「彼氏じゃなくて幼馴染だよ」



「土曜日の学校って特別感あるよね」
「分かる」

渡り廊下を歩きながら、友人の一言に同意する。いつもは喧騒で満ちている校舎は眠っているように静かで、生徒も先生はほとんどいない。
そんな中、私と友人は休日出勤ならぬ休日登校をしていた。目的は委員会の仕事。時間にして一時間、ついさっき仕事を終えて後は職員室に鍵を返すだけだった。

「あ、名前の彼氏じゃん」

ふと、渡り廊下で立ち止まった友人がグランドの方を見ながら呟いた。 

「彼氏?」

そんな人いないけど、と彼女の視線を辿る。
ランニングの掛け声、キャッチャーミットに収まるボールの音、バッドがスイングする音、グラウンドに様々な音が響いている。野球部だ。

「ほら、打席にいる」
「打席に‥‥あぁ、国都くんのことか」

マウンドに立つ選手は国都くんだった。他校との練習試合だろうか、バットを構えてピッチャーを見据えていた。
「彼氏じゃない」と否定しようとした口を噤む。彼の野球をする姿に目を奪われたからだ。
国都くんの動きはしなやかで力強く、美しくさえあった。返球する動作も、ベース間を走り抜ける速さも、打球の鋭さも、キャッチボールの仕草さえ、どこか違って見える。
彼の動き一つ一つに息を呑み、圧倒される。圧倒されるほどの力がありながら美しかった。

「か~~~っこいいね、国都」

それは友人も同じだったようで、目を釘付けにしていた。「うん、すごい」と同意すれば「惚気だ」とニヤリと笑う。

「彼氏じゃなくて幼馴染だよ」
「ふ~~~ん」
「信じてない顔」
「だってあんなに仲良しだったら誰でも恋人だと思うって」
「腐れ縁腐れ縁」

この手の弄りは慣れている。慣れてしまった。
私のその反応に納得しない人もいるが、彼女は、深掘りすることなく、「そうなんだ」と視線をグランドに戻した。

「もっと近くで応援する?」
「ううん。あんまり、いい顔しないと思うし」
「絶対そんなことないでしょ」
「本当本当、試合見に来ちゃダメって言われてるから。バレたら気まずい」
「えぇ~照れ隠し?」
「わかんないけど、気が散るからかなぁ」

ちゃんとした理由は聞けていない。彼は「その時が来たらね」と言っていたので、私はいつか分からない「その時」を待っている。
後、バレたら普通に怖いので。

「ふーん。そんなもんか幼馴染って」
「そんなもんだよ、幼馴染は」
「でも、やっぱり国都は別格だね」
「うん」

それはプレイを指しているのかフィジカルを指しているのか分からなかったが、確かに秀でているように思う。今日は二、三年の先輩たちの姿が見当たらないから一年生の練習試合らしく、それも相待って抜きん出て見える。

「あ、でも、待って対戦相手の人もすごくない?」
「ピッチャー?」
「そうそう」
「本当だ。背、国都くんと同じくらいのだね」
「私めっちゃ好きなタイプだわ。かっこいい~どこの高校?」
「ん~~~ユニフォームに書いてないね」

目を凝らして対戦相手を見てみるが、高校名は書いていない。だが、国都くんと同じくらい背の高い野球部の生徒を帝徳で見かけたことはないので他校なの確実だった。
友人は「え~お近づきになりたい~」とミーハーなことを言っている。

「めっちゃカッコよくない?あれか、名前は国都で目が慣れてるのか」
「そんなことないと思うけど‥‥あ、あっちの人の方が好きかも」
「どっち?捕手?」
「そうそう。ほら、今、マスク?取った人」

多分バッテリーだろう高身長黒髪の男の人に駆け寄り、何やら話をしている男の人。光の束を集めたようなキラキラ光る金髪がとても綺麗だと思った。
何やら身振り手振り、大袈裟なジェスチャーをしていて、とても試合中とは思えない雰囲気を醸し出している。

「えぇ~なんか、こう、アホそうじゃない?」
「オーバーリアクションそうではあるけど、楽しそう」
「名前はああいうのがタイプなんだね」
「どっちかって言うとだって」

ニヤニヤ、と私の肩を小突くので、「あーあ、あの人たちの高校どこか、聞いてあげようと思ったのになぁ」と残念、とわざとらしく肩をすくめる。「ごめんごめん」と簡単に手のひらを返して謝る友人
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