃんが最大にぼやけた瞬間涙となって頬を伝った。

「なまえ!……やっぱり痛いんじゃない」
「ちが、うの。痛くな、いっ」

涙のせいで上手く呼吸ができなくて、それでも頭の痛みで泣いているわけではないと誤解を解きたくて、拙い言葉を発しながら顔を覆った。


私は最低だ。目の前の女の子は私のことを心から心配してくれているのに、私はお昼に見てしまったあの光景を今でも気にして勝手に一人で思い悩んで彼女と向き合おうとしなかった。それが申し訳なくて、自分がほとほと嫌になって、感情が涙として溢れ出した。



私が子供のように泣くのを見て慌てふためく信女ちゃんだったが、少し動きを止め私の頭に手を乗せた。
この行為にデジャブを感じ、朧先生の顔が頭に浮かんでまた涙が出る。


三分間ほど泣いたのち、私は信女ちゃんに謝った。何故謝られるのか分からないといった顔で見つめられたので、今日のことをゆっくり説明することにした。



「……待って」
「えっ…うん」
「朧に告白なんてされていない」
「え?」
「私と朧は同じ道場の門下生なだけ」
「……え?」
「話の内容は言えないけど、私と朧に恋愛関係は一切ないから」
「………………嘘、でしょぉ……?」

思いっきり勘違いをしていたことを知り、力が抜けた私はヘナヘナと地面に座り込んでしまう。朧先生に、勘違いする傾向があると以前言われたばかりだったことを思い出して頭を抱えた。


「嘘じゃない。大体、朧のことは好きじゃない」
「信女ちゃんが好きじゃないのは聞こえてきた会話で嫌でも伝わってきたけど……」
「なまえは私のこと、信じられないの」
「あ、いや!そうじゃなくて……だって、朧先生、まるで信女ちゃんに熱烈なプロポーズしてるかのような口ぶりだったから」
「……別に。道場のこと…話してただけ」
「そっかぁ…………」


心から安堵したのち信女ちゃんに勘違いしていたことを全力で謝り、それからポンデリング一週間分という契約もしてこの場は解決した。



と、思われたのだが、この後彼女の口から飛び出る言葉に数日間食事が喉を通らないほど悩ませられることになるのだった。






「……なまえは、朧のこと好きなの」



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