「では、名前順にテストを返していくが、赤いペン以外はしまうように」

待ちに待った……訳でもないけれど、まあまあ楽しみにしていた物理の試験返却がとうとう始まった。

既に試験を返された生徒達は口々にヤベーと呟いている。

「俺赤点かもしんねェ」
「いや、俺もかなり危ういわ」
「あたしもっと出来たと思ったんだけどな〜」
「んーでも平均点は超えたんじゃね?」
「ま、今回難しかったもんな」
「今回どころか物理はいつまで経ってもムズくね?」
「それな」

近くの席に座る男女達の会話を耳にしながら、自分の名前を呼ばれるのを待つ。
確かに難しかった気はする。でも、朧先生と特訓したおかげで分からない問題はなかった。とは言っても自信があるわけではなく、計算間違いや見直し漏れで落とした問題もあるように思う。


「みょうじ」
「はい」

心臓の鼓動が速くなるのを感じながら教卓へ進む。

「褒めてやる」
「え」

朧先生から渡された答案用紙には赤いペンで大きく91と書かれていた。う、嘘だァ!!!!え、コレほんとですか?と紙と先生の顔を交互に見ていると「早く戻れ」と言われてしまったので混乱した頭のまま自席に戻った。


椅子に座って答案用紙を机に置き、目を瞑ってもう一度目を開いてみたが点数は変わっていなかった。
確かに頑張って勉強したけれども、こんな高得点が取れていたなんてにわかに信じ難い事実だった。だって、お前は必ず赤点取るとか言われていた私だよ?!



「なまえ、凄い」
「え?あぁ、ありがとう。信女ちゃんはどうだった?」

なんだか点数を見せびらかすかのように置いてしまっていたと感じ、急いで紙を裏返し信女ちゃんの方を向く。

「70」
「それも凄いと思うよ!まあ……嫌味に聞こえるかもしれないけど」
「聞こえない。なまえは物理頑張ったって言ってたから当然のこと」
「ありがとう……」

心の広い信女ちゃんに感動しつつ、自分がどこの問題を間違えたのか確認しようと答案用紙を表に返す。もう一度目に入る91という数字に大きな喜びを感じた。とはいえ、あの日朧先生にお呼ばれしなければこんな点数は取れなかっただろうし、何より本当に赤点を取って赤点かも〜と焦る生徒たちに混ざって私もヤベーわ、と仲間に入れてもらうところだったので先生に心から感謝しながら赤ペンを取った。









「みょうじいるかー」
「土方先輩?」

ホームルームを終え、帰る支度をしていると教室の後ろのドアから土方先輩の声が聞こえてきた。周りの生徒の視線がこちらに集まり恥ずかしくなる。


「おう。この後時間あるか」
「あ、はい。特に予定は無いですけど……」

けど、の後には何か嫌な予感がします。と続けるつもりだったが先輩が怖いので喉元まで出かかった言葉を胃に戻した。

「わりーんだが、仕事手伝ってくんねェか」
「…あー…はい」

やっぱりな。

「お前まだ教室にいて良かったわ。実は今日一緒にやるはずだった奴が赤点取りやがってよォ」
「……そ、それはそれは…」

握り拳を作りながら静かに青筋を立てる土方先輩に震える。赤点取らなくて本当に良かったと胸をなでおろし、鞄を持って土方先輩の後をついて行くとパソコン室に到着した。


「これからやることだが……最初の顔合わせン時配った予定表に書いてあるんだが、どうせお前の事だから読んでねェだろ」
「あはは、酷い決め付けですね」
「じゃあ何するか分かってんのか」
「いえ全く」
「張っ倒すぞ」
「風紀委員の、それも副委員長が不純異性交遊は良くないと思います」
「そういう意味じゃねェよ!!!!」

ちょっと揶揄しただけなのだがマジで張っ倒されて風紀委員の何たるかを拳で教え込まれそうだったので素直に謝った。


「いいか。俺らは学期末に生徒向けのアンケート調査を行なってる」
「はあ」
「で、今回はそのアンケート作りをしに来たわけだ」
「成る程…ですが、前回のデータをそのままコピペ、もしくは用紙自体を印刷すれば終わる話なのでは?」
「俺もそう思ったんだがな…………」

先輩は遠い目をして、続きの言葉を言い淀んでしまった。

「…あ、あの…………?」
「……佐々木のヤローが全部シュレッダーにかけやがった」
「えぇぇ!?」
「自分のことをエリートだなんだ言ってるくせになァ。やらかしてくれたもんだぜ」
「それはやらかしてますね。ちょっと殴り込みに行きましょうか」
「待て。ンなことしてる暇はねーんだよ。やるぞ」
「はーい……」

やり場のない憤りを抑えてパソコンの電源を入れた。今度メール依存症のあの人に文句言ってやろう。






土方先輩とあれやこれや色々Wordに打ち込んで完成したデータを無事職員室で印刷し終えると「遅くまで付き合わせたから送ってってやりてェんだが、これから部活があるからワリィな」と言われ、勝手にフられた気分になりながら階段を降りていく。


「みょうじ」

昇降口で上履きを脱いでいた所に聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。

「……あ、朧先生!」
「帰るところか」
「はい!」

突然先生の手が私の頭に優しく乗り、控えめに手が動いた。あ、頭……撫でられてる……?!
驚きから先生の顔を見たが、顔を少し背けており表情が見えなかった。


「あの……?」

恐る恐る声を掛けると先生の手が私の頭から離れていった。少し寂しいと思ったのは気のせいだろう。


「よく頑張ったな」
「えっ」
「物理の試験」
「あぁ、えへへ。ありがとうございます」
「お前が全クラス中最高得点だった」
「へ?!う、嘘でしょ……」
「嘘吐いてどうなる」
「いや、まあそうなんですが……マジすか」
「マジだ」
「……ぶっ、はは」
「何がおかしい」
「いや、先生もマジとか言うんですね」
「お前の言葉を復唱しただけだ」

一頻り笑った後、私は鞄を床に置き姿勢を正す。

「赤点回避っていう当初の目的は勿論、最高点を取れたのも先生のおかげです。本当にありがとうございました!」
「私は手伝っただけだ。お前が努力した結果だろう」
「そ、そうでしょうか……?」
「あぁ。次も期待しているぞ」
「う……が、頑張ります」

フンと鼻を鳴らして先生は踵を返して昇降口から去って行く。


「あ、先生!」
「何だ」
「私の意見、取り入れてくれてありがとうございます!あの日からノート取りやすくなりました!」
「……気をつけて帰れよ」
「っはい!」

さよーならー!と声を上げて手を振るも先生はこちらに目を向けなかった。まあ、手を振り返されたらいやいやそんなキャラじゃないでしょ!とツッコんでいたと思うが。


それにしても、先生に褒めてもらえるのがここまで嬉しいなんて。こんな気持ちは十六年間生きてきた中で初めてだった。
よし、これからも物理頑張ろう!そう意気込んで下駄箱の蓋を閉じた。


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