苗字名前の概要


「え、あ、そっか。うちの野球部有名だから知ってるのか」

名前を出した途端、揃って目をひん剥いた彼ら。関西の高校のこと知ってるんだ‥‥と思ったが確かに大阪陽盟館は甲子園の常連らしいので野球をしている彼らが知らないわけはないのだろう。

「そんな強いんだ」
「いやいやいやいや。あそこは出場ではなく甲子園優勝を目標に活動してるんですよ」
「プロの輩出も桁違いだしな」
「へぇ‥‥」  

クラスメイトの野球部もおんなじ事を言っていた気がするが、誇張してるんだろうなと思っていた。どうやら本当の話らしい。
全体的にスポーツに興味がなかったので、校舎にかかる【祝!全国大会出場】の垂れ幕を見て「へぇ~すごいなぁ」という感想しか持っていなかったが、なるほど。彼らがここまで騒ぎ立てるくらいには大それたことらしい。

「陽盟館ってことは、苗字さんチアだったり吹奏楽部だったりするの?」
「チア!?!?!?!?」
「全然。帰宅部」

山田くんの質問になぜか圭くんが反応したが私は首を振って否定した。確かに強豪たる所以として女子の多くは吹奏楽部やチア部に入っている。もしくはマネージャーとか。
何度か勧誘は受けたけどあの華々しさについていける自信がなかったので、家と学校を行き来するだけの毎日だ。

「でも入ってないからこそ平等に応援できるよ!」
「ものはいいようですね」

千早くんのチクチク言葉にはもう慣れた。何も言わない葉流ちゃんが、気がかりだがここで構って長引くのもよろしくない。友人との時間はどんどん迫っている。
時計を見た私に「引き止めてごめん。衝撃的だったから」と山田くんが言った。

「大丈夫。てことで、次会うのは夏、甲子園で」

みんな苦々しい顔をしたが、「無理」とも「できない」とも言わなかった。
ブンブン手を振る圭くん達に小さく手を振って来た道を戻る。ちょっとの様子伺いのつもりが、新しい友達ができてしまった。それも、“また次”がある友達が。甲子園で再開、だなんて青春ドラマのようだな、と思っていると背後で「名前ちゃん!」と呼ぶ声がした。振り向かなくてもそれが葉流ちゃんだとわかる。

「ど、っ!?」

どうしたの、と続くはずだった言葉は、唐突な衝撃で掻き消された。何が起きたのか分からずに、目を白黒させているとぎゅ、と頬が何かに触れる。背に回された手で、気づく。私は葉流ちゃんに抱きしめられていた。
遠慮なんて知らないと言わんばかりに、ぎゅうぎゅうと抱きしめるというより締め付けるに近い勢いでの抱擁に身動きが取れない。

「は、はるちゃ、」
「スマホ」
「スマホ?」

思いもよらない単語。まるで初めて聞くみたいに聞き返せば「連絡先交換して」と少しだけ腕を緩める。彼の手には新品みたいに綺麗なスマホがあった。

「いいけど、なんでハグしたの」
「勢い」
「勢いかぁ‥‥」

それならまぁ、仕方ない。深くは突っ込まないで連絡先を交換する。
なんの変哲もない私のアイコンをまるで宝物を見る子供のように食い入っている葉流ちゃんは「連絡する」と満足したようにスマホの電源を落とした。

「22時までしかできないけど」
「え?清峰家ルール?健全だね」
「圭と約束してるから」
「なるほど」

昔もそんな事を言っていた気がするが、まさか今もルールとして有効なのかと驚いていると、葉流ちゃんが何か言いた気に視線を彷徨わせ、意を決したように私を見た。

「名前ちゃん」
「ん?」
「もう、忘れないで」

あまり感情が出ない彼の懇願するような目に思わず頷く。
葉流ちゃんは満足そうに鼻を鳴らした。


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