要圭の早合点

唐突な告白は私と山田くんの動きを止めるのにぴったりだった。
何で、このタイミングで告白紛いのセリフを吐いたのか全く分からず、ギギギ、と油の足りない機械のようにゆっくり清峰くんを見上げると、告白した後の人間とは思えない落ち着きを払った彼と目が合う。

「好き」

すごい、全く恥じらいとかないみたい。
じっと私を見下ろす彼の瞳の黒いこと黒いこと。逸らすのも何となく憚られて、思いもよらず見つめ合うこととなった。
そして私は思い出す、清峰葉流火は昔からこういう人間だった、と。

「えーーーー!?何々!?葉流ちゃんに春到来!?」

視線を逸らすタイミングをくれたのは、どこか聞き覚えのある懐かしい声だった。

「圭」
「うそうそうそ!やだやだやだ!オレより先に脱・童貞とか許さないからね!?」

グラウンドから走ってきた明るい髪色の男の子が、私の後ろにいた清峰くんの腕をひっぱり引き摺り出すとそのまま肩を持ってガタガタと前後にゆすった。されるがままの清峰くんと尚も揺らし続ける男の子。その振動でふわふわとした癖っ毛が揺れる。

「あれ、あれ?もしかして圭くん?」

明るいの髪に優しそうな目と泣きぼくろ。記憶の引き出しから一人の男の子が引き摺り出された。
“要圭”
清峰くんを野球に誘った男の子。

「圭くんだよね?」
「え!?!?!?」
「あれ?違った?」
「ま、え、ちょ、」

パッと振り返った顔は一瞬にして冷や汗でいっぱいになった。真正面から見た顔はやっぱり圭くんのそのものだが、なぜだか目を合わそうとしてくれない。こんなに人見知りだっただろうか。

「忘れちゃった?」
「いや、すぐ思い出す!すぐ思い出すからちょっと待って‥‥」

思い出す、って言っちゃってるあたり忘れてる確定なんだけど私もアルバムを見返すまで、すっかり忘れていたからその気持ちはよく分かる。
腕を組み、うんうんと唸る圭くん。なかなか思い出す様子はないあたり、完全に忘れてしまっているようだ。ちょっとだけ悲しいな、とおもっていると「もしかして‥‥」とパチンと指を鳴らした。

「オレの彼女だったり」
「しない」
「否定早!葉流ちゃん!?」

コントのようなテンポの良さで圭くんのボケに清峰くんがツッコむ。清峰くんはスン、とした顔でもう一度「しない」と呟いた。

「なになに!?やけに必死じゃん!もしかして本当に葉流ちゃんに春到来!?リア充!?彼女!?許せないんですけど!?」

すごい勢いで捲し立てる圭くんに対して、清峰くんはイエスもノーも言わずに満更でもなさそうな顔をしている。

「いやいや、否定してよ葉流ちゃん」
「は、葉流ちゃん‥‥もう下の名前で‥‥」
「昔からそう呼んでたよ」
「昔?」

きょとん、と圭くんが首を傾げた。

「私、苗字名前。覚えてないかな?小学校同じだったんだよ」
「え」
「私が葉流ちゃんの隣の家に住んでて、3人で一緒に公園で遊んだりした」
「え」

圭くんは確認を取るように恐る恐る葉流ちゃんを見上げ、葉流ちゃんはゆっくりと頷いた。

「圭に結婚する約束、見守ってもらった」
「結婚!?!?!?!?」
「葉流ちゃん!!!!!」
 
あはは、全て察したのか聡い山田くんが乾いた笑いをこぼしている中、「とりあえずそれは置いておこう」と必死に取り繕うが清峰くんはうんともすんとも言わない。

「け、結婚‥‥こ、婚約者ってコト!?」
「まぁ」
「『まぁ』じゃないでしょ!もう!」

彼の手を叩くがびくともしない体幹に驚く。
すごい、全く意に介さない。
昔も結構マイペースだった気がするが、何だかとても極まってる。話を聞く耳を持ってない。

「練習サボって何やってんだよ」
「まったく、藤堂くんと二人きりにしないでくださいよ。倍つかれる」
「んだとコラァ」

また、人が増えた。帰りたい。
フラッと顔だけ見て帰ろうと思っただけなのになんだか大集合してしまっている。
現れた何だか険悪そうな二人の男の子は全く知らない顔だった。私の存在を目にするとあからさまに「誰」と怪訝な顔をする。

「こんにちは」
「あ、どうも。こ、こんにちは」
「コンニチハ……お前らの知り合いか?」
「葵ちゃん!!!瞬ちゃん!!!」
「んだよ耳元で騒ぐな」
「この子!!葉流ちゃんの婚約者だって!!!」
「「は」」

山田くんがサッと耳を塞ぐ、瞬間、二人の驚愕の絶叫が響き渡る。「やばくね!?すごくね!?」とはしゃぐ圭くん、フン、と鼻を鳴らして頷く葉流ちゃん。
こんなはずではなかった、と私は深く深くため息をついた。