千早瞬平の考察



「つまり、清峰くんと要くんの幼馴染で今は引っ越して大阪にいて、創立記念日で今日はお休み、たまたま思い出した清峰くんに会いに東京に遊びに来た。清峰くんは小さい頃にした『結婚する』という約束を覚えていて、今も有効だと思っているため【婚約者】と称した、と」

真後ろに清峰くんを携えた女性、苗字さんから聞いた話を簡潔にまとめあげれば、彼女は「その通りです」とこくこくと頷いて笑った。

「ありがとうございます。わかりやすくまとめるとそんな感じです」
「いえいえ」
「千早くんは賢いんだね」

真正面から褒められるのが気恥ずかしくてメガネのブリッジを抑えながら「そんなことは……」と謙遜を挟もうとした俺に被せるように言葉が飛んできた。

「俺の方が賢い」
「いやいやいやいや」
「俺の方が賢い」
「清峰くん、流石にそれは張り合うところ間違えてるよ」

山田くんの優しいフォローをものともせず彼は尚も「俺の方が」と主張し続けている。野球に関しては認めざるえないが、学力に関しては火を見るより明らかだ。それに、彼が野球に関すること以外で負けず嫌いを発揮するのは初めてで思わず目を見張る。

「名前ちゃん、俺の方が賢い」
「うんうん、そうだね」

猛獣使いのようにあしらう苗字さんはやけに清峰くんの扱いに慣れていて、小学生以来だというブランクを感じない。清峰くんの感情は表情からなかなか読み取れないが、肯定され満更でもないのか「フン」と鼻を鳴らして俺を見る。いや、どう足掻いても知力では俺の勝ちだが。

「にしても珍しいな。あの清峰が女子と仲良くするなんて」
「あの?」

藤堂くんの意見に同意するのは不本意だが、こればっかりは同じ意見だ。
羨望の眼差しを抱いてやってきた女子生徒に対し、『うっとおしいから近づくな』と言ってのけたり、告白中に爪を切ったりするとんでもない男。野球以外眼中にもなく、他者への興味関心が極めて薄い。野球選手であったとしても、自分が打ち取った選手は名前を覚える事すらしない。唯一、要圭だけが彼の中では違うカテゴライズだとは思っていたが、ここにきて新しい特別な人物(それも女性)の登場だなんて面白くないわけがない。へぇ、ふーん、そう、とぴったり苗字さんにくっついた清峰くんにちょっとした悪戯心が湧くのも仕方がないことだ。

「清峰くんは本当に苗字さんのこと好きなんですね」
「好き」
「お、おおう」
「真っ直ぐだね」
「ヒューヒュー!」 

即答。三者三様の反応をする中、苗字さんは「勘弁してよ」と眉を下げて俺を見る。多分、楽しんでいることに気づいているが、知り合ったばかりのため強く出れないのだろう。ジトっとした視線を笑顔で受け流せば「千早くんって、意地悪?」と清峰くんを見上げて聞いていた。彼は「すごく」と頷く。失敬な。

「お前、野球以外に興味あったんだな」

今日はよく藤堂くんと意見が合う。言葉はしてやらないが隣にいた山田くんも頷いている。そんな中、唯一違う反応をしたのは要くんだった。フルフルと握った拳を震わせて「葉流ちゃんの浮気者ォ!」と謎のスイッチが入ったのか彼に詰め寄る。

「そんなぁ!俺のことも大好きだったじゃん!」

まるでメンヘラ彼女のような物言いで泣き真似をかます要くんは、どこからどう見ても楽しんでいる。アホさ加減ここに極まれりといった様子で左右に清峰くんを揺らすも流石の体幹を持った彼はぴくりとも動かない。それがまた面白くなかったのか、要くんが「葉流ちゃんはさぁ!」と声を荒げた。

「俺と名前ちゃんどっちが好きなわけ!?」

そんな面倒な質問あるかよ、とその場の誰もが思ったが問われた本人はぴたりと固まり、目をまん丸にした。ネットミームの宇宙猫のような表情をした後、拳を要くんに叩きつける。
キャパオーバーからの暴力に「え」と殴られた側は体を揺らめた。

「それと、これとは違う、から」

ポツリ、と清峰くんが言った。それをカバーするように山田くんが口を開く。

「そうだよ要くん、そういう質問はダメだよ父親と母親どっちが好きって聞かれたら困るだろ?選ばれない方は傷つくし。あんまり意地悪な質問しちゃダメだよ」
「すみませんでした」
「マジお前、黙ってたほうがいいぞ」
「まぁまぁ」

呆気に取られている苗字さんに「どんな気持ちですか?」と聞けば「ノーコメントで」と肩をすくめた。

「自分って即答してくれなくて悲しい、とかないんですか」
「いやいや、高校も同じ圭くんより久々に会った私を取るのもどうなの」
「それもそうですね。というより、苗字さんはあの要くんの変化ぶりには驚かないんですね?」
「え?」

なんの話?と首を傾げる苗字さん。縋りつきながら「ごめんね」と泣いているアホな男を指差す。

「だいぶ、アホになってますけど」
「圭くんのこと?割と昔からあんな感じだったよ。野球やり始めてから結構賢くなってたけど、私の知ってる圭くんはあんな感じ」

視線を戻した先、かつての無敵バッテリーとは思えないコントのようなやりとりにこちらとして違和感しか思えないが、どうやら幼少期を知る彼女は特に何も思わないらしい。
「あんな感じですか」
「あんな感じ」
「清峰くん、めっちゃこっち見てますけど、彼もあんな感じでした?」

コソコソと2人で話していたのが気に入らなかったのか、さっきまで混乱していた清峰くんがこちらを凝視していたかと思うと、ずんずんとこちらにやってきて「近い」と間に入る。

「こんな感じだったかなぁ‥‥?」

苦笑いしながら首を傾げる苗字さんに、清峰くんは「なんの話?」と同じように首を傾げた。俺が代わりに「清峰くんの話ですよ」と答えてやったが「千早に聞いてない」と一刀両断された。

「嫉妬深い男は嫌われますよ」
「‥‥‥‥」
「露骨な無視」

自分に都合の悪いことは濾過してしまうのか虚空を見つめる彼に対し「こんな感じだったかも」と彼女は笑った。