拾壱




「あ、みょうじ。いいところに」
「げ…」
「げ、とは何でィ。失礼な奴だな」
「すみません。じゃあ私行かなきゃならないんで、うぐっ!!」

バッタリ廊下で沖田先輩と鉢合わせてしまったのだが、すぐさま逃げるように背を向けたのが間違いだった。制服の襟を後ろから引っ張られ、首が絞まる。

「ジタバタすんじゃねェやい、見苦しい」
「っ誰のせいだと!!」

引っ張る強さは弱まったものの、首根っこを掴まれたまま先輩に廊下を引き摺られる。

「ちょ、あの!どこ行くんですか?」
「俺の教室」
「何で、というか私先輩について行くことを了承した覚えは無いんですが」
「後輩は先輩の言うことを聞くもんでさァ。だからお前の許可なんかいらねェ」
「なんという横暴!!アンタ友達いないだろ!」
「ん?首の締めが甘いって?」
「アァァァ!!!ぐるじ、ちょ!タンマ!タンマ!!」

先輩の引っ張る強さがマックスに達しそのまま苦しみながら数メートル引き摺られて行くと、先輩の教室に到着したようで突然首元にあった手が離されてしまい、支えをなくした私の体は地面に思いきり打ち付けられたのだった。

「いったぁ!!!」
「うるせー雌豚だな。重たいお前のせいで腕も痛ェのに耳まで痛くなってきた」
「はぁ?!先輩が勝手に私のこと引きずったんでしょうが」
「そうでもしなきゃ帰ンだろ?」
「当たり前ですが!?」
「だから仕方なかったんでさ」
「訳分からない論理展開しないでくれます?というか私、今度配られるアンケートのイジメの欄に沖田先輩のこと書きますから!」
「大丈夫でィ。そんな風に言い返す元気がある奴がイジメられてるなんて誰も信じてくんねェよ」
「信じるだろ!この光景を見たら分かってくれますよ普通の感性を持った人なら!」
「本当にうるせーや。無駄な二酸化炭素撒き散らすな」
「死ねと?!」

もうやだ本当に。痛む体をさすりながらゆっくり立ち上がると今度は先輩にスカーフを引っ張られ、教室内に連れて行かれる。


「あの、普通に腕引っ張るとか出来ないですか?スカーフはリードじゃないですよ」
「自分が家畜だってことを理解してるなんて頭のいい豚がいたもんだねェ」
「沖田先輩嫌い」
「そーかィ、奇遇だな。俺もでさァ」

未だにスカーフから手を離してもらえず、おかしな光景を作り出している私たちに先輩のクラス中の生徒が視線を寄越しているのを痛く感じる。

「あの、凄い見られてますよ。せめて手離しません?」
「コレ見ろ」
「…いや、人の話聞いてますか?」

先輩が机の上に乗った資料を指差す。ざっと見た感じその資料は三十センチほどの高さに積まれており、私の中の嫌な予感レーダーがメーターを振り切るほどに反応していた。

「これを全クラスごとの人数分に振り分けろ」
「……は?」
「俺はこの後部活あるんでね、お前にしか頼めないんでさァ」
「え?ヤですよ!ていうか土方先輩が沖田先輩にって持ってきた資料でしょうこれ」
「部活休んだら土方さんうるせーもん」
「もんじゃないですよもんじゃ。だいたいこれ、今日じゃなくても明日にやればいいじゃないですか」
「今日までらしくてねィ」
「なんとなく分かりますけど、ちなみにこれはいつ渡されたんですか?」
「一週間前」
「でしょうね!だってこの資料私知ってるもん!ちょうど一週間前に土方先輩と作ったやつだもん!」
「もんとか言ってぶりっ子すんじゃねェや」
「お前もな!?!?」

理不尽なことばかりで叫んでいたら酸欠になってきた。
というか、一週間前に渡されて何故ずっと放置していた?受け取ってからこれに手付ける時間いくらでもあったよね?言いたいこと、聞きたいことは沢山あったが、ふと教卓の方に目を向けて絶句した私の口からは思い浮かんだ言葉が二度と出てくることはなかった。



なぜなら教卓に朧先生が立っており、こちらをガン見していたのだから。


ちらと黒板を見ると二年次に習う物理の用語が多く書かれていて、足りない頭を回転させて先ほど終わった六時間目が物理の授業だったという答えを導き出す。



「………………」

突然黙りこくった私を不思議そうに見つめる沖田先輩は私のスカーフを未だに掴んだままだったので手首を思いっきりチョップし先輩から距離を取る。「痛っ」という声が聞こえたが知らない。
そして急いで大量の資料を机から掻っさらい、教室から脱兎の如く逃げ出した。




絶対先生に幻滅されたぁ!!煩く喚き散らす言葉遣いが全くなってない女だと思われたぁ!!もう嫌だぁ!!うえええええん!!心の中で大号泣しながら教室に戻り、資料をクラスごとの人数に分ける仕事に取り掛かる。

私たち一年は五クラスで、二、三年生は四クラスある。ただ、一組ごとに生徒が何人いるのかは把握していなかった。私のクラスはちょうど四十人だった為、とりあえず分かるところから数を合わせていく。残りの組は一度職員室に行って人数を聞いてくれば良いだろう。


「絶対に沖田先輩のこと殺してやる…………」
「物騒な奴だな」
「当たり前じゃないですか、あんなところ先生に見られ、て…………」

あたかもさっきから一緒に話していたかのように私の独り言に返ってきた声に私もそのまま返事する。しかし、途中でおかしなことに気付いて声のする方を振り向けばドアから朧先生がこちらを覗いていたのだった。


「ななななっなな、なんでここに?!」
「先程は様子がおかしかったから見にきたんだが、大丈夫そうだな」
「あっいや、その………さっきは教室内で煩くしてしまってすみませんでした」
「いつもと変わらないように思えたが」
「いつも…………?」
「朝の服装チェックでも元気にやっているだろう」

既に沖田先輩とワーワーギャーギャーしているところを見られていたわけだ。ほんと、風紀委員っていいこと何もないなぁ!!

「…………本当にすみません」
「悪いことじゃない」
「いやいや、皆不快に思いますよ」
「……お前の明るさは羨ましく思う」
「え?」
「……全クラスの人数が書いてある。これを使うといい」
「えっ、わ!助かります!!!!」

少し話を逸らされたように思えるが、そんなことより先生から渡された紙を見てテンションが上がった。ちょうど今さっきこれを知るために職員室行こうと思ってたんです!!

もしかして、さっき沖田先輩と話しているのを聞いて私のために持ってきてくれたのだろうか。先生がどう思ってこの紙を渡してくれたのかは分からないがこの気遣いはとても嬉しく、沖田先輩と話していて荒んだ心には特に沁みるものがあった。


「手伝ってやりたいのは山々だがこの後職員会議がある」
「えっ全然大丈夫です!この紙を下さっただけで充分です!本当にありがとうございました」
「あぁ」

朧先生が教室を出て行くところを見送って仕事の続きに取り掛かる。


そういえば、先生には幻滅されてないということで良いのだろうか。嫌われてしまっていたらショックだったが、先程の会話を思い出すにそうではなさそうだ。よかった。……良かった?何故私は嫌われたくないと思ったのだろう。そして、何故幻滅されていないと知って安堵したのだろう。


いくら考えても分からないし、今はそんなことより今日までに分けなければならない資料の振り分けがあったことを、目の前に積まれた大量の紙を見て思い出す。
とりあえず土方先輩に沖田先輩のことチクってやろ。そしたら仕事やるんで。


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